第56話
「じゃあ、怖がらせたお詫びって事で、ひとつだけ何の駆け引きもなく、あんたの聞きたい事を答えてやってもいいぜ?」
「あら、それはありがとうございます」
別に私の為って訳ではないのに恩着せがましい。だが、その申し出が好都合なのも事実。
「それは要求でも叶えて下さるのかしら?」
「ここから逃がせってのは駄目だぜ。もちろんあんただけじゃなく、あいつもな」
私の背後で眠っている女性を指差すリオに、私は左右に首を振った。
「そんなお願いはしませんわよ。で、どうなのですか?」
確証の有無で要求する事を変更する事も考慮する必要があるのだ。せっかくの機会、そう簡単に使っては勿体ない。それに無理だと分かり切っている要求をするほど馬鹿ではない。私が要求したいのは、もっと切実で、確実に手にしたい物だ。
「言ってみろよ。出来る事ならしてやるさ。なんて言っても『お詫び』だからな、くく」
本当、嫌味たらしい。
「そうですわね。せっかくの『お詫び』ですもの。遠慮なく要求させてもらうわ」
だがその嫌味に嫌味で返すのが私だ。そして言葉そのままに、遠慮なく絶対に叶えて貰いたい要求しようじゃないのよ。
「私が求めたいのは、環境改善。それを強く要求しますわ」
ね、とても簡単な事でしょう。
「出来ない事では決してないはずですわ。もちろん叶えて下さるわよね」
私の要求を聞いたリオは、大きく目を見開いた後、盛大に破顔大笑。身体を折り曲げて苦しそうに笑い転げる有様に、要求を突き付けた私が一番びっくりである。
「ぶははははは、ひっ、ひぃ…っ!」
いきなりの緊張感漂う雰囲気をぶち壊す勢いでの大爆笑だ。
「くははは、あんた絶対に変だろっ!」
「変、ですって?」
いくらなんでも失礼過ぎである。
「そこまで言われるような事を望んだ覚えはありませんが?」
「普通『ここはどこ?』とか、誘拐した理由とか、そっちだろ? それが、まさかの環境改善って、ぶはははっ。びっくりし過ぎて腹筋が崩壊しそうだろうがっ」
要求を呑んでくれると言ったから、要望を述べただけだ。それなのに大爆笑された上に、腹筋崩壊の原因だと責められる。しかも笑い過ぎて呼吸困難を起こしている人に変と言われる私。なんか昨夜とは違う意味で泣きそうだ。
「…で、どうなんです?」
もうこの際、変だとかどうでもいい。叶えてくれるの、くれないの、どっちよ。
「んー? いいぜぇ? あんたの要求は呑んでやる。せっかくだ。笑わせてくれた礼に希望も取り入れてやってもいいが、どうする?」
「もちろんお願いするわ」
思わぬ所からの棚から牡丹餅にニヤリ。そんな事でお礼をくれるのであれば、どんどん笑っちゃってくれても結構。何気に笑われるのに慣れていますので、一向に構いませんとも。
「では、まずベッドを入れて欲しいとまでは言いませんが、それなりの数のクッションの用意をして頂ける?」
「それくらいなら構わねぇよ」
「良かったわ。それから灯りも欲しいわね。カンテラで構わないからお願い」
「くく、暗い方がよく眠れるんじゃなかったのか」
「まぁ、貴方は日が落ちてすぐに寝てしまうタイプなのね。まるで鳥のようだわ、ふふふ」
私が嫌味には嫌味で返す主義な事をいい加減学べばいいのに。
「口が減らねぇ、って言われた事ねぇか?」
それに対して、笑顔でお返事。
ごく一部から『口の減らない生意気な女』の代名詞を頂いていますが、それが何か?
