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第50話

「何ですって!?」


 メイドから聞き出した事を要約すると、強制捜査だと言い、私の部屋を騎士が荒らしているというのだ。私だけではなく、ノア様もラウルも唖然とした顔をしている。

 思わず出た大声に、せっかく落ち着いたメイドがまた狼狽え始めたのを、慌てて宥めすかして続きを促した。 

 メイドと近衛騎士が言うには、強制捜査と言いながらも通達書を開示するなどの正式な手順ではなく、人のいない時を見計らって及んだのだろうと。それに気が付いたメイド長が制止に入ったものの、捜査に入った騎士を止める事が出来ず、私を呼んでくるようにと言われた、という事だった。


「その強制捜査とやらを行っているのは、どこの部隊のどこの誰です?」


 いや、聞かなくても答えは分かっているような気がする。


「……それは」


 気まずそうな視線をラウルに向ける近衛騎士に、やっぱり、としか思えなかった。ラウルの心外そうな表情に、なぜこんな顔が出来るのか不思議で仕方がない。


「第4部隊の騎士なのね」


 確認するように問う。てっきり近衛騎士は応と答えるかと思えば、これもまた答えを濁す。


「それが…、騎士ではあるのですが…」

「はっきり言いなさい!」


 あまりにもしどろもどろとしている騎士に一喝を入れてやる。


「はっ、ダリル・ブレイスであります!」

「え!?」


 ダリル・ブレイスって、あの暴力男!?


「……ダリル・ブレイス…。彼は確か謹慎中では?」

「私はそう聞いております」


 無期謹慎のはずのダリル・ブレイスが、なぜに王妃宮の私の私室に? それに例え本当に強制捜査だとしても、部屋の持ち主がいない時にだなんて、そんなの捜査なんて言わない。


「…そんなはずは…っ」


 隣でラウルも小さく呟く。こいつも知らなかったという事なのか。


「……ねぇ、もしかしてここで待ち伏せしていたのは、この為の時間稼ぎとか言うおつもりではないでしょうね」


 そんなまさかねぇ、そこまで腐っていないでしょう? と私が問うと、ラウルは首が取れるのではないかという勢いで首を横に振った。それでも訝しげにラウルを見やる。


「僕の指示じゃない。信じてくれっ」

「信じて、なんてどの口が言えるのかしら…?」


 言葉に出すつもりのなかった心の声がつい漏れる。「全くだ」と独り言のようなノア様の同意の声に、ですよねぇ? と今度は心の中で答える。


「…っ、とにかく、僕は知らない。こんな事をするなんて聞いてもいない!」


 ラウルはノア様を睨みつけながらも、関与を否定した。一人称が『私』から『僕』になって素が出ているけれど、それだけ狼狽えているという事なのか。


「……まぁ、どちらでもいいですけれど…。とにかく私は私室へ向かいます。コールデン卿も一緒に来て下さい」


 どちらにしてもブレイスが関わっているというのならラウルは必要だ。ブレイスの上司なのだから手綱を取って貰わなければ。というか、元より部下の手綱を取っていてくれれば、こんな事にはならなかったのだけどね。


「私も連れて行って貰ってもいいかい? 私の立場は君の助けになれると思う」


 ノア様の有難いお言葉に、私は有無を言わずに頷いた。どう見てもこれは面倒事だ。ノア様の書記官という存在は間違いなく私の助けになるだろう。


「感謝しますわ」

「君の為になるなら」


 良い人ー!! これから起こるであろう面倒事に、わざわざ首を突っ込んでくれるなんて、良い人過ぎる。

 ひとしきり内心で感動している私の横で、ギリギリと歯ぎしりを立ててそうな顔している、そこの役立たず(ラウル)。さっきからあんた、ノア様を睨みすぎだから! いい加減にしなさいよね‼ いくら分が悪い噂が立ったからといって、元々は自分が悪いんでしょうが。それを人は逆恨みっていうのよ、馬鹿者が!

 言ってやりたいけど、今はそれ所ではないので、ぐっと我慢である。


「では、侍女殿は私室へ向かって下さい。私はこの事を騎士団長に報告へ参ります」

「承知いたしましたわ。この事をライニール様はご存じなのですよね?」


 王妃宮での出来事に、ライニール様の存在は必須。念の為の確認だ。

 

「もちろんです。今頃、侍女殿の私室に着いている頃だと思われます」


 なら、結構。

 私は頷き、騎士が踵を返し足早に立ち去っていくと同時に、ノア様と役立たず(ラウル)を引き連れて私室へ向かった。

 



※※※



 そして時は現在と重なり。


「これは、ない…」


 と、ノア様があまりの惨状に呻くように言った。私なんか声すら出ない。


「来ましたか、マーシャ殿」


 先に来ていたライニール様が私に気付き近寄ってきた。ライニール様は私の隣に居るノア様の存在に軽く片眉を上げて、目で私に問う。


「あ、こちらノア・レッグタルト様です。私を心配して一緒に来て下さいました。ほら、あの時の書記官様です」

「あぁ、あの…」

 

 納得したようにライニール様はノア様に会釈をし、またノア様もそれに対して返すだけ。今は呑気に自己紹介などしている暇はないのだ。『後で、また』と言わんばかりの二人の仕草に、出来る男は違うわぁ、と思った。軽い現実逃避である。とはいえ、いつまでもそのまま逃避している訳にもいかない。


「ライニール様、一体なにが?」

「簡単に言えば、不法侵入ですね」


 それは分かっている。許可もなく私室を捜査と言って荒らしたのだ。私が聞きたいのはそこではない。

 不法侵入したブレイスは、第2部隊の騎士らに取り押さえられ、怨嗟の睨みを私に向けてくる。


「いえ、そうではなくて…、どうやって王妃宮に?」


 私の部屋が荒らされた事は業腹ではあるが、何よりも問題なのは、王妃宮に第4部隊の、しかも謹慎中の騎士が入宮を出来た事だ。

 王妃宮とは、当然の事ながらグラン国王妃であるマイラ様の宮だ。その宮に侵入者だなんてあってはいけない事。警備が厳しい場所であるはずなのだ。それが騎士だからといって、こんなに簡単に侵入されるなんて以ての外だ。

 これは王妃宮警備担当である第2部隊の失態であり、その隊長であるライニール様の失態だ。

 ライニール様は小さくため息を吐きながら言った。


誤字脱字報告を有難うございます。

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