第11話
感想・誤字脱字報告について、活動報告にて記載がありますので、ご一読して頂けると助かります。
感想も誤字脱字報告もしません、と言う方スルーして下さって大丈夫です。
チュンチュン、と外からの小鳥の声が朝を知らせてくれる。窓から射す光が、キラキラと輝いていて、今日も一日いい日になりそう、なんていつもなら思えていたのだけれど。
「なんで雨止んでしまうかなぁ…」
昨夜までは降っていたのに、雨雲は何処に行ってしまったのか。
はぁぁ、と深いため息が出る。
今日は久しぶりの休日だ。しかも終日である。
午後からは実家に顔を出す予定だが、午前中は仕事のようで仕事ではないものがある。
孤児院慰問の際に持っていく王妃からの差し入れを購入しに行くのだ。それだけなら、こんなに気分は沈まない。
理由は一つ。同行者ライニール様、である。
勘違いしないで欲しい。決してライニール様が嫌いなわけではない。問題なのはなぜライニール様なのか、と言う事だ。
先日の両陛下のお茶の時間の場で私が零した本音は、しっかりとその場にいる全員の耳に届いてしまった。呟くような声だったというのに、どれだけ地獄耳なのだ、あの人達は。
まぁ、微妙な眼差しを頂戴したよね。何とも言えない空気も流れたよね。とてつもなく居た堪れなかったよね。一応とはいえ婚約者がいる身でデートなんて出来る訳がないのだから、察して欲しかったとまでは言わないけれど、そっとしておいては欲しかった。まぁ、おかげで予想していたような命令がなかった事だけが救いだ。しかしマイラ様は言ったのだ。
「マーシャ、あなたは少しリハビリが必要だと思うわ。恋愛や結婚の前に、あなたが女性であるという事を思い出すべきよ」
と、そう言われて初めて、女性として扱われた経験が10年間全く無いことに気が付いた。女性扱いを受けたのは、あの15歳の夜会が最後。
そして、マイラ様はライニール様にお願いしたのだ。
「今度のマーシャのお休みにエスコートをしてくれるかしら? もちろん今はまだ婚約者がいるのだから対外的には私のお使いという名目で」
私は反対をした。筆頭侍女と近衛隊長が同時に王妃のお傍を離れるのは良くないと。けれど一蹴されてしまったのだ。その時間は陛下とご一緒しているから、数時間ぐらい私達が離れても問題ないと。陛下もダグラス様も頷き、ライニール様も了承をするものだから、もう何も言えなくなってしまった。
もうライニール様に申し訳なくて、申し訳なくて仕方がない。こんな年増の面倒をかけさせてしまって、もう何ていうか土下座でもするべき? とまで考えてしまう。実行した所で迷惑だろうけれども、気持ちだけはそのくらい申し訳なさ過ぎて泣きそうだ。
またまた盛大なため息が漏れる。
コンコン
「おはようございますぅ、マリィですぅ」
「マリィ?」
時間的にマイラ様の元へ赴いていないといけないマリィの突然の来訪に、何かあったのかと急いでドアを開ける。
「どうしたの? マイラ様に何か?」
「やぁだ、違いますよぉ」
ニコニコっと「失礼しますぅ」と部屋に入ってきたマリィは、鏡台の前に持っていた箱を置いた。
「はい、マーシャさん。ここに座って下さいねぇ」
「え、何で?」
もう身支度は出来ているのだから、再び鏡台に座る必要はない。
「もう、分かっているくせにぃ。時間が勿体ないのでさっさと座って下さいねぇ。メイク直しますよぉ」
「…マイラ様…?」
「その通りですよぉ。代り映えのない格好で行くだろうから、少し可愛くしてあげてとのご命令ですぅ」
ううん、命令の無駄遣い。
「そんな顔しないで下さいよぉ。マイラ様は純粋にマーシャさんを応援しているだけですよぉ」
「…分かってる」
分かっていてもモヤモヤするのだから仕方がない。
鏡台の前に素直に座り、マリィの持ってきた化粧道具をみて少し目を見張る。どれもこれもマイラ様お墨付きの上等なものばかりだ。気の進まない私に強引な事をしているという自覚があるのだろう。マイラ様から詫びも感じられる。
「あ、もしかしてこの間の事を気にしてますねぇ」
図星を指されて口ごもった。
「まぁ、やり方はどうであれぇ、陛下の暴走を止めようとしただけだってマーシャさんなら分かっているでしょお?」
ええ、理解していますよ。あのまま陛下に詰め寄られていたら、何を口走ったか分からない。それこそ、「乳母ではなくばあやではいけませんか」とか頓珍漢な事言いだしそうなくらい追い詰められていましたし。
でも、相思相愛の相手を見つけて欲しいというものもマイラ様の本心だ。
「本当、この事に関してはポンコツになりますよねぇ、マーシャさん」
「…苦手なのよ」
「苦手ではなくて経験不足なだけですよぉ。今まで逃げていたツケが回ってきただけですぅ」
手際よくメイクを直していくマリィの辛辣な指摘に返す言葉はない。
「別にライニール様とどうにかなれと言われている訳じゃないんだからぁ、素直に楽しんでくればいいんですぅ。マーシャさんは頭でアレコレ考えると明後日方向に行っちゃうんだから単純にいきましょお」
分かりましたか、と念を押して言われ、渋々頷く。
「全く手のかかるお師匠様ですねぇ…はい、出来ましたぁ」
ふぅ、と態とらしいため息を吐いたマリィが手掛けたメイクは、私のベースを崩すことなく、ほんの少しだけ華やかさを足したもの。
「…ありがと」
「どういたしましてぇ」
得意げに笑うマリィに、私も笑みを浮かべる。
素直に単純に。
それが難しいなんて言ったら、この弟子に怒られそうだなぁ。