「続けても?」
私の問いに、リオは片眉を上げて促した。
「では、空気が悪いから換気もお願いしたいわ。できれば掃除用具が欲しい所だけど…?」
「却下。あんなのでも振り回されたら武器になるからな。まさかそれが目当てじゃないだろうな?」
「私が箒を振り回す程度でどうにかなる程ヘッポコな部下なの? まぁいいわ。換気だけでもしてくれないかしら。あの小窓を開けてくれるだけでいいのよ」
私の妥協に、リオは何も言わずに頷き一つ。空気の循環が行われるだけで、このカビ臭さが改善されるだろうから、ホッと一安心。正直、この空気の悪さが一番辛かったのだ。
「あと、一日一回は身体を清めたいわ。桶にお湯を用意してちょうだい」
「……」
「それから食事は三食と贅沢は言わないけど、朝晩の二食は欲しい所ね。出来れば温かい胃に優しいものを。油ものは避けて」
「……」
「あとは」
「おいおい」
「? なにかしら?」
まだまだお願いしたい事はあるのですけど?
「多すぎだ。あんた、自分が賓客か何かだと勘違いしてねぇ?」
呆れ半分、笑い半分って感じだろうか。リオは私の要求に苦言を言ってきた。
「何も客室を用意しろとは申していませんわ。自分の置かれている状況だってきちんと理解はしております」
「にしちゃ、誘拐された人間の言うことじゃねぇよ」
あらいやだ。悪党に常識を諭されてしまったわ。
「でも『お詫び』と『お礼』なのでしょう?」
多少の我が儘くらい大目に見て下さいな、と私は胸の前で手を組んで、小首を傾げリオを見つめてみる。これはよくマイラ様が陛下にしている『お願いポーズ』である。ウルウルと瞳を潤ませたら完璧なのだが、残念。そんな高等技術は持ち合わせておりません。
「ぶっ、くく、ポーズと表情が合ってねぇよ、くくく」
そう言う貴方だって、今もさっきもあれだけ大爆笑していたくせに、瞳の奥は真っ暗だけどね。本心がどこにあるのか、本当に不気味な男。
「なぁ、今のもう一回やって見せろや、くく」
「……見たいの?」
あんなのを見て何が楽しいのやら、私には理解不可能だがリオは何度も頷く。
「………(お願い)」
コテン、と先程より首の角度は深めで上目遣いがパワーアップ。こんなものでどうよ。ちなみにこれをマイラ様にやられた陛下は100%堕ちる。
「ぶっはーーーー」
本日2回目の大爆笑である。
「ポーズは可愛いのに、全然可愛くねぇって逆に凄いな、あんた!」
「……」
「なぁ、知っているか? そのポーズを巷では『おねだりポーズ』って言うんだぜ?」
マイラ様だけではなく、巷の女性達もしているポーズという事ね。
「強請られているはずなのに、ちっとも強請られてる気にならねぇ。どっちかと言えば強制だろうよ、あんたのは」
ひぃひぃ言いながら笑い転げるリオに、私は冷たい視線をやる。
「こんな可愛くねぇ『おねだり』は初めてだ。いいねぇ、本当にあんたは楽しませてくれるぜ」
「…それは良かったわね」
私だってこんな嬉しくない誉め言葉は初めてだ。これを誉め言葉と言っていいのか迷う所だけども。
「くくく、分かったよ。今あんたが言ったことは善処してやる。それでいいだろ?」
つまりは、これ以上は駄目って事か、と私は理解した。
「構いませんわ」
未だに笑いの発作が収まらないリオに、私は素直に頷いた。欲張って全てを失う位なら、これで十分である。
「なぁ、あんた…、いやマーシャだっけな。やっぱり俺の女になる気ねぇ?」
ひとしきり笑ったリオが、思い出したかのように言った。
「……先程名乗ったばかりなのに、もうお忘れかしら。私の名はマーシャリィです。そのように気安く呼ぶ許可は出しておりませんわ」
それが私の答えだ、ばーか。
誤字脱字報告、ブクマ、評価をありがとうございます。
メッセージの返信なのですが、少し遅れます。
ですが必ずお返事はしますので、気長にお待ち下さると助かります。
よろしくお願い致します。




