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第43話

「ですので、私が考えるに『呪い』なんてもので起こった不審死ではなく、『集団ヒステリー』が引き起こした偶発的な事故死ですわ」


 そう私はキースに言い切った。だからそんなに『呪い』なんて不確かな物を気にする必要はないと。私の心情としては笑い飛ばす勢いだったのだけれど、キースの表情はどうにも晴れない。


「納得できませんか?」

「……いや、理解は出来る」


 理解はできたけれど納得はできない、ということだろうか。


「廃村の周囲に起こったという不審死の原因をとことん追求すれば解明することですわよ。もちろん『呪い』なんていう強い思い込みを捨てて、ですけれども」


 といっても、その不審死が何十年も昔の話なのであれば簡単ではない話ではある。だが『呪い』なんて非現実的な物よりずっと現実的だ。


「……まさかとは思いますが、表向きではない事情にまで呪いがなんたらかんたら関係しているわけじゃないでしょうね?」


 それはきっと確信だったのだろう。キースの方がピクリと揺れ、また隣にいたクライブ様も何とも言えない半笑い。翁はにこにこと読めない笑みを浮かべているだけで、率先して口を挟もうとはしてこない。


「えー……?」


 待て待て待て、と私の中で警報がなる。

 よくよく考えなくても、わざわざ他国の人間に『これは表向きのお話ですよ』と付け加える必要ってどこにある? 表向きの話で十分ではないだろうか。というか、ここが呪いの廃村だろうとなんだろうと私に何の関係があるのだろう、とザワザワと心が騒ぎ始める。

 そもそも、どうしてガスパールと別行動をしてまで廃村に来る必要があった? と今更ながらに気が付いた。元々廃村を目指していたのは、キースの部下たちと合流するためだったはずだ。式典までに王都入りするために。だが、それはガスパールとの協力を取り付けた今、絶対に合流する必要はなかったはずだ。式典までに王都入りを目指すなら、あのまま王都に向けて出発してもよかっただろうに。

 では、なぜ私をここに連れてくる必要があったのか。部下との連携を取るため? いくつものパターンを考えて作戦は伝えてあると言っていたのに? こういう状況に陥る可能性があったのを予測していたのなら、部下との伝達方法だって確保していると考えるのが普通なわけで。


「ねぇ、キース」

「……なんだ」

「昨日もキースに訊いたわよね。今の私達に必要な話なのかって」


 呪いについて追求されそうになった時に。でもキースは必要がないと否定したのだ。じゃあ、なぜ今話すのか。


「もう一度訊くわよ、キース。その表向きではない事情を聞く必要が私にあるの?」


 キースのその沈黙が答えだった。頭の中で合点がいった。


「あぁ……、なるほど。ここに特例親善大使が襲われた事に関係がある何かがあるのですね」


 だから私をここに連れてくる必要があったのだ。ガスパール達がいる時に呪いについて話をしなかったのも国が関わっているから。私がリオ達との関係をキースの前に打ち明けられなかったように、だ。そして、恐らくこの表向きのお話も国が介入して広めたものなのだろう。


「……ここにマーシャリィ・グレイシス嬢をお連れするように仰ったのは女王陛下だ」

 

 うんざりする。本当にうんざりする。何にって、いつまでも私をマーシャリィ・グレイシスだと認めないキースに、だ。

 呆れ半分腹立たしさ半分でキースを睨め付けていると、


「よくそこまで頭が回りますねぇ」


 と、空気を読まないクライブ様が笑った。いや、これは敢えて空気を読まなかったに違いない。キースに苛立ちを覚えた私に向かって両目ウインクするクライブ様に、思わず気が抜ける。感謝はするが、そのお間抜けウインクは練習したほうが良いと思う。


 私は気を取り直し、


「そうしなければ生きていけない王宮(場所)で過ごしてきましたから」


 事実、裏の裏を読まなければとっくの昔に私は死んでいる。そんなことをしないで単純に無邪気に生きていけるなら、きっとそれは幸せ。だけどそんな生き方をする選択を私はしてこなかったし、これからもするつもりもない。マイラ様と共に生きていくには必要不可欠だから、だ。


「まぁ、いいですわ。それではその裏事情とやらを私に(・・)話して貰いましょうか」


 さぁさぁさぁ、とせっつく。私を本物と認めないくせに、ここに連れてきたのだから勿体ぶらずに話しましょうね。


「なんでそんなに簡単に受け入れることが出来るんだ。もっと悩むとかしろよ」


 それなのに、キースは私にそんなことを言ってくる。


「他に何を言えばいいのよ。今、この現状で私が何を言っても無駄でしょう?」


 思わず口調が乱れる。どうせ何を言ってもこの状況は変わらないし、女王陛下が何を考えてこの廃村に私を連れてくるように命令したのなんて、それこそ話を聞かなければ分からない。それに、だ。


「あの方が私を巻き込む為にくそ面倒な方法をとるのは今日に始まった話ではないわ」


 おっと失礼。『くそ』だなんて淑女が使う言葉ではなかったですわね、おほほ。けれどね、今現在の話だけではなく、十年前も私の意思など関係なく巻き込んでくれたことのある前科があるのよ、クワンダ国女王陛下は。だからこういうのは抵抗した所で無駄なのだ。むしろ自分から飛び込んだ方が良い結果を招くことを私は過去に学んでいる。


「それに、ここに居る時点で私はもう当事者だわ」


 既に特例親善大使として留学生をクワンダへ送るだけが役目ではなくなっている。当初、目的であった式典に間に合うように王宮入りするのは当然のこと。でもクワンダ国女王陛下が私をここに連れてくるようにキースに命令を下したと言うことは、求められているのはきっとそれ以上の何かだ。そしてその何かには『呪い』とやらが関係している。


「だが……っ」

「だがもクソもないわ。何をそんなに躊躇っているの」


 クワンダ国内部で何かしらの問題が起こっているのは明白。それは同盟関係におけるグラン国にも及ぶ事柄なのだろう。


「キースが信じようが信じまいが、私はグラン国親善大使であり、グラン国王妃マイラ様筆頭侍女マーシャリィ・グレイシスなのよ!」


 何が起ころうが、グラン国の為、延いてはグラン国王妃マイラ様が為に全力で対応する。


「ぐだぐだしている暇はないわ。さっさと吐きなさい‼」


 勢いのままガンとカップを机に叩き付ける。吃驚したような眼差しが四つほど飛んできたが知ったことではない。それくらいウダウダとしているキースに苛立っているのだ。


「…………俺達が泊まった隠れ家があったろう?」


 やっと観念したのだろう、キースが重い口を開いた。


「えぇ。あの小さな家ね」


 ここから徒歩で約半日ほどの所にある、寝室が一つしかない隠れ家。


「あの家を知っているのは女王陛下に近しい人間だけだ」

「へぇ」


 それで? と私は促す。


「……あの隠れ家で一人の男が亡くなった」

「まさか狂い死んだとでも?」


 話の流れ的に察してしまった私の疑いを多分に含んだ問いにキースは頷く。


「男の名はアッシュ」

「………………何ですって…?」


 その名に覚えがあった。


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