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第48話

 その日はいつの間にか眠っていたのか、起きた時に私はベッドにいた。恐らくキースが運んでくれたのだろう。

 それから私達がクワンダ国へ出立するのは早かった。私が眠っている間に準備を終わらせていたのかスムーズな出立で、ガスパールともすぐに合流できたのだ。道中も襲われることなく順調に進み王都入りもあと少しだという頃、問題は起きた。


「……目立つな」

「目立つわね」

「俺様だからな!」


 何の自慢にもなっていない、と私はキースの頭を引っぱたいた。


「殴るなよ」

「無駄に整った顔をしてるキースが悪い。変装の意味が無いじゃないの!」


 そう、クワンダ国に秘密裏に入国するため、アネモネ宝飾店従業員に変装しなければいけないのに、どんな格好してもキース感が消えないのだ。


「本当に無駄ね、その顔。主張が激しすぎるのよ。もう少し抑えられないの?」


 キラキラ、キラキラと無駄にオーラを撒き散らすんじゃない、もう。


「そう言われてもな、俺様だから仕方ないだろ?」


 ナルシシズム、ここに極めたり! いらないけど。


「あ、そうよ。眼鏡はどう? 少しは隠れるんじゃないかしら?」

「おぉ、そうだな。銀縁と黒縁どっちだ?」


 ガスパールが両手に二つの眼鏡を掲げる。


「そう…ね。地味なのは黒縁眼鏡かしら」


 銀縁眼鏡では隠れないような気がする。前例はもちろんライニール様である。銀縁眼鏡をかけたライニール様はむしろ余計に格好良くなっている気がするし……うん。


「にいちゃん、取りあえずかけてみろや」

「どうだ?」

「「…………無いよりマシ……?」」


 キース感は少なくなったような気がしなくもないが、間違いなく色気は増えている。


「なら、これにするか」

「えぇ~……」


 でも目立つは目立つのだ。


「ぐだぐだ言っていても仕方が無いだろうが。時間を無駄にするだけだ!」

「そうだけど、そうだけど!」


 安心はできない。本当どうやったら消えるんだろう、このキース感は。


「取りあえず、兄ちゃんは関所を通過するまで大人しくしておいてくれな。あと絶対に喋るなよ?」

「そうね、喋るのは危険だわ。この眼鏡でその無駄にいい顔を少しだけ隠せたとしても、無駄に良い声はどうしようもないものね」


 うんうん、とガスパールと二人で頷き合っていると、


「褒められているんだが貶されているんだか分からん」


 と、キースが頭を捻らせる。こちらとしては褒めてもいないし貶してもいない。本当に無駄だと思っているだけだ。


「もうすぐだ」


 ガスパールの声に緊張が走る。門番が通行手形を確認し、人数と顔を確認するために幌が開かれた。顔を覗かせたのはグラン国では絶対に見られない女性の門番。キリッとしていてとても真面目な印象を受ける、とても恰幅の良い女性だった。

 その女性門番は、見た目通り真面目に一人一人しっかりと顔と年齢を確認していく。だが彼女が止まったのは、やはりキースの時だった。

 目を瞬かせて何度何度もキースと通行手形を交互に見て確認しているものだから、内心冷や汗が止まらない。何もしないでよ、余計なことはしないでよ、と表情に出さずにキースに向けて念じていると、あろうことかキースは、


「お嬢さん、何か問題でも?」


 と艶やかな声で女性門番に微笑みかけてくれやがったのだ。大人しくしとけと、喋るなと言われていたのにだ。瞬間的に私の右手が唸りそうになったが、なんとか心を落ち着かせて堪える。

 微笑みかけられた女性と言えば、何かしらの反応があっていいものの、なぜかじっとキースを見つめたまま。嫌な沈黙がしばらく流れたかと思いきや、突然ぽっと女性門番は頬を赤らめた。そして、


「い、いいえぇ。何も問題はございませんわ」


 と、体をくねらせてそう言ったのだ。


「では、通過しても良いかな? 主人が商談相手との時間を気にしているものでね、あまり長居はできないんだ」

「まぁ、そうですのね。どうぞどうぞ、お通り下さい。お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでしたわ、うふふふふ」

「ありがとう、美しいお嬢さん」

「嫌だわぁ、美しいなんて、そんなぁ。うふふふふふふふ」


 …………なにこの茶番。この二人以外呆気に取られているのがわからないのかな?


