第31話
「年が一回り以上離れていても、再婚でも、子持ちでも、容姿が悪くても、クズでなければ問題ないんじゃないですか?」
「え?」
「誰もお嬢様に、独身男性で家柄も容姿も性格も完璧な男性見つけろ、なんて言ってないですよね」
「……そう、ね」
「求められているのは、お嬢様を支えられる人ですよ。家柄はどうしても最低限必要ですが、そんな事は後からどうでもなります。お嬢様の後ろには絶対権力者が付いているんですよ。その権力者が欲しいのはお嬢様本人であってその夫ではありませんし、盤石じゃないですか」
もう、お嬢様ったら高望みし過ぎですよ。とメアリは笑った。
「高望みとか、そういう事じゃなくて…」
「では何です。もしかして自分には愛される自信がないとか言っちゃったりしますか」
ぐっと言葉に詰まる。
「それともアレの事を気にしてます? 止めて下さいよ。無駄無駄、気にするだけ無駄です。アレは只の馬鹿で頭空っぽのどクズですよ。アレを数に入れるなんて、お嬢様アホの子ですか。即刻消去するべきですよ、あんなん」
そうメアリは吐き捨てた。相変わらずラウルに対しての当たりはかなり強い。
「『どうせ私なんか…』なんて、どこのヒロイズム? 何ていう舞台の悲劇のヒロインですかー。あの王弟妃じゃあるまいし、悲劇のヒロインですって厚顔無恥にも程がありますよ」
そこまで言わなくても…、と項垂れる私を他所にメアリはまだまだ止まらない。
「たかが一回失敗したくらいでズルズル引きずり過ぎです。重くないですか、それ。女々しいったらありゃしない。見ていて苛々します。持たなくてもいい荷物をいつまでも持っているから、先に進めずに周りからとやかく言われるんですよ」
「…ちょっと言い過ぎじゃない?」
よく回るお口が絶好調ですね、メアリさん。でも、もう少し抑えてちょうだい。流石の私も腹が立ってくる。
「誰も言わないからメアリが言っているんですよ。誰も彼もお嬢様を甘やかすから、自力で立てない子になっちゃったじゃないですか」
「立てない子って、子ども扱いはしないで」
「なら何で、今までいくらでもチャンスがあったのにズルズルと今の状況を続けているんです。お嬢様が結婚したくない、夫なんていらない、子供も欲しくないって言うのならメアリは何も言いませんが、違いますよね。お嬢様は只逃げているだけですもんね」
酷い。さすがに酷い。酷すぎやしませんかね!
「もしかして、アレが心を入れ替えて自分の元に戻ってくるのを待っている健気系ヒロインを気取っているんですか?」
むっかぁぁあ!!
「まさか、白馬の王子様を待ってたりします? プフーッ、ちょっと笑わせないで下さいよ。夢を見てもいいのは成人前の少女だけですー! お嬢様はとっくの昔に期限切れですぅ!」
ブチッ、と私の中の何かが切れた音がした。
「ちょっとぉ、さっきから口が過ぎるわよメアリ!! 黙って聞いていれば言いたい放題。私を馬鹿にしているの!?」
バンっとテーブルを叩きつけ、私は立ち上がって声を荒げた。メアリと言えど、さすがに堪忍袋の緒にも限界がある。
「馬鹿にはしていませんよ。臆病者だと言っているんです」
はっはーん、と小憎らしく鼻で笑うメアリ。
「私がいつ逃げたっていうのよ!」
「自覚がないって幸せですね。只今現在進行形ですよ」
「逃ーげーてーまーせーん!!」
「へぇ? じゃあ傷付くのが怖いから結婚に二の足踏んでるわけじゃないんですか?」
「そんなんじゃないわよ」
「ふぅん? じゃあアレに未練があるから婚約破棄を渋っている訳でもないんですよね?」
「未練も何もこれっぽっちも残ってない! 気持ちが悪いこと言わないで!」
「ほぉ? じゃあ婚約破棄するのも、お見合いするのも構いませんよね。そこまで言っておいて逃げたりなんかしませんよね? そんな、まさかねぇ?」
「えぇ、構いませんとも。逃げたりなんかしないわよ。婚約破棄だろうとお見合いだろうと受けて立とうじゃ…」
そう言い放った瞬間。メアリの顔がニタァと歪んだ。
