第47話
そんなこんなで、可愛いを満喫していると、あっという間に昼食の時間となった。
ライニール様と可愛い子二人と共に食事をする為の大広間に向かうと、そこに見知った顔がいて少し驚く。
「あら、もしかして…カリエ?」
「あ、お嬢さん!」
振り返ったその顔は、紛れもなくアネモネ宝飾店で出会ったカリエだった。
「こんな所で会えるとは思ってみなかったわ、カリエ」
「えへへ。実は私、孤児院の出身なんです。と言っても、お世話になったのは半年も満たない期間なんですけどね」
運よく、孤児院に入ってすぐに遠い親戚が引き取ってくれたので、とカリエは照れ臭そうに笑った。その笑顔が引き取ってくれたという親戚との関係が良好なのを思わせる。
「でもお世話になったのは変わりないので、こうやってたまにお手伝いに来ているんです」
「そうなの。じゃあタイミングが合ってたら、私達の出会いはガスパールの所ではなくて孤児院になっていたわね」
「あはは、そうですね。でも私はあのタイミングでお嬢さんに出会えてよかったと思っています」
「そう?」
「はい、むしろ運命ですね。これぞ神の思し召しって」
「そんな大袈裟な」
運命さらに神様の思し召しとは、随分と壮大に言ってくれるものだ。
「大袈裟なんかじゃありません。だってあの時にお嬢さんの言葉がなかったら、私絶対に立ち直れてないですもん!」
ぐっと力拳を作ってまで力説するカリエ。
「ふふ、という事はあの後も引きずる事なく元気でいられたのかしら?」
「お嬢さんのおかげで、ごらんの通りです」
孤児院の手伝いにも参加して、そして私と笑い合っておしゃべりが出来て、元気いっぱいと言わんばかりのカリエの様子に、私は満足そうに頷いた。
「それは何よりだわ。それに頬も綺麗に治ってる。治りが早いのはやっぱり若さかしらね」
私の額の痣は中々消えてくれないというのに、カリエの頬は痣のかけらも見当たらない。
「またまたぁ。お嬢さんったら!」
もう嫌ですよぉ、私に向かって手を振るカリエに、私は首を傾げる。
「え、何が?」
「惚けなくてもちゃんと分かってるんですよ、私」
だから何が? である。本気でカリエが何を言っているのか分からない。
「えぇ? 何の事を言っているの?」
「まだ恍けるんですか?」
恍けるも何も、意味わからんから。
「もう、お化粧品の事ですよ」
「化粧品…?」
はてなマークが頭の中で大発生だ。そんな私を他所に、カリエは分かった風な物言いで笑い飛ばす。
「はい、そうです。私の頬は、お嬢さんがプレゼントしてくれたお化粧品のおかげで、内出血が見えなくなっているだけですよ」
元のお肌よりキレイでしょ、とカリエは頬を撫でておちゃらけながら言った。
「あんなご貴族様御用達の高級品、私のお給料じゃとても手が出せないですもん。憧れだけで終わるはずだったのに、プレゼントして貰えるなんて感激ですよ!!」
「???」
高級な化粧品を私がいつプレゼントしたというのだ。自分が使っている化粧品すら頂いた物だというのに。
「嫌ですね。何ですか、その反応? 私がお化粧品に喜んでいるのがおかしいですか?」
私の反応の悪さにカリエが怪訝な顔を浮かべる。
「いいえ、そうじゃないわ」
「えぇ? じゃあ一体何です?」
この誤解をどう説明していいのやら、と私は頭を悩ませた。だがしかし、勘違いは勘違い。はっきりと言うしかないだろう、と私は口を開いた。
「それは…私からじゃないから、かな?」
「へ? でもだって…」
カリエが私に近づき、クンっと鼻を鳴らす。
「ほら、やっぱり。お嬢さんからも同じ匂いしますよ。お嬢さんも同じ化粧品を使っているじゃないですか」
そう言われて、半信半疑の思いでカリエの香りを嗅ぐと、高級女官の私でも購入を迷う位に高価な化粧品の香り。ライニール様に視線をやると、頷きを一つしたあと、同じ香りな事を確認してくれた。
「でも私ではないわ。覚えがないもの」
「え…、ウソ…」
カリエはまん丸に目を見開いて、信じられない、と呟いた。カリエは私からで違いないと心から信じていたようで、申し訳ないやら何やらで複雑な気分だ。
カリエは「えー? えー?」と頭を捻りながら、私に向かって言った。
「貴族様の使いって方がお店まで来て『当家のお嬢様から』って置いていったんですよ。だからてっきりお嬢さんだと思って…。他にそんな事をしてくれるお貴族様の知り合いなんていないし…」
あー、でも。とカリエは言葉を続けた。
「お嬢さんじゃないなら、あの時にいたもう一人のご令嬢からかな?」
「もう一人って…、ブーレラン子爵令嬢の事?」
あの場に居たのは、バウワー伯爵令嬢の他にはブーレラン子爵令嬢だけだ。
「名前までは分かりませんけど、扇を持っていない方のご令嬢です。あの時も、扇を持っていたご令嬢から庇ってくれたし…」
「庇ってくれたって、どう言う事?」
私の記憶では、バウワー伯爵令嬢の背中にブーレラン子爵令嬢は張り付いていたような気がするけれど、二人一緒になって無理難題を店に押し付けていたのではないのだろうか。
ライニール様と顔を見合わせ、困惑しながらもカリエの言葉の続きを促した。けれどそんな私達を止めたのは、ディランの声だった。
「なぁ、姉ちゃん。なにを話しているのか知らねぇけど、おしゃべりしてていいのかよ?」
「………あ」
話に夢中だったせいで、気が付けば昼食の準備が粗方終っていた。何の為に広間に来たのか。それは食事をとる為だけではなく、準備を手伝うのが目的で早めに広間に来たというのに。思わぬ話に忘れてしまうとは、なんて失態だ。
もちろんカリエの話は気になるし、確認もしっかりと取っておかないといけないように思える。だが、今は職務中だ。優先させるのは孤児院慰問。
「あぁ、ごめんなさい。ディランの言うとおりね。ちゃんとお手伝いしなくちゃね」
ドヤ顔のディランにきゅんっと胸をときめかせながらも、心を引き締めた。
殆どが終っているとはいえ、何の手伝いもしない訳にはいかない。ディランにお礼を伝え、今からでも手伝いを、と動き始める。
「カリエ、その話を後日詳しく聞かせて貰ってもいいかしら? もし良ければ明日にでもお店に伺いたいのだけど」
「はい。全然構いませんよ。オーナーにも話しておきますので、都合の良い時に店に来て下さい」
私はカリエに約束を取り付け、ダグラス様にも報告が必要な案件かもしれない、と頭の片隅で思いつつ、お店に行く予定を立てる。丁度、明日の午前が空いていて良かったとも。
だからその時は、王宮に戻った私にあんな事が待ち受けているなんて思ってもいなかったのだ。




