第45話
「考えすぎ…、でしょうか?」
言いようのない不安にライニール様を窺うと、彼は小さく頭を振った。
「安易に考えるよりはずっと良い。君のそういう勘は大切にした方が良いでしょう」
根拠のない、得体も知れない違和感だ。一蹴されても何らおかしい事ではないが、ライニール様は肯定を返してくれた。その事に私はホッと胸を撫で下ろす。
「何にせよ、私達が出来る事は、これまでと変わらずマイラ様をお守りする事です」
「えぇ、そうですね」
この件の思惑がどうであろうと、私達が優先させるのはマイラ様だ。何が起こっても大丈夫なようにお守りする。それが私達の何よりも大切な事。
それを再確認するように、私は力強く頷いた。
「不思議です。ライニール様に肯定をして貰うと自信が出るんですよね」
なんだろうね、この方となら大丈夫だと思える安心感は。信用や信頼だけではなく、実績も伴っているからかな。
「ライニール様が第2部隊の隊長で本当に良かったです」
感謝の気持ちを込めながらライニール様に顔を向けると、彼は優しい眼差しを私へと向けていた。
「私も感謝していますよ。君とこうしてあれる事に」
ライニール様からの嬉しい返答に、自然と頬が綻ぶ。
「ふふ、照れますけど…嬉しいですね」
ほんわりと心が温かくなり、なんだかむず痒い。でも決して嫌な気持ちではない。あまりにも照れくさくて、囁くような声で、
「…ありがとうございます」
そう告げた。
ほんの少しだけ目を見張ったライニール様の表情が、見る見る間に笑顔へと変化していくのを間近にして、息が止まりそうになった。
そのとろける微笑み爆弾の直撃は、殺傷能力が高過ぎです…っ!
あまりの眩しさに思わず視線を逸らしてしまった私は絶対に悪くないと思う。
「マーシャ殿」
「は…、ひゃい!?」
名前を呼ばれて、はい、と答えるはずの口からは変な声が飛び出した。
突然、伸ばされた手に引っ張られるがまま、私の身体はくるんとライニール様の腕の中へ。何事かと理解する前に、視界一杯に映る騎士団隊服に頭の中が真っ白になった。
何!? 何!? なんか鼻孔をくすぐるスッゴイいい匂いがするんですけどぉっ!?
「な、な、な…っ!」
そんなパニック状態の私の足元でパシャンと何かがはじける音がした。
「へ…?」
水の感触に一瞬にして思考が冷静さを取り戻す。足元を見やれば水が入っていただろう風船の弾けた跡。
「あーっ、じゃますんなよなっ!」
そんな声に顔を上げると、ぷくっと頬を膨らませたそばかすの少年が佇んでいた。片手には水風船が握られている
「ディラン…っ!」
頭の中で、いきなり抱き寄せられた事と、少年ディランの手にある水風船が繋がった。抱き寄せられたのではなく、水風船をぶつけられようとした私をライニール様が庇ってくれたのだ。
危ない、危ない。いきなりの抱擁かと変な誤解する所だったよ! ライニール様がそんな事する訳ないのに、私ったら恥ずかしいっ。しかも今は職務中。誤解するなんてとんでもない!
「ちぇ、ぜったいに成功すると思ったのに!」
そんな私の胸中を他所に、ディランは口を尖らせつまらなさそうにぼやく。それに対して声を荒げようとした私をライニール様の声が止めた。
「大丈夫ですか?」
「え、えぇ。私は大丈夫です」
おかげ様で私には大した水はかかってはいない。けれど立ち位置を交代するようにして庇ってくれたライニール様のズボンの裾はしっとりと水を含んでいた。
「女性に悪戯をするのは感心しませんね」
「なんだよ、騎士の兄ちゃんがかばったんだから、姉ちゃんに水はかかってないだろ!」
そういう問題ではない。
「ディラン、きちんと謝りなさい」
「嫌だね! 水を被ったのは騎士の兄ちゃんが勝手にしたことだろ!」
素直にごめんなさいと言えばいいものを、この悪ガキはいつも減らず口ばかりで大人たちを困らせるのだ。毎回怒られるのに全くと言っていい程懲りない。
「悪い事をしたら謝らなくては駄目でしょう?」
「おれは悪くねぇっ」
プイっとそっぽを向くディランは大変可愛らしいけれど、許してはあげません。
「ディーラーン?」
つかつかと音を立ててディランに近づくと、そのそばかすの散った頬を両手で挟み込む。
「にゃにしゅんだよぉ」
何すんだよ、と言いたいのだろうけど、私の両手で包まれているディランの口は、タコのようになっているので上手く話せないのだ。でも、お仕置きですから、簡単に離してはあげませんよ。どれだけ暴れても所詮は子供の力。大人の私に敵う訳がない。
「はにゃしぇよぉぉ、むーっ!!」
「あらあら、私には何を言っているのか分からないわぁ」
おほほ、と笑いながら、ムニムニと頬をこねくり回す。子供ならではのほっぺの柔らかさに内心ニヤニヤ。やだ、やわっこーい!!
「にゅーっ!!!」
地団太を踏むディランだが、私の手は離れない。お仕置きなはずが、いつの間にか私のご褒美になっている。
先程のライニール様の胸板の厚さとかいい匂いなどとか、誤解しそうになった恥ずかしい私すらも忘れさせてくれる、なんて素敵なほっぺですこと。
あー、癒されるぅ。
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