第41話
「え?」
こちらにゆっくりと向かってくる翁と呼ばれた老人はどう見ても騎士という風体ではない。それは年齢でそう思ったのではない。稼働している村ならば村人だと思う所だがここは廃村だ。草臥れた服装をしているものの、どこか気品を漂わせているよう思えたからだ。
「キース・・・」
これはどういうこと? とキースを見上げた。
だがそこに居たのは、さっきまでのショックに打ちひしがれていた彼ではない誰か。いやそれは語弊だろう。突然キースではない別人と入れ替わったというような非現実的なことが起きたわけではない。目に映るキースは変わらずキースであって、でも翁と呼ばれた老人を見る彼の表情がこの数日間見てきた彼のものでは無い。
「お久しぶりです、翁」
キースは笑った。瞳を細め口元は柔らかく笑みを浮かべ、何よりも郷愁を感じさせる眼差しに、誰よ、これ、と正直思ってしまった。
「ほっほ。本当に懐かしい、何年ぶりですかの」
「……十年…、十年ですよ、翁」
「もうそんなになりましたか。時の流れは早いものですな、随分と男前になられた」
キースの目の前まで来た老人が、そっと彼の頬に掛かっていた髪を優しい手つきで払う。
「でも、泣き虫なのは昔とお変わりありませんな、ほっほ」
そう笑う老人と、その老人の行動を受け入れているキースの姿に切なさが襲う。
「な、泣いてなんかいません!」
「えぇ、えぇ。そうでしょうとも」
ほっほっほ、と老人は笑った。そして温和な笑みを携えたまま私を見やった。
「お疲れでしょうから、詳しい話は落ち着いてからにしましょう、ね?」
さぁ、と促されるまま私は歩き出した。それは私だけではなくキースとクライブ様もだ。穏やかに誘うように、それはまるで魔法のように感じた。
キースなんか、まるでカルガモの親子みたい。その後ろから微笑ましそうに眺めながら付いていくクライブ様と、私は不思議な心地良さのままクライブ様の隣を案内されるまま歩く。この状況について行けていないのに不思議な雰囲気に流されて言葉が出ない。
「不思議な方でしょう?」
そんな私にクライブ様がしたり顔で言った。
「大丈夫ですよ。翁が落ち着いてからって言ったでしょう? ご令嬢のお尋ねになりたいこともあの方はきちんと把握されています」
「それは……」
唇に人差し指を指して止められた台詞。クライブ様の視線に促され、村の入り口に顔を向けると、老人が立ち止まりこちらを待っているのが分かった。
「……え」
待っているのではない。迎えているのだと気付いたのは、老人が左手を腹部に右手を後ろにして礼を取っていたから。
「貴女様のご来訪を心よりお待ちしておりました。ようこそ、呪われた廃村へ」
質素な服に身を包んだ老人は、まるでここが煌びやかなお屋敷かと錯覚させるような、それはそれは美しいお辞儀を私に向けて披露したのだ。
あぁ、やっぱり一般人ではないな、と私はひっそり納得した。
それから老人もとい翁に案内され村へ招き入れられた私は、まず一番に目に入ってきた光景に驚いた。自分達以外の人気はなく、廃村というのは間違いない。けれど『村』というには些か趣きがおかしいのだ。経年劣化はあるものの、立派な建造物、広く取られた通り、整えて植えられていただろう街路樹ら。寂れているが発展という規模でいうのであれば、この村が数十年前のものだとしても、町レベルといっても差し支えないだろう痕跡があちこちに残っていたのだ。不思議に思っていた村を囲う立派な塀も、ここまで発展してる形跡があるのを見れば納得である。
「今はこんな寂れた村ですがね、この村はクワンダ国屈指の保養地だったのですよ」
キョロキョロと村の様子を見回していた私に翁がそう教えてくれた。
廃村になったきっかけは季節外れの嵐がこの村を襲った事だったと、そう翁は言葉を続けた。
幸いに村の住人や建造物などに大きな被害はなかったが、嵐によって起きた崖崩れにより地形が変わり、観光名所だった滝が枯れ、どこからともなく悲鳴に似た風鳴りが村中に響き渡るようになった。保養地を利用していた貴族や商人は風鳴りに怯え気味悪がるように去っていき、もう二度と足を踏み入れることがなかったというのだから、村は相当な大打撃を受けただろう。なんとか復興を目指したものの、自然の力に人は勝てない。いつまでたっても水は湧かず、風鳴りも日に日に酷くなっていくばかり。焦燥していく村人たちは、一人また一人と村を離れていき、残されたのは他に身寄りがない老人や孤児。力も財力も、また何とかしようという気概もない者たちだけ残された村に未来はなく、その後、村はひっそりと朽ちていったということらしい。
「まぁ、そうなのですね」
その話が終わる頃、私達は招かれた小さな屋敷で翁が淹れてくれたお茶を頂いていた。とっても美味しい。
「他に思うことはないのか?」
ふんふん、と頷きながら聞いていた私の感想は、ここまでならよくある話とまではいかなくとも無い話ではない、である。
「逆に訊くけど、何を思えば正解なのです?」
「…………俺にはお前という女がよく分からない」
「私もキースが何を言いたいのか分かりませんわ」
というか、私に何を求めていてのその発言なのか、理解に苦しむ。
実際、私が幼いころにグレイシス家が治める領地も似たようなことがあり危機に陥ったことがある。幸い自領で立て直すことが出来たが、この村はそうはいかなかったという結果であって、他に何を言えと。
「それに、まだ話は終わってないでしょう?」
廃村になった理由は分かった。けれど意味深に『呪い』の廃村と強調したからには、話の続きがあって当然だ。まさかここで終わりなんて言わないでしょう。
すると翁はずっと貼り付けてた笑みを更に深め、まるでおとぎ話をするように、かつて栄えていた保養地が後に呪いの廃村と呼ばれるようになった経緯を話し出した。




