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第39話



「………提出するまでもない…、彼女が言う事は事実だ…」


 たっぷりと時間を使い、私以外の人が固唾を飲んで見守る中、ポツリとラウルはそう言った。


「そんな…隊長…っ!」


 そこまで悲壮な声出さなくても…。と思ったけれど、ブレイスからしたら信頼していた隊長に裏切られたのだから同情しないでもない。だが、それと私の件とは別だ。

 出番が終わった時点で大人しくしておけば良かったのに、しゃしゃり出てくるからこんな目に合うんですよ。引き際というものを見極める目を肥やす事ですね。良い勉強が出来たと反省して下さい。


「これで納得して頂けたでしょう。まだ何かございますか?」


 ラウルの発言に勝る証拠はないと思うけれど、まだ言いがかりをつけるようでしたら、受けて立ちますよ。


「だが、マーシャ…。私にも事情があった事を理解して欲しい…」


 まだ言うか。めげないね、ラウル。それともまた悲劇のヒーローモードに入っているのかな?


「…それは私の心を傷つけ犠牲にし続けても許される、そんな事情なのですか?」


 それにどうせ事情と言ったってプリシラ様関係でしょうし、ラウルにとって譲れない事情だったとしても、私からしたら取るに足らない事情なのです。理解なんてどんな理由があってもしたくない。


「……っ…」


 ほら、答えられない時点で言い訳に過ぎない事が証明されてしまったね。それに許しを請うような目で見つめられても、ラウルが望む言葉を私があげる訳がない。


 私はラウルの視線を切り捨てるように顔を正面に戻した。そこには力なく項垂れたブレイスと真っ青な顔色をした騎士3人。これから自分達を待っているのは、近衛騎士団長から下される処分だものね。顔色くらい悪くなるよね。


 でも、その前にちょっとお話しましょうか。

 

「皆様方、騎士の在り方というものをご存じでしょうか」


 おもむろに発した私の言葉に、びくりと一様に身体を揺らした。


「忠誠、公正、勇気、武勇、慈愛、寛容、礼節、奉仕を徳とされているものを騎士道と申します」


 顔を上げようともしないブレイスに、静かに、まるで子供に言い聞かせるように告げる。


「間違った正義感を振りかざし、確証もない密告、証言により私を貶め、不確かな噂により辱める。また嘘の供述を強要してまで私を罪人に仕立て上げようとする。それは騎士道に沿う行動でしょうか」


 ブレイスは何も答えない。私は続けて、視線をブレイス以外の騎士に向けた。


「疑う事すらせずに甘言に乗り、罪のない私を冤罪に陥れる事に加担する。確認を怠ったのは己だという事を棚上げし、窮地に陥ると責任転嫁する。それが騎士としてあるべき姿だと胸を張って言えますか?」


 誰一人として、私と目を合わす事すら出来ない。


「近衛騎士とは一挙手一投足が主の評価につながるのです。私を陥れようと貴方方が安易に行動を起こした事で、一番迷惑を被るのがどなただと? グラン王国近衛騎士が忠誠を誓うのは誰です。宣誓は誰の名の下で行うものですか」


 一瞬の間の静寂。各々が脳裏に思い浮かべた顔は、騎士として正しいものではなかったのだろう。


「どなたの顔を思い浮かべたのか、それはお聞きしません…」


 ですが、と言葉を続けた。


「もしそのお顔が、貴方方がこのような行動を取る原因となった王弟妃殿下のお顔なのでしたら、今すぐ近衛騎士をお辞めなさい」


 その言葉に、ひゅっと誰かの息を飲む音がした。


 近衛騎士が主君とするのは、グラン国王陛下でなければならない。守るべき王族とは言え王弟妃殿下は主君ではないのだ。


「王弟妃殿下の専属護衛騎士を名乗るべきです」


 だんだんと顔色が真っ青から真っ白に変わっていく騎士達。顔色は見えないものの、小刻みだった震えが痙攣かと思えるほどに大きくなっているブレイス。

 

