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第14話

 距離感って本当に大切だな、と思った。

 先程までのむず痒さと居心地の悪さは消えていた。ライニール様と私の間に流れている雰囲気はいつもと同じものに戻っていて話しやすい。エスコートモードのライニール様も素敵だとは思うけれど、私にはやっぱり普段のライニール様が丁度良い。といっても、いつもよりは距離が少し近いようだけれど、このくらいは許容範囲内だ。


 そして、まず訪れたのは目的の場所であるお店。


「パン屋ですか?」

「はい、パン屋さんです」


 お土産を購入するのに、パン屋さんに連れてこられるとは思っていなかったのだろう。ライニール様は意外そうに眼を見張った。


「こちらのパン屋さんは下町で大変人気なのです。普段食事の主食として口にするパンからちょっとした焼き菓子まで取り扱っています。とても美味しいので、私もマイラ様も大ファンなのですよ」

 

 パンと菓子は原材料が重なる事も多く、パンを作る材料が揃っていれば菓子も焼けるのは当然の話だ。数年前からこちらのパン屋さんで焼き菓子が売られるようになり評判となったのだ。孤児院の子供達にも人気の焼き菓子だ。


「覚えておいて損はないですよ、このお店」

「お墨付き、という訳ですね」

「はい。後はマイラ様お気に入りの宝飾店があるのですが、そちらも後でご案内しても宜しいですか? 庶民向けではあるのですが、貴族街では買えないデザインが斬新で貴族の方も買いに来られているのですよ」


 庶民街に足を踏み入れたくない貴族は除いてだが、そんな事で毛嫌いしていると社交界の流行りに乗り遅れるだけだ。


「それは楽しみですね」


 ライニール様に満足して貰うには、この2店は絶対に外せない。快く了解してくれたライニール様にホッと胸を撫でおろす。


 お店のドアを開けると、カラン、と括り付けていた鐘が鳴った。


「こんにちは」


 お店に入ると直ぐにパンの優しい香りが漂ってきて、パンを陳列していた恰幅の良い女性が私を見て満面の笑みを向けた。


「おやぁ、マーシャお嬢さんじゃないかい」

「お久しぶりです」


 この店の女将ミランダさんだ。


「今日は何だい、随分男前を連れているじゃないか」

 

 これかい? と言って親指を立てるミランダさんに、私は顔の前で手を振る。


「そんな訳ないじゃないですか。私の同僚です。お使いに付き合って頂いているんです」

「そうかい、つまんないねぇ。やっと良い知らせが聞けるかと思ったんだけどねぇ?」


 意味深に私とライニール様を見やるミランダさんだが、期待には応えられませんよ。


「ライニール様、こちらこの店の女将さんでミランダさんです」


 ライニール様を見上げ、ミランダさんを紹介する。


「お会いできて光栄です、マダム。ライニール・エイブラムスと言います」

「あらいやだ、マダムなんて照れるじゃないか。あたしゃ、只のミランダだよ。そう呼んでくれると嬉しいが、お嬢さんの同僚って事はお貴族様だろう。失礼だったかねぇ?」

「とんでもない。喜んでミランダと呼ばせて頂きましょう」

「そうしておくれ。だがあれだね、自分で言っておいて何だが、こんな男前に名前を呼ばれるとくすぐったいものがあるねぇ」


 10歳は若返りそうだよ、ミランダさんは大げさに肩を揺らした。


「今回の新商品は何ですか?」

「クルミと干し葡萄の蒸し菓子だね。ちょっと食べてみるかい?」

「いいんですか?」

「こんな男前を連れて来てくれたお礼さ」


 ミランダさんはパチンと片目を瞑って笑い、それから奥へその菓子を取りに行った。


「ライニール様が格好良くて得しました。ありがとうございます」

「どういたしまして。この顔が有効活用できて何よりです」


 そこで謙遜しないのがライニール様らしくて笑った。その顔面を持っていて『そんな事は無い』なんて言われた方が嫌味だと思う私は心が狭いだろうか。

 私が笑っているとライニール様も得意げな笑顔を返してくれるので、また更に笑ってしまう。こんなお茶目なライニール様を見るのは初めてで面白い。

 

「おやおや、仲が良いじゃないか。本当に何でもない仲なのかい?」


 ニヤニヤと奥から戻ってきたミランダさんはそう揶揄うけれど、私は首を振るしかない。


「私には勿体ない方ですよ。で、それですか?」


 ミランダさんが持っている皿に並べられた一口大に切られた菓子。きちんと楊枝もつけられている。きっと私達が貴族だという事を考慮して用意してくれたのだろう。


「男より食い気かい。相変わらず色気がないねぇ」

「それだけミランダさんのお菓子が魅力的だという事ですよ」

「そうだと良いけどねぇ」


 私とライニール様を交互に見てミランダさんは肩を竦め、それから『どうぞ』と言わんばかりに皿を差し出した。

 

「頂きます」


 そう断り、私は楊枝で菓子を取り口に含む。ライニール様も同じように菓子を口に運んだ。


「あ、美味しい。とてもしっとりしていて口当たりが優しいです」

「生地自体はそんなに甘くないですね。干し葡萄の甘さが丁度いい。クルミの食感がアクセントになって飽きが来ません」

「おやつにでも食事でも合うのではないでしょうか」

「そうですね。多少甘味が苦手な方でも食べられるでしょうし」


 孤児院への土産と言っても、それを口にするのは子供達だけではない。職員や同行する我々も口にするのだ。マイラ様に関してはもちろん毒見をしてからにはなるが、同じものを食べるという行為をマイラ様も子供達も楽しみにしている。

 ふむふむ、と咀嚼しながらライニール様と意見を交わす。


「切る前はどのくらいの大きさですか?」

「ほら、そこに並んでいるだろう」


 指差された所にあるのは、私のこぶし大くらいのもの。


「大きさ的にも問題ありませんね」

「そうですね」

「ミランダさん。こちらをいつものように孤児院に配達してもらえますか。数はこのくらいです」


 そう言って、数を書いた紙を渡すと、それに目を通したミランダさんが頷いた。


「任しときな。毎度ありがとさん」

「よろしくお願いしますね」


 菓子の代金を渡して、それと一緒に自分用と自宅用、そしてマイラ様への焼き菓子を購入した。お手数だろうけれどライニール様に預けて届けてもらおう。マリィに渡して貰えばしかるべき手段を踏んでマイラ様の元に届くだろう。直接渡してもらうなんて馬鹿な真似しません。時には直接渡した方が安全な事もあるけれど、何がどう転ぶか分からないのが王宮ですから。

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