「…あ」
「はい、言質取ったぁ!」
「あぁ!」
「ちょっと誰かー、旦那様に婚約破棄とお見合いの言質取ったって伝えて! 後、預けてた手紙も王宮に送って。早急で!」
「ちょっ、まっ!」
狼狽える私を他所に、メアリの声に反応した使用人の声が部屋の外から「了解でーす!」という返事が遠ざかる足音と共に聞こえてきた。
「撤回は不可ですので悪しからず」
いやいやいや、ちょっと待って。売り言葉をうっかり買ってどうするよ、私。
「……今の卑怯じゃない?」
「お嬢様を手玉に取るのはメアリの特技ですから」
そんな特技いらない。生ごみと一緒に燃やして。
「侍女モード切れると本当にポンコツですよね、お嬢様って」
二の句が継げない。これでも敏腕侍女だって言われた事もあるのに、何この醜態。情けなくて涙が出てくる。
「そんなんで王宮でやっていけているんですか?」
追い打ちをかけるメアリの言葉に、私は頭を抱えるようにしてテーブルに突っ伏した。
「もうやだ。どいつもこいつも結婚結婚って、本当にうるさい」
涙と一緒に本音も出てきた。でもどうせ部屋には私とメアリしかいないのだから構いやしない。
「そうよ。メアリの言う通りですが、それが何か? 傷付きたくないの。怖くて堪らないの。また同じような事があったら立ち直る自信がないのよ、おかしい?」
そう聞くと、メアリは蜂蜜を紅茶に垂らしながら首を横に振った。
『どうせ私なんか』って思っているわよ。だから男性に対しては身構えるし、穿った目でも見てしまう。拗らせている自覚はある。マイラ様のような素直で可愛らしい女性が本当はうらやましい。無駄に打たれ強いガスパールの屍のようになったあの姿も、近い未来の私の姿のようで怖くて仕方がなかった。
「どいつもこいつも私の方に未練があるんじゃないかって疑ってくるけど、ラウルなんかとっくの昔に見切りはつけてる。いつだって婚約破棄には踏み切れたわよ。でもね、簡単に破棄するのはすっごく癪だったの」
10年間、私が受けていた屈辱をどうにかして返してやりたい。同じような目に遭わせてやりたい。見下され、蔑まれ、疎まれ、自尊心が木っ端みじんになるくらい傷付けてやりたかった。
「絶対に仕返ししてやろうって思っている間に、忙し過ぎてタイミングを失っちゃったのよ」
これを未練だというのなら、仕返しをし損ねたのは未練なのだろう。
「あー、もうやだやだ。今更私にメアリのように支えてくれる人が出来ると思う?」
「やる前から諦めるのは違うんじゃないかな、とは思います。それに知ってますか?」
「何を?」
伏せた顔を腕から少しだけ出して、向かいに座っているメアリを見上げた。
「夢を見てもいいのは少女だけですが、夢見る乙女には年齢制限ないんですよ」
メアリの言っている意味が分からない。少女と乙女の違いは何だ。
「初心なお嬢様にメアリからのアドバイスです」
突っ伏している私に、メアリは顔を近づけて内緒話をするような小さな声で言った。
「ここだっていうタイミングの時に乗っかる事です。逃げちゃ駄目ですよ。それで旦那様を捕まえた私が言うのだから間違いありません」
「そんなタイミング分からないわよ。逃しちゃったらどうするのよ」
恋愛スキルなんて持ち合わせていないもの。タイミングなんて分かるはずがないじゃない。
「そんなお嬢様に朗報です。お腹もお胸もお膝も埋まっていますが、なんとなんとお嬢様限定大サービス。メアリの背中をご提供しちゃいまーす」
メアリはクルッと後ろを向いて、一回り大きくなった背中を親指でクイクイっと指でアピールをしてきた。
「いつだっておいでませ。おんぶして慰めてあげますよ」
失敗前提の話された! もう、泣きたい!!
皆様方、いつもいつもありがとうございます。
お礼しか言えないですが、これからも頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。
Vitch様
コメントありがとうございます。仕様でした、テヘ。




