第４２話

「……こういう考えを持つ私を冷たいと仰っても構いませんわよ」

　あまりの何とも言えない空気に私は自嘲気味に笑う。もしくは絶望を知らないお嬢様だと嘲笑してくれても良いですよ。今回ばかりは怒らないであげます。キースじゃないけれど、私だって自分に可愛気がないと思うしね。取り繕って可哀そうだと同情をする振りならいくらでも出来るけれど、それをここでする必要性はどこにもないし。そんなものは心の清い聖女のような女性に求めて欲しい。

「冷たいだなんてとんでもない。貴女様は素晴らしい考えを持つ強い女性だと私は思いましたよ」

　翁はそう笑った。

「褒め言葉と受け取っておきますわ」

　だから私も微笑んだ。強いというより生き汚いだけなんだけど、とは思っても口には出しませんとも。だって褒め言葉だからね。

「俺も格好いいと思います！」

「うふふ、そう言って頂けるととても嬉しいですわ」

　翁もクライブ様も優しい。女性に対して『強い』や『格好いい』なんて普通は使わない。そんな女性は敬遠されがちなのに、嘲笑されるなら未だしも、まさか賞賛されるとは思わなかった。

「……お前は『呪い』の存在を信じないのか？」

　本当に？　と念を押すようにして訊いてきたキースに私は大きく頷く。

「信じるも何も、ありませんよ『呪い』なんて」

　そんな物があったら既に私はこの世にいない。悲しいかな、妬み嫉み恨みは買いまくってますからね！

「現実に不審死、それも狂死があったとしたら？」

　キースの声音はかすかに震えていた。それは怯えだろうか、もしくは何かを期待しているのか。私にはそう感じ取れた。

「そうですわね……。恐らく集団ヒステリーが発生したのではないでしょうか」

　その期待が何なのかは知らないけれど、私はあくまでも自分が導き出した答えを口にするだけだ。

「集団ヒステリー……、とは何です？」

　聞きなれない言葉だったのか、クライブ様が片手を上げて訊いてきた。

「私が読んだ文献には、同一空間上の集団の中で強い不安や恐怖などのストレスに晒されることによってパニックや妄想を引き起こし多数に連鎖する現象、と書いてありましたわね」

「？」

　無言で首を傾げるクライブ様に苦笑。確かに言葉だけでは分かりにくいけれども、本当にこの人成人男性なのかと疑問が湧く。何か垂れ耳と大きな尻尾が見えるもの。

「まず廃村含め近隣の村一帯を一個の集団と捉えて考えてみてちょうだい」

「はい」

　佇まいを正したクライブ様。まるで私が教師でクライブ様が生徒のようである。

「災害によって一つの村が廃村に追い込まれた。ただそれだけの事でも近隣の村は不安を抱くでしょう。次は我が身かもしれない、とね」

　これが一番最初のストレス源。

「更にその廃村からは奇妙な叫び声が聞こえ始めた、なんて噂が聞こえてきたら嫌ではないですか？」

「確かに気味が悪いですよね。風鳴りだって理解しちゃえばどうってことないし、すぐ慣れちゃいますけど」

　あはは、とあっけらかんと笑うクライブと、その隣で、すぐには慣れねぇよ、と小さく呟くキースに苦笑。案外繊細なキースに突っ込みたい気持ちはあれど、今はその話ではない。風鳴りが二つ目のストレス源という話である。

「それでは、悲鳴の聞こえる廃村って聞いてクライブ様だったら何が浮かぶかしら？」

「これ、ですかねぇ」

　クライブは両肘を曲げ手の甲を向けて、だらーんと下げた俗にいう『幽霊のポーズ』を見せる。なぜにそんなに嬉しそうなのかは疑問だが突っ込んでなんてあげません。

「クライブ様のように、そう思った人は多いでしょうね。でも実際に見た人なんていると思いますか？」

「まさか。大体は見間違いですよ」

　そうそう。私だって生まれて此の方、幽霊亡霊怨霊に加え悪魔も妖精類いである摩訶不思議な存在に出会ったことはない。精霊女王のようなマイラ様ならいるけどね！

「ですが、見間違いでも幽霊かもしれないという不安を煽るのには十分でしょう。想像力っていうのは豊かですからね、いくらだってあり得ないものを生み出せてしまいますわ。しかも駄目押しのような不審死の発覚。まるで誰かが仕組んだみたいだと思いません？　ましてや恐怖に顔を歪ませたままの姿っていうおまけ付きなんて」

私からしたら死に至った何かしらが彼らの身に起きたのだから、恐怖に顔を歪ませたまま、というのは当然の話だと思う。その何かしらだって、いくらだって考えつくことができる。

迷い込んだだけの旅人だったら、食料が尽き飢えに苦しんだのかもしれない。罪人だったら追われる恐怖に負けて自死を選んだのかもしれない。山賊や野生の獣に襲われたという可能性だって十分にある。けれどそれが既に二つのストレス源に晒されて悪い方へ考えが向かっていたらどうだろう。

「不安に晒された人々は自分が思い描く最悪の展開を想像したでしょうね」

これが三つめのストレス源となったのは想像するに容易い。一つ一つと解き明かしてしまえば恐れることなんて何一つないのに、三つの不安要素が重なったせいで不安や恐怖心を煽り高める結果になったのだ。

「つまり、事実がどうであれ、尾ひれはひれがついた状態でこの三つのストレス源が噂として広がり、周辺の住人という集団内で強い不安や恐怖にパニックや妄想、または異常な興奮状態になり正常な思考能力が低下してしまった」

　すると何が人々にどういった変化が訪れるか。

「心の余裕はなくなり、いつもとは違う行動をとる人だっているでしょう。例えば、不安や恐怖をかき消すためにお酒に溺れたり、普段怒らない人がイライラして怒鳴り散らしたあげく喧嘩に勃発したり。中には面白がって度胸試しで廃村に向かう若者だっていたかもしれません」

「はぁ……、まぁあり得ない話ではないですが……？」

　この話の着地点がクライブ様には理解ができないようだ。首を傾げ、必死に噛み砕こうと努力しているのが見ていて分かる。リアクションが大きいからね。

「思考能力が低下している状態で、普段と違う行動言動をとると高確率で何が起こると思いますか」

「……誘発的な事故や予期せぬトラブル、か」

　そう答えたのはキースだ。

「そう。不安を紛らわせるために呑んだお酒で前後不覚になった人が川で溺れるかもしれない。面白半分で廃村に向かった若者が足を踏み外して川か崖下に転落してしまうかもしれない。ちょっとした喧嘩が暴力に発展して、もしかしたらその喧嘩が理由での殺人事件なんて起きてしまうかもしれない」

　大袈裟と思うのは簡単だ。けれど実際にパニックや妄想などの精神異常状態に陥ってしまうと、これらが起きる可能性は非常に高くなるのだ。

「その誘発的な事故やトラブルがまた不安や恐怖を増幅させ、疑心暗鬼が疑心暗鬼を呼び、更に悪い連鎖が周囲に広がっていく」

　文献を読んだだけだから、全てを理解しているとは言えないが大きくは間違ってはいないと思う。

「なんとなく分かったような、分からないような……」

　クライブは頭を捻っているものの、

「つまり、その悪い連鎖とやらが『呪い』の正体ってことですか？」

　と、確信に近い答えを出してきた。

「恐らく、ね」

　これはあくまでも私の考えで、だ。あえて言うのなら、これが人為的なものなのか自然的なものなのかで、『呪いの正体』が変わってくるけれど。