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第49話

「さすがの私でも、未だ婚約者のある身で不貞など働きませんわよ」


 これが花指輪ではなく、貴金属だったら不貞と疑われてもおかしくはないけどね。


「それもそうだね。いくら何でも、婚約者以外からの求婚だとしたら随分と先走りだ」

「ふふ、もしそのような方がいたら、私としては喜ばしいのですけどね」


 ついうっかりの本音である。


「喜ばしい…とは?」


 怪訝な顔をするノア様に、私は苦笑を漏らした。

 

「今の婚約者との未来はありませんもの。婚約は間違いなく白紙になりますし、そうなったら私は新しい婚約者を見つけなければなりませんわ」


 世継ぎの君の乳母となる為に、どんなに年齢的に難しくても婚姻は絶対なのだから。


「はしたないかもしれませんが、私を求めて下さる方がいたとしたら嬉しい事ですわ。私はもう若くもないですし、評判も決して良くはありませんもの」


 自分を卑下しているのではなく、その事は事実としてきちんと受け止めている。確かに以前に比べたら、格段に私の評判はノア様のお陰で高くなっている。けれど、私の年齢が婚礼適齢期を過ぎているのも、婚約者から無下に扱われていた事実も変わらないのだ。才女だと呼ばれている事さえ、男尊女卑が根強く残っている我が国では敬遠される理由になるのだから。

 そんな私を求めてくれる方がいるのなら、出来れば有象無象でなく、それなりにきちんとしてくれる人が良い。最悪の場合、両陛下の権威に縋る事になるだろう。それは最終手段にしたいのだ。望まれない婚姻は不幸しか生まない。


「それは…」


 言葉を詰まらすノア様に、私は慌てた。


「も、申し訳ありません。こんな事をノア様に言うなんて、困らせてしまうだけでしたわ。魅力のない女の戯言だと思って下さいませ」


 いっけない、いけない。つい願望と不安が漏れ出てしまった。


「そんな風に言ってはいけない。貴女に魅力がないなど、とんでもない」

「ふふ、ありがとうございます」


 慰めだと分かっていても、そう言われれば嬉しいものである。


「ノア様は、とても優しいのですね」


 私なんかより、ずっと。


「マーシャ殿、私は…っ」


 ノア様が何かを言い募ろうとした、その瞬間。


「マーシャ‼‼」


 聞きたくもない声で名前を大声で呼ばれた。いや、呼ばれたというより、怒鳴られたが正しい。


「……ラウル…なぜここに?」


 王妃宮に繋がる渡り廊下に、待ち受けていたかのようにラウルが居た。


「マーシャを待っていたんだ。話がしたい」


 こちらの都合はガン無視である。


「私にはございません」


 それに私は今、ノア様と話をしているのだけどね。邪魔以外の何者でもないし、人の会話に割って入るなんて、どんだけ自分都合なのよ。悪びれる素振りくらい見せるならまだしも、なぜにノア様を睨みつけているのかな、このお馬鹿は‼


「マーシャ、お願いだ。話を聞いてくれ…っ」


 えー、『話』ではなくて『言い訳』を聞いて欲しい、の間違いなんじゃないの、これ。そんなクソみたいなものにかける時間はないに決まっている。


「そんな物を聞く必要もありませんし、そもそもこんな事をしている暇があれば、盗難事件について積極的にお(はたら)きになった方がよろしいのでは?」


 それともなに。降格されるのは時間の問題だからと言って、私に取り成しでもして欲しいんですかね。そんなもの絶対お断りだ、コノヤロウ。


「分かっている。君の冤罪はしっかりと晴らしてみせる。約束するから、だから話を…」


 いつもは促さないと喋らなかったのに、今日は随分と雄弁ですこと。こんな所すらも腹立たしさを覚える。


「ではしっかりと解決してからにして下さる?」


 それだったら、100歩くらい譲って話を聞いてやってもいい。第4部隊隊長という地位から降格した後にならね。


「それでは遅い…っ」


 はい、取り成しの話、断定。アホらしくて反吐が出そう。


「君には、彼女の言葉の意味が分からないのかね?」


 その嫌悪が表に出ていたのか、私を庇うようにしてラウルとの間に身体を割り込ませてノア様が言った。


「貴殿には関係ない事だ。引っ込んでいて貰おうか!」


 ノア様の遮りに、怒気を強めるラウル。


「君の言い分は理解し難いな。元々、私と彼女の会話に無理やり割り込んできたのは君なのだけどね?」

「それは…っ」

「それに、彼女が嫌がっているにも関わらず、強要するというのもどうかと思うが?」


 それは騎士として正しい姿なのかね、とノア様は侮蔑を込めた眼差しで言い放つ。


「…くっ」


 言い返す事も出来ないなんて情けない。それに、侮蔑や嫌悪と言った視線を向けられる経験など、ラウルにはないだろうね。いつも彼に向けられた視線は、尊敬や憧憬、思慕の類だもの。


「では、そう言う事でよろしいですわね」


 もうこれ以上ラウルと話す事なんてしたくない。できれば顔も見たくない。踵を返し、ラウルに背を向けて歩き出す。


「マーシャ…っ」


 これだけ言っても、まだ諦めずに縋るように私の名前を呼ぶラウルに吐き気すら催す。


「いい加減に…」


 しろ、と淑女の仮面も投げ捨てて怒鳴ろうとした刹那、王妃宮から聞こえてくる騒がしさに言葉が止まった。その喧噪に全員とも王妃宮に顔を向ける。


「マーシャリィ様、マーシャリィ様ぁ! 大変にございます!!」


 王妃宮から飛び出してきたのは、王妃宮付きのメイドと第2部隊の隊員だった。

一体なんて日だろう。ノア様、ラウル、そして王妃宮付きのメイドと騎士までも私を呼び止めるだなんて、千客万来にも程がありはしないだろうか。


「どうしたの?」


 いつになく慌てている様子で、メイドは身ぶり手ぶりで説明しようとするけれど要領を得ない。


「落ち着いて、大丈夫だから。さぁ、深呼吸して、落ち着いたら何があったのか教えてくれる?」


 落ち着かせる為にメイドの背中をさすると、彼女はゆっくりと状況を話し始めた。


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