「では、失礼。またどこかでお会い出来たら、是非我が商店の宝飾品を見て行って下さいね」

「喜んで~♡」


 そう言って女性門番はいつの間に取り出したハンカチを、私達の馬車が見えなくなるまでフリフリと振って見送ってくれた訳だが。


「…………凄いね、キース」

「俺の顔も声も無駄ではないからな」

「………………」


 そんなに私とガスパールが『無駄』を連呼していたのを気にしていたのか。ヒヤヒヤはしたが、取りあえずは問題なく関所を通過出来たのだから良しとする。


「じゃあ、このままテイラー男爵夫人邸に向かえば良いわね」

「そうだな。昨夜の内に来た連絡だと正午までに夫人邸に来るようにって事だったからな」


 ということは、ヤンスは無事にテイラー男爵夫人と接触できたということだ。見かけによらず仕事の出来る奴め。


「順調だな。このまま上手くいけば間違いなく式典までには合流出来そうだ」

「そうね……」


 順調すぎて怖い。そう思うのはおかしいだろうか。


「残念だが兄ちゃん。そうは問屋が卸さねぇみたいだぜ?」

「なんだと?」


 やっぱり、と私は思った。こんなに順調なのはどう考えてもおかしい。敵がどんな人か知らないが貴族なのは間違いないのだ。そんな馬鹿では貴族社会では生きていけない。まぁ、ヤンスが上手く仕事してくれたと同様、リオが良い仕事していてくれていたのならあり得ない話ではないけれど。


「関所を出てからすぐに俺達の後ろを付いてきやがる。どこにでもありそうな古びた馬車だが、御者も箱の中も人の顔が幌に上手いこと隠れて見えやしねぇ。怪しすぎるだろ?」

「典型的に怪しいわね」

「まくか?」

「人の多い王都で馬車を爆走させるわけにはいかないでしょう?」


 被害を被るのは何の罪もないクワンダ国民だ。特例親善大使の私がそんな事をするわけにはいかない。


「キース。テイラー男爵夫人邸の場所は?」

「任せろ」

「なら二手に別れましょう。私とキースは徒歩でテイラー男爵夫人邸に向かうわ」


 良いわよね、と窺うとキースは即座に頷く。


「ちゅーことは、俺らは囮になれば良いってことか」

「そういうこと。頼りにしているわ」

「嬢ちゃんにそう言われたらやるしかねぇだろ、なぁ、野郎共!」


 ガスパールがアネモネ宝飾店のみんなにそう呼びかけると、一斉に「おうよ!」と力強い返事が返ってきて、何とも頼もしい。


「じゃあ、この二つ先の曲がり角を曲がったときに俺達は人混みに紛れる。いいな」

「了解よ」


 後ろから付いてくる馬車に気付かれないように、こっそり馬車を飛び降りればいい。


「嬢ちゃん。気をつけるんだぞ。んで必ず連絡をくれ。約束だぞ」

「分かっているわ。ガスパールにはまだまだお願いしたいことがあるのだから、絶対に連絡するわ。だからそんな顔しないで」


 心配そうな顔をしているガスパールに微笑みかける。


「グランに帰ったら、メアリにガスパールがどれだけ私の助けになってくれたか、ちゃんと報告するからね」


 ご褒美はそれでいいでしょう? と言うと、ガスパールは眉尻を下げて破顔した。


「そりゃありがてぇな。兄ちゃん、嬢ちゃんを頼むぜ」

「任せておけ」


 キースもガスパールに親指を立てる仕草をして、それから私達はちょうど二つ目の角に差し掛かった瞬間、馬車から飛び降りた。


「大丈夫か?」

「平気よ」


 このくらいなら、私にだって動ける。止まることなくアネモネ宝飾店の馬車は走り過ぎ、その後ろを怪しげな馬車が追っていくのを確認してから私達は歩き出した。


「念のために人混みに紛れたまま行くぞ。はぐれるなよ」

「キースもね」


 そう憎まれ口を返すと、キースは苦笑してからおもむろに私の手を取った。


「は?」

「こうすればはぐれる心配をしなくてすむだろ。それにカモフラージュにもなる」


 若い男女が手をつないで歩いていれば一見デート中にも見えるだろうが、なんでだろう、もの凄く変な感じがする。気恥ずかしいとか、照れくさい、とかそんな可愛い感情ではなく、ただ居心地が悪いのだ。はぐれ防止というならこのままでもいいけれども、でもやっぱりムズムズする。


「ところで、マーシャ」

「なあに?」


 …………んん?


