厄介な人
マリィ・フラン。
この名前で呼ばれるようになってから8年と少し。今では、もう昔の名前は忘れた。
私のお役目は、王妃付きの侍女。でもそれは表向き。実際の所は王妃の影役だ。
同じ年ごろ、似たような背格好は絶対必須。髪色の違いは鬘で何とかなるけれど、瞳の色まではどうしようもないのでマイラ様と同じ紫色。それ以外に、王妃の癖、仕草、話し方、全てをマスターした。他にも、あらゆる毒の見分け方、気配の読み方、消し方、人の急所から自衛法までを学び、私はいつ来るかもわからない日の為の身代わりとなった。出来れば、このまま平和的な身代わりのままでいたいものだ。
そんな私を教育してきたのは、王妃付き筆頭侍女のマーシャさんだ。姉のような、師のような彼女。私がマーシャさんを一言で表すとしたら『厄介な人』である。
何がそんなに厄介なのかと言うと、この人は無自覚で人を誑かすのが上手なのだ。ゆえに、厄介な人に好かれ付きまとわれる。婚約者や王弟妃もその中の一人だ。
彼女のプライドは、王妃付きの侍女であるという事。それは自他共に認める所であり、両陛下が乳母にと求めるのも納得のいく話だ。けれど、その為に婚姻を勧められた事に戸惑う気持ちが分からない訳ではなかった。マーシャさんは女性としての自己評価が極端に低い。とてつもなく低い。それは年々酷くなっていくばかりで、周囲が否定すればするだけ頑なになっていった。女性として男性に必要とされる訳がないと心底そう思っているから、陛下からの婚姻に関する提案の際も、自分と婚姻してくれる相手などいるはずがないと怖気づく。
バカだなぁ、って本当に思う。
婚約者との事が原因で臆病になってしまい、自分の価値を見誤っているなんて。マーシャさんがあれとの婚約を早々に破棄していれば、彼女を望む男性なんて一杯いたというのに、いつまでも破棄しないから自分で自分の首をしめる羽目になるのだ。今だって、損得抜きではないかもしれないけれど、彼女を求めてくれる男性はきっといる。
もうそろそろその呪縛から解き放たれてもいいと思いますよ。
両陛下のやり方は確かに強引だったけれど、いい機会なのではないでしょうかね。私のように結婚する気がないのならまだしも、マーシャさんは結婚をしたいのに、出来ないと決めつけて諦めているだけなのだから。
でもねぇ、マイラ様もマーシャさんも貴族的考えだからなのは分かるけれど、婚姻が全ての幸せではないと思うのですよ。マーシャさんが例え結婚しなくても、子供を産まなくても、彼女の価値にどれほどの影響を与えますかね。そんなもので無くなるような価値ではないと思いますよ、私は。
あ、そうか。だからか。と思い当たる。
両陛下がわざわざ茶番じみたやり取りをしてまで、マーシャさんに婚姻を望んだ理由は、後継ぎの乳母にさせる為だけではないのかもしれないなぁ、と。
本当、厄介な人ですねぇ。
あくの強い個性的な人達ばかりに囲まれて、執着じみた想いを寄せられて。
え、私は違いますよぉ?
純粋にマーシャさんが幸せになってくれる事を願っていますから、ふふ。




