第28話
そんなこんなで、ぐだぐだ感半端ない空気の中、私とライニール様はアネモネ宝飾店を後にした。にこやかに笑顔で見送ってくれたニールとは反対に、具合の悪さも相まって無表情のガスパールが酷く不気味だったのは言うまでもない。
私とライニール様は貴族街にある実家の屋敷に向かっていた。私としては、この件を報告して貰うため現地解散でも良かったのだが、ライニール様の断固とした反対により、実家まで送って貰う事になったのだ。
乗合馬車を使えば大丈夫なのにと思ったものの、どうやらライニール様の中では、私を送り届けるまでがご自分の役割と思っているようだった。
「本当に何があったのでしょうね、ガスパール殿は」
「思考はしっかりしていましたので、体調のせいではないと思うのですが…、触れてはいけない何かがあったのでしょうね。少し心配ですので、また近いうちに様子を見に会いに行こうかと思っています」
「そうですね。もし良かったら私もご一緒してもよろしいですか?」
「えぇ、もちろん」
笑顔の一瞬後に、すん、と屍のような表情になれば、ライニール様だって気になりますよね。ガスパールもライニール様の事を気に入っているようだったから、問題はないとは思うけれど、一応手紙は出しておこう。
「しかしあれですね。あのような様子のガスパール殿には大変申し訳ないのですが、非常に面白い方々ですね。とても興味深い」
確かにライニール様の周りにはいない人種な事には違いない。
「マーシャ殿も彼らも、お互いに信頼し合っているのがよく分かりました」
「そうですか?」
「ええ、そうです。そんな彼らを私に紹介してくれた事は純粋に嬉しいですね」
できれば通常モードの時に紹介したかったのが本音ではありますが、満足頂けて良かったです。
「それに、あの二人のおかげで、貴女も大分緊張が解けたようですしね」
「へ…?」
緊張とな?
「おや、ご自分では気付きませんでしたか?」
「へ、え…?」
いや、否定はしないですよ。確かに緊張はしていましたけど、それはライニール様がいつもと違う雰囲気で私に接してくるのがいけないのですよね。
「そんな目で責めないで下さい。私が貴女との距離感を見誤った事がいけなかった事ぐらいは分かっていますよ」
「そういう訳では…」
別に責めている訳ではないですよ。只、エスコートしてくれていただけですよね。私が勝手にいつもと違うライニール様に戸惑っていただけで…。
しかも、そんな目って。私今どんな目で見ました?
「貴女は口で物を言う事も多いですが、それより雄弁なのはその瞳ですね」
「えっ!?」
そんな事初めて言われましたけど!!
「それも信用している人の前でだけ、ではありますが」
「…え……と言いますと…?」
「両陛下や団長、マリィ・フラン嬢。そしてあのお二人の前でもでしたね」
それ以外では立派な眼鏡をかけていますよ、とライニール様は苦笑する。
「私に対しても、その瞳を向けてくれる様になったのは、第2部隊隊長に昇進してから少し経ってからでしたし」
と、眉を少しだけ下げるライニール様。
「それまではずっと仲間外れでしたので、随分寂しい思いをしたものです」
それだけで本当に寂しそうに見えるものだから堪ったものではない。仲間外れって、寂しいって、そんなキャラではないですよね!?
「ですが、寂しい思いをした分、こうして貴女の瞳の表情がコロコロと変わっているのを間近で見れると嬉しさも倍増なのですけどね」
パチンと小気味よくウインクを飛ばしてきたライニール様に、ぐぅ、と喉奥が鳴りそうになるのを必死に堪えた。只でさえ自覚していなかった事を指摘されて恥ずかしいのに、ライニール様の甘い笑みと甘い言葉で加わるこの羞恥に、どう対応したら良いものか。
私が何も言えず、多分真っ赤になっているだろう顔を見て、ライニール様はクッと笑いをかみ殺したのが、私の耳にはしっかり聞こえていた。
「…揶揄いましたね」
私の声色が低くなるのは当然の事だろう。
「まさか」
「嘘です。面白がってますよね」
その証拠にライニール様の口元は未だに緩んでいる。
「心外です。嘘は言っていません」
「絶対嘘ですよ! 私を揶揄いましたね!!」
そう言い返すと、今度は隠すことなくライニール様は笑い声を立てた。
「あ、ほら。笑うってことはやっぱり」
もし私が真に受けて、ライニール様に好意を抱くようになったらどうする気だったのだ。私がライニール様に持っているのは恋情ではなく尊敬だ。いくら何でもマイラ様からエスコートを頼まれているからってやり過ぎですよ!
もう! もう!! もう!!! 人を揶揄って笑うなんて、ダグラス様じゃあるまいし、今日のライニール様は本当にどうかしている。私を牛にして何が楽しいんだ、もう!
「本当に揶揄ってはいません。只少々デートらしさを失ってしまったので軌道修正をしただけで」
何の軌道修正ですか。しかもその設定まだ続けていたんですね。私はすっかり忘れていましたけど。この期に及んで付き合いが良すぎではないですか。そんなにデートすらしたことのない行き遅れを揶揄って楽しいものですかね。
「笑ったことは謝ります」
その言い様では謝罪になっていません。笑みが顔から消えていないし、上っ面で謝罪した気になられても腹が立つだけです。
「ですが、私達は今デート中なのですよ。しっかり気を抜かず意識してくれなければ困ります。そうでなければ私がご一緒している意味がないでしょう?」
「それは、私にライニール様を意識しろという事ですか」
「そうしたいのであれば構いませんが…」
はい、嘘。これも絶対に嘘。
一緒に仕事をしていく仲間に、そんなやっかいな感情は持ったりしませんよ。面倒な事になるのも、これ以上疲れる様な真似もしたくない。
「またそんな目で見て…。どう言えば貴女に伝わりますかね」
「十分理解しておりますが?」
「いいえ、全くこれっぽっちも理解出来ていません」
と、ライニール様に盛大に呆れられる私。
なぜかそれから、ライニール様の説教タイムが開始した。
解せない!!!!