「…………今、私を『マーシャ』って呼んだ?」


 聞き違いだろうか。頑なに私をマーシャリィ・グレイシスと認めず、お前とかおいとか呼んでいたのに、突然のマーシャ呼びに戸惑いが隠せない。


「悪かったよ。ずっと否定して。もう認めるよ。お前がマーシャリィ・グレイシスだってな」

「え、ちょっと気味が悪いんだけど……」


 正直な感想である。だってあんなに偶像のマーシャリィ・グレイ(理想)シスに愛を語っていた男なんですよ。キースは。


「まさか、私のことを好きになっちゃった……とか?」


 私を本物だと認めるってことは、つまりはそういうことなのかと戦々恐々としてしまった。


「んな訳がないだろ! 自惚れが過ぎる!」

「あぁ、良かった。安心した」


 ふぅ、吃驚させないでよね。ここで『そうだ』なんて言われたらどうしようかと思った。


「それはそれでムカつくな……」

「我が儘言わない。でもいいの? 私を認めると言うことは、キースの片想いは只の思い込みだったっていうことになるわよ」


 幼い頃から偶像の私を想い続けていたのに、そう簡単に割り切れるものなの?


「良いも悪いも現実を受け入れるだけだ。そりゃわだかまりがないかって聞かれると答えに困るが、だからと言って夢ばかり見てもいられないだろ」


 キースは大きな溜息を吐きながらそう言った。


「俺様の初恋は木っ端微塵に砕け散った。それでいいんだ。……なんだよ、その目は」

「いえ……、案外キースって大人なんだなって感心しただけよ」


 いつも子供みたい、というよりナルシシズムに溢れたガキ大将って感じなのに、なかなかどうして大人な思考も持ち合わせているなんて意外も意外だ。


「お前の見る目が曇っているだけだろ。俺様だぞ?」

「そういう所が子供ぽいって言っているのよ。あと『お前』じゃなくて『マーシャ』よ」


 認めてくれたのなら、せっかくだから名前で呼んでもらいたい。


「了解、マーシャ。それにな、初恋は実らないってよく言うだろ。次の新しい恋を俺様は探すさ」


 そして絶対に実らせてやる、とキースは笑う。


「応援してる。頑張れ、キース」

「おう。俺様に二言はない」


 頑張れ頑張れ。応援しながら、ほんの少しだけ、そんな風に思えるキースが羨ましいと思ったのは内緒である。


「お、もうすぐだ。そこの角を曲がったら正面にテイラー男爵夫人邸が見える」

「そう。良かったわ。あの怪しい馬車はちゃんとガスパール達を追っていったままなのね」


 途中で気が付いて、引き返してきたらどうしようかと思った。


「正面から行くか、裏に回るか。どうする?」


 この状況下で普通なら人の目を避けて裏口からが正しい。だが、である。


「正面から行きましょう」

「追い返されないか? 俺達は招待を受けているわけじゃないんだぞ?」


 確かに正式に招待を受けたわけじゃない。もしかしたら裏口からこっそりと入るのが正しいかも知れないが、私の考えは違う。


「私達が今着ているのはテイラー伯爵夫人の商談相手であるアネモネ宝飾店従業員のお仕着せよ? このまま正面から先触れ的な『お伺い』として訪問すればいいのよ」


 そうすれば怪しまれることもないし、堂々とテイラー男爵夫人邸に招き入れて貰えるだろう。何より正面には必ず守衛がいる。と言うことは、そう簡単に私達を襲うのは難しいってことになるわけだ。


「そう上手くいくか?」

「怒られたらガスパールに一緒に謝ってちょうだい。商談潰してごめんね、って」


 ガスパールなら笑って許してくれる。


「そうと決まれば行きま…………え?」


 異変に気が付いたのはキースより私が先。ちょうど十字路に差し掛かった時、キースの方へ顔を向けていた私の視界に、あの怪しい馬車が映ったのだ。


「ちっ、やっぱりそう簡単には事は進まないってわけか」


 キースが私を背中に庇い、近づいてくる馬車を睨み付ける。今ここで逃げても馬車に人の足が敵うわけもない。相対した上で隙を窺った方が良いとキースは判断したのだろう。

 カラカラカラと車輪の音は私達のすぐ近くで止まり、緊張感は高まる。御者はフードを目深にかぶり顔は見えない。さらに幌が邪魔をして男か女かさえも分からなかった。

 箱の窓のカーテンがゆっくりと開けられ息を呑む。そしてそこから現れた思いがけない人物に私たちは言葉を失うのだった。


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