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第53話

 ガタン、ゴトン、ゴトゴトゴト。


 私は揺られていた。もちろん馬車に、である。

 あれからすぐに私は馬車に乗せられ、しかもご丁寧に護衛付きで護送中である。

 いくら何でも大袈裟過ぎでしょう、とは思ったものの、念の為にと既に馬車と護衛が用意されていたのだ。なんという準備の良さだ。

 そして今、馬車の振動に揺られながら、羞恥に悶え、頭を抱えている私がいるのである。

 

 え? なにがそんなに羞恥に悶える事が、って?


 いやいやいや、さっき私、ダグラス様に暴露されていたよね。ライニール様やノア様、そして第2部隊の騎士とメイドの面々の前で、私がメアリのお腹に顔を埋めて泣いているの、当然のようにバラしてたよねっ‼‼ しかも私も何を冷静に、満員御礼です、なんて肯定しちゃってんの⁉ いやぁぁあ、冷静沈着出来る筆頭侍女のイメージがっ、盛大に音を立てて崩れていく幻聴が聞こえるぅ、あぁぁぁあっ!

 いや、ちょっと待って。別に『癒されて来い』と言われただけで、泣いているのまでバレて無くない? え、でもお腹に癒される、って一体どんな状況よ。それを聞いてどういう想像するよ、ねぇ⁉

……あ、駄目だ。どんなに前向きに考えても無理だ、これ。間違いなく私のイメージ崩れたわ…。うわぁ、明日出仕するの怖いわぁ…。


「……ダグラス様のあほぉ…」


 馬車の中で思わずダグラス様に悪態を吐いた。どうせ外には聞こえやしない。念の為にと、ご丁寧にも小窓のカーテンは閉められている事ですし。出来る事なら、悪態だけではなく、足を思いっきり踏んづけてやりたいくらいなのだ。悪態くらい許して貰いたい。


 それに、だ。

 

「冷静なつもりで冷静じゃなかったんだろうなぁ…」


 独りごちる。

 帰れ、と言われている時は本気で分からなかった。こうやって一人になって、初めて冷静ではなかった事に気付くことが出来た。

 ダグラス様やライニール様だけならまだしも、ノア様まで同じように言っていたという事は、私の様子が目に見えておかしいものだったのだろう。

 本当、なぜあんなに動揺したのか、冷静になった今でも不思議で堪らない。たかだかラウルが稀に見せた誠実さを目の当たりにしただけなのに。多分あれだ。珍し過ぎて吃驚し過ぎちゃったんだね。きっとそうだ、そうだ。そうに違いない。

 あぁ、もうやだやだ。本当、振り回してくれるよね、アレは。おかげで要らぬ迷惑をかけてしまったじゃない。あのくらいで動揺するなんて謝罪行脚案件だわ、これは。


「それにしても、ダリル・ブレイスよ…」


 恨まれているのは知っていた。

 王弟妃とラウルに代わって嫌がらせの報復をする気満々だったのだ。それがありもしない嫌がらせの報復だったとしても、私に木っ端みじんに論破され、ラウルだけではなく王弟妃の顔にも泥を塗った。その上に自分の騎士としての未来も潰したのだから、例えそれが逆恨みであったとしても、ブレイスの私に対しての憤りは相当な物だったことは想像に難くはない。

 けれど、私の部屋に強盗まがいな真似をするまでだとは思いもしなかった。それだけでも犯罪なのに、私の部屋は王妃宮だ。まだ年若いとはいえ、この行動がどういう事態を招くのか分からない程、低脳だとは思いもしなかった。けれど彼は自分が行ったことに対して一切の非は認めない上に、あくまでも私が原因だと言わんばかりで、己が仕出かした事への自覚は皆無。あのピアスだって、私の部屋で発見したとブレイス一人が喚いたところで、誰一人として信じないのは、少し考えれば子供だって分かる。

 陥れたいのなら、もっと頭を使うべきだろうに被害者の私ですら思うのだ。私なら、ブレイスのように自分で侵入して騒動を起こすのではなく、こっそりとピアスを置いた上で私とは無関係の誰かに見つけて貰い、有無を言わさない疑惑の目を向けさせる。自分という痕跡を残すなんて馬鹿の極みではなかろうか。

 それに、ブレイスは王弟妃の盗まれた宝飾品の一部だと言っていたけれど、ラウルは盗難されたリストの中に該当する物はないと。しかし見覚えはあるらしい。意味不明である。結局あのピアスは王弟妃の物だけど、紛失物ではないという事でいいのだろうか。

