第33話
「ほら、もう先に行って下さいませ。騎士団長様をご令嬢達が待ちわびていますよ」
耳に届いてくる女性特有の高い歓声と、それに応えるような野太い声に、私はダグラス様を促した。あまり人目が多い所に一緒に出て行きたくはない。
「正直、面倒なんだけどな。公開訓練って奴は」
「これもお役目ですよ」
客寄せに使われているダグラス様はそうでしょうが、この公開訓練で良い縁組が整ったり、専属の護衛騎士に抜擢されたりなど、色々と必要とされている行事なのだから諦めて下さい。ダグラス様だって、もしかしたら良いご縁が転がってくるかもしれませんよ。
「文句言わないで、頑張って来て下さいな」
「おうよ、じゃあ先に行くな」
「はい、行ってらっしゃいませ」
小走りで訓練場に向かうダグラス様が、ふと振り返った。
「言い忘れるところだった」
何を言い忘れたんですかね、と小首を傾げると、にかっと歯を見せて笑うダグラス様と目が合った。
「それ、お前に似合ってるよ! じゃあな」
そう言って、さっといなくなる背中。
「……………………やられた」
これだからダグラス様は性質が悪いというのだ。いつもは人を揶揄ってばかりなのに、たまにこういう思いやりを見せる。それだけならまだしも、今日は本気かどうかわからない最後の捨て台詞付きに、グワッっと顔に熱が集まってしまった。油断してた所にクリティカルヒットである。ライニール様とまた違う飴と鞭に翻弄されるな、私!
私は頬に集まった熱を冷やすようにパタパタと手で扇いだ。そして髪に挿している髪飾りを摩り、心を落ち着かせる。
こういうのをサラっと受け流せるようにならないといけないのですよね、ライニール様。大丈夫、私ちゃんと分かってる。訓練、訓練。
ふぅ、と深呼吸をして足を進め渡り廊下に出ると、ダグラス様が向かった訓練場が視界に入ってきた。
ついさっき別れたばかりだというのに、ダグラス様は既に騎士の一人と打ち合いをしようとしている。なんだかんだ言いながら張り切っているじゃないですか。少し離れた所から見学している令嬢達に愛想振りまいたりして、素直じゃないですね。
「…あ」
ヤな物が目に入った。
ひと際大きい歓声の上がる場所にはラウルの姿。彼の金髪が日の光に反射して煌めくたびに、女性達の黄色い歓声が飛び交い、その中には赤い髪の少女の姿も見つけた。
宝飾品の件で大変だろうに、微塵もその様子は見受けられない。そのくらいの体裁を繕う余裕くらいはあったようだ。少しは慌てふためけばいいのに。
それにしても半ば強引にとはいえ、婚約破棄に踏み切る決断をしてから初めてラウルの姿を目にしたけれど、何の感慨も浮かばない。少しは感傷的になるかと思いきや全くである。私の中のラウルに、もう幼馴染としての情すらもないのだな、と再認識をしたくらいだ。
婚約破棄に必要な書類は、実は粗方用意が出来ている。後は、この10年間心身共に受けた苦痛を証明する書類を同封して提出すれば、ラウル有責での婚約破棄は問題なく承認されるだろう。
悔しいのは10年前のラウルと王弟妃の醜聞は立証性が低く使えなかった事だ。あの現場を目撃したのは私だけで、父や兄は話を聞いたのみ。あまりのショックで記憶が定かではなく、その後の手紙のやり取りはあったが、明確な記載はなく証拠にするには不十分だったのだ。
ラウル有責での婚約破棄が認められても、その責任が王弟妃にもある事を追及はできない。
「やっぱり癪だよね…」
少しでいいから、私が受けた屈辱と同等の思いをさせたかった。昔ほどの求心力はないが、それでも一部の民には熱狂的な支持を受けている王弟妃。
10年前のあの時でさえ、私が告発をしたとしても権力に揉み消され、彼女に事を認めさせるのは難しかっただろう。権力の前に、たかが子爵令嬢如きの告発など塵のようなものだ。人の婚約者を奪っておいて、何の罪悪感を抱くことなく、未だに愛され続けている彼女に辛酸を舐めさせたかった。それだけが本当に心残りだ。
「考えても仕方がないか…」
誰に言うでもなく、小さな声で呟いた。
いつまでもこんな事に、思考を取られている暇は私にはないのだ。
元々、孤児院慰問の警備体制の最終打ち合わせをする為に、ライニール様がいる第2部隊執務室へ伺う所だったのに、こんな所で足を止めている場合ではない。騎士が汗水たらして訓練している所は、ご婦人ご令嬢が見ていればいい。
それにいつの日か、私が舐めた辛酸をお返しする時が来るかもしれないし、もしかしたら勝手に自滅するかもしれない。だって愉快だもんね、脳みそ。
頭を切り替えて打ち合わせに行こうと、止めていた足を再び動かそうとした時、進行方向から近衛騎士4人が向かってくるのが見えた。
「?」
見学にきた令嬢の中にお目当ての娘でもいるのだろうか。随分気合が入っているようだけど、そんな様子では令嬢に怖がられるだけですよー、と他人事のように思っていた。
呑気にそんな事を思えていたのは、ここまで。
カツン、と目の前で靴音が止まり、威圧感たっぷりに私を見下ろし、一人の騎士が大きな声を張り上げる。
「マーシャリィ・グレイシス。ご同行願おうか!!」
響き渡ったその声に、訓練場から多数の視線がこちらに向いたのが分かった。
切りが良かったので少々短めでございます。




