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第30話

「父親は誰よ!!」


 メアリ、未婚でしょ。誰が私のメアリを孕ませたのよ。責任は取ってくれるんでしょうね!!


「旦那様です」

「お父様ぁぁぁぁ!!」


 そんなまさかの、我が父。

 蜂蜜で栄養を取るように命令したのは、これが理由か。それはそうだ。長年勤めてくれているからとはいえ、メアリの立場はメイド。そのメイドが妊娠したからといって当主である父が高級蜂蜜を与えること自体が父親だって言っているようなものではないか。


「いつから? いつからお父様とそんな関係だったの?」


 そんな気配微塵もなかったではないの。それとも私の知らない所で元々そういう関係だったの。


「いつからと言いますか…この時から?」


 そう言って自分のお腹を指すメアリ。


「別にお嬢様に隠しながら、旦那様と関係していたとかではありません」

「…え、じゃあ、何で……。まさ……か」


 思い当たった事に、さぁっと血の気が引く音がした。

 よもやまさか自分の父親が、物語に出てくる悪徳当主のようにメイドをベッドに引きずり込むような真似をするなんて…っ!


「お嬢様、急にどこに行くんです。その手に持った髪飾り凶器になりそうなんで置いていきましょうか」

「ちょっとお父様とお話してくるわ…」

「お嬢様が今考えている事は全くの事実無根ですので行くだけ無駄ですよ。そしてその間にサンドもお紅茶もお腹の赤ちゃんの栄養になりますが、それでもよろしければ、どうぞ行ってらっしゃいませ」


 メアリは自分が作ったサンドを頬張りながら言った。


「……ちゃんと気持ちが伴った上での結果なのね」

「間違いなく愛の結晶です。といっても私も気付いたのはこの時なんですけどね。今まで少しもそんな風に思った事はなかったのに、気が付かない心の中にあったみたいで」


 不思議ですね、と他人事のようにカラカラとメアリが笑うものだから、ホッと力が抜けた。無理やりではないならいいのだ。父もメアリもいい大人なのだし、子供の私が口出しをする事ではない。


 はぁぁ、と私は深い息を吐き、抜き取った髪飾りを再び差し込んだ。

 まさか、ずっと私に仕えていたメアリが、まさか自分の父と結ばれるなんて思いもしなかった。


「…お父様は、やっとお母さまを忘れる事が出来たのね」


 母が亡くなって14年。その間も亡くなった母を愛し続け、再婚もせず、女の影ひとつ見えなかった父が、50歳を前にして恋をしたのだ。しかも新しい命まで授かって。

 父とメアリの間に子供が生まれるのは喜ばしい。けれど、少し寂しい気もする。


「何を言ってるんですか。旦那様は奥様をお忘れにはなっていませんよ。ずっと旦那様の心の中には奥様は生きてらっしゃいます」


 私の発言がメアリの気分を害したのだろう。メアリが不愉快そうに言った。


「…メアリはそれでいいの?」


 父の心の中に、私の母とはいえ別の女性がいては不満に思うものでしょう。


「良いも悪いも、奥様を愛している旦那様を愛していますので問題ございません。むしろ奥様を忘れる様な旦那様は旦那様ではありませんから!」

「あら…そう…」


 普通ならば自分を一番に愛して欲しいと願うものではないのだろうか。けれどメアリは構わないと言い切った。そのメアリの心情を私は理解する事が出来ないけれど、メアリが本気で父を想っている事は伝わってくる。


「そっかぁ、そっかぁ。私のメアリは、お父様のメアリになってしまったのね」


 ガスパールの不調の原因もこれでやっと分かった。ニールが直ぐに分かると言っていたが、家に帰れば判明することなのだから当然だ。これは一晩中雨に打たれたくなる気持ちも理解できる。ずっとずっと一途にメアリの事を想い続けていたのに、とんだ伏兵に掻っ攫われるなんて、哀れガスパール。今度会いに行くときは、思いっきり優しくしてあげよう。あ、このサンド絶品。蜂蜜も垂らそうっと。


「あら、私はお嬢様のメアリを辞める気はございませんよ。残念な事に今までお嬢様専用の泣き場所だったお腹は埋まっていますが、この歳になって更に豊かに成長した胸は空いています」


 ほらどーんと来い、と両手を広げて構えるメアリに、ふはっと笑いが込み上げる。


「その成長したお胸も赤ちゃんのものでしょう。私、赤ちゃんに嫌われたくはないわ」

「あら、それでしたらお膝にしますか?」

「それもお父様に怒られそうよ」


 『妻の膝枕は夫の特権、それを侵す者は何人であろうと絶対に許さん』と、どこぞの色ボケ陛下が言っていたもの。

 

「あらあら、じゃあ仕方がないですね。お嬢様、新しい泣き場所を探してきてくださいな」


 探すって。もう何を言っているのやら、私のメイドは。


「あのね、メアリ。私はもう25歳の立派な大人なんですけど?」

「でもお嬢様専用メアリは満員みたいなので、探さないと困るのはお嬢様ですよ」


 子供でもあるまいし、別に必要もないし困らない。


「包容力があって、優しくて、力強くて、お嬢様が飛び込んでもびくともしない人がいいですね!」

「だーかーら、必要ないって…………んん?」


 メアリのその言い方だと、男性に限定されているように聞こえるのは気のせいだろうか。


「メアリ的には、お嬢様をまるごと包み込んでくれるような、体も心も懐も大っっっきな人希望です」


 いや、絶対気のせいではない。その意味深な言い方。


「…何か聞いたでしょう」

「うふふふ。メアリこれでもモテモテですので、文通相手は沢山いるのですよ」


 やっぱり。陛下から婚姻を進められている件を、誰かがメアリにリークしたのだ。


「……お父様に言うわよ」

「旦那様公認です」


 公認という事は父もその事を知っていると。


「何よ、それ。メアリの代わりに夫を探せって言うの?」


 馬鹿らしい。メアリの代わりがぽっと出の男に出来る訳ないでしょう。どれだけ私がメアリに頼っていると思ってるの。


「探すぐらいはいいじゃないですか。さっさとアレを捨てて周りの男に目を向けても罰は当たりませんよ」

「罰は当たらないかもしれないけど、見つかるとも限らないでしょう」


 そんな簡単な事ではないのだ。


「探さなかったら一生見つかりませんよ」

「それはそうだけど、私はもう行き遅れも行き遅れなのよ。そんな私を相手にしてくれるのは訳アリか下心満載の有象無象じゃないの」


 だからマイラ様にもライニール様にも心配されてしまう羽目になっているのだ。碌でもない男しか私には寄って来ないから。


「下心満載の有象無象は問題外として、訳アリ男性の何がいけないんですか?」


 きょとん、とした顔したメアリが言った。


いつもありがとうございます。

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