 そうなると、ブレイスはあのピアスをどこから手に入れたのだろう。

 あぁ、そう言えば、その時からラウルの様子が変わったのだと思い当たった。だが、そんな事はどうでもいい、と頭の隅に追いやる。


「もしくは、誰から、よねぇ?」

 

 ブレイスやバウワー伯爵令嬢の背後に『身分ある方』がいて、私を邪魔だと思っての犯行かとは考えた。一番怪しいのは王弟妃だ。けれど、こんなあからさまに自分が怪しいです、といった行動を彼女が起こすのも考え辛い。王弟妃は確かにラウル同様、脳内にお花畑を所持しているが馬鹿ではないのだ。能無しに王弟妃は務まらない。

 正直な所、私には敵が多い。だが思い当たる『敵』に、私を陥れた事で得るものは案外少ないものだ。

 私が持っている物と言ったら、王妃筆頭侍女という立場と、近い将来に訪れるだろうと思われる未来の国王の乳母という立場。

 確かに十分魅力的だろうけれど、私を排除したからと言って何か変わるかと言ったら、そう変わらない。次期筆頭はマリィがいるし、乳母という立場は私が子を産む事が絶対条件だ。予定では結婚して子を産むつもりだが、相手がいない現在、未確定要素が多過ぎる。筆頭侍女も乳母も、絶対に私でないといけないという事はないのだ。両陛下の周囲には、私以上に優秀な人材は揃っている。そしてその方たちが私を排除してまで、その地位を欲しがるとも思えない。

 もう一つ考えられるのは、私を排除してマイラ様の地位を揺るがそうとしている可能性だ。

 もしこれが、今回の事件の思惑なのだとしたら、残念でした、との一言に尽きる。

 私がいなくなったら、マイラ様は間違いなく悲しみ惜しんでくれるだろう。けれど、グラン国王妃は何も揺るがない。そういう心づもりを長年お教えしてきたし、マイラ様以外にグラン国王妃が務まらないのは、諸外国との良好な関係を築いている事で十二分に証明されている。数年前までは考えられなかった、マイラ様の力で成した紛れもない功績だ。何より王妃としてのマイラ様の能力は、他の追随を許すことをしないだろう。


「……目的が見えないのが、一番不気味よねぇ…」


 私個人への嫌がらせという線は、きっともう有り得ない。事態が大きくなり過ぎているのだ。

 王弟妃宮からの宝飾品の紛失と、私への攻撃。ブレイスとバウワー伯爵令嬢の稚拙な行動。絶対に何か隠された思惑があるはずだ。


 一から順を追って頭の中で回想をしていたその時、ガタン、とひときわ大きく馬車が揺れて思考が中断された。


「なに?」


 貴族街の整備された道でこんなに馬車が揺れるなんて、と私は小窓のカーテンから顔を覗かせ、血の気が引いた。


「……しまった…」


 小窓から見えた風景が、自宅までの見慣れたものではない。どれだけ思考に耽っていたのか、素朴な家々が並ぶ光景は紛れもなく庶民街の物。


 護衛がいたはず、と思って、その時に自分の失態に気付く。

 念の為に馬車と護衛を用意されていて、あまりの準備の良さに有無を言わさず乗ってしまったが、きっとそれが間違いだったのだ。

 あの状況で、誰が馬車と護衛を用意してくれたと? ダグラス様も、ライニール様も、ノア様だって、あの現場から離れていない。そんな事を指示している所なんか見てもいない。

 いくら普通の状態ではなかったとはいえ、こんな簡単な罠に引っかかるなんて、どれだけ呆けていたのだ、この脳みそは!

 止めて、と声をかけても無駄なのは分かり切っている。飛び降りても、すぐに護衛に扮した誘拐犯に捕らわれるだろうし、人込みの少ない道を選んで走っている以上、助けを求める事も至難の業だ。

 どうする、と頭の中で試行錯誤しているが、残念な事に時間切れ。カタン、と馬車が止まった。


 キィ、と普段は気にならない音を立てて馬車の戸がゆっくりと開かれる。


「やぁ、初めまして、侍女殿」


 にこやかな笑みを浮かべ現れたのは、剣を携えた眼帯の無精ひげを生やした男。


「さぁ、大人しく降りて頂こうか?」


 耳にねっとりと絡みつくような声で、男がそう言った。


誤字脱字報告ありがとうございます。

またレビューを頂きました。

とても有難いです。ありがとうございます。


7月15日までにメッセージを下さった方には返信をさせて頂きました。

来てないよ、という方はご一報をお願い致します。

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