「貴方方は、ご自分が敬愛してやまない王弟妃殿下の名の下で私を糾弾し、その名を貶めた。その上主君である国王陛下の顔に泥を塗ったのです。そんな者にグラン王国近衛騎士を名乗る資格はございません」


 私がそう言い放った瞬間、ブレイスが音を立て椅子から立ち上がった。


「…っ…ダリル、止めろっ!!!」


 あっ、と思った時には時は既に遅く、けたたましい音が響き、私は冷たい壁に叩きつけられていた。


「取り押さえろ!!」


 ラウルの焦った声が耳に届くが、その声はやたらわんわんと鳴り響いている。とっさに腕で顔を庇ったものの、衝撃で飛ばされ壁に額と肩を打ち付けたせいだろう。


「マーシャ、大丈夫か?」

「……っぁ」


 大丈夫に見えるか、ふざけんなっ!!!! 婦女子を壁に叩きつけるってどういう事!? しかも拳で殴り掛かるって…、はぁぁぁあ!? 騎士とか紳士とか以前の話でしょう。男としてあるまじき行為じゃないの、これ!!!


 怒鳴りつけてやりたかったのに、私の心の叫びとは裏腹に身体は動かない。


「………っ」


 頭に血が上るってこういう時に使うのだと思う。冷たい床に伏せたまま、あまりの怒りで身体が震え始めた。あぁ、そういえばブレイスも震えていたものね。自分が仕出かした事の大きさに慄いていたのではなく、今の私と同様抑えきれぬ怒りで震えていたのね。油断したぁ!!


「マーシャ…」


 う る さ い !!!!


 肩に触れた手をパシンと振り払う。その動作にズキンと全身に痛みが走るが知った事か。私の身体を起こしてくれようとしたのは分かるけれど、触れられたくない。


「…っ…ぅ…」


 起こそうと力を入れようとすると全身が雷に打たれたように痛む。だけどラウルの力を借りる気は一切なかった。


「侍女殿、私の手を…っ」


 そんな私に手を差し伸べてくれたのは書記官の彼だった。


「…あり、が…と、ござい…す…」


 擦れた声が出た。身体のダメージは思ったより酷いのかもしれない。だがしかし、意地でも起き上がって見せますよ。こんな所で暴力なんかに負けて堪るか。

 震える足を奮い立たせる。頭はクラクラするし肩はズキズキする。何度も深呼吸を繰り返し、痛みを抑え込む。

 そうして、やっと立ち上がった私の視界に入ってきたのは、騎士3人に押さえ込まれ、怒りで興奮したブレイスの姿だった。まだまだ殴り足りない、そう言わんばかりの表情だ。


「……私からはもう、何も言う事はござい、ませんわ…貴方方の処分は、約束通り近衛騎士団長が、下してくれる、事でしょう…」


 間違いなく軽くない処分が下る。これだけの事を仕出かしているのだ。もしかしたら除隊処分も有り得る。そんな怒りを向けられても、私はもう知らない。

 私はふらつきながら、支えてくれた書記官の手を離れ、彼らに背中を向けた。これ以上、屈辱も暴力も受けたくはない。何より、少しでも気を抜けば意識が遠のいてしまいそうなのだ。


「…それでは…ごきげんよう…」


 そう言ったのは、只の意地。

 私はれっきとした淑女だが貴方は騎士どころか紳士ですらない、という嫌味を含めるためにカーテシーでもすれば完璧だったのだけど、体が言う事を聞かなかったので断念したのだ。きっとその本意は伝わっていない。


 扉を閉めた所で、もう限界。

 身体を支える力も、意識を保つだけの気力もなく、トサリと音を立て崩れ落ちた。


 彼らの目の前で気を失わなかった事だけを褒めてあげよう、そう思いながら、遠くなっていく意識の中、書記官が私の名を呼ぶ声と、女性の悲鳴が聞こえた気がした。


はい、いつも感想、評価、ブクマ、誤字脱字報告ありがとうございます。

お返事に関しては、もう少々お待ちくださいませ(o^―^o)ニコ


第1章、前半終了。次から後半始まります。

ざまぁ?はまだまだこれからだよ(笑)



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