第40話
「キース先輩のことだから、きっと情熱的な求愛だったと思っているのですが実際どうでした?」
そんなワクワクした眼差し貰っても、なんて答えようか、ううん。
「おい、クライブ!」
「分かってますって。キース先輩の求愛の言葉は令嬢だけのものだって言うんでしょ。でもちょっとくらい良いじゃないですか!」
「違う!」
「えぇ、じゃあアレですかね。出会った瞬間通じ合っちゃったー!とかですか?」
キャー、運命的ぃ!ってどこから出したのかと思うくらい甲高い声で興奮しているクライブ様に、もう私は唖然。大きい体をクネクネさせて、まるでどこぞの乙女のようだ。
「だーかーら、違うって言ってるだろうが!」
キースが思いっきりクライブ様の頭をパシーンと打ち叩く。もうそこからはキースとクライブ様の口喧嘩勃発である。
「ちょ、何するんです! 痛いじゃないですか!」
「痛くしたんだ、馬鹿!」
「馬鹿って、馬鹿って人に言っちゃダメなんですよ!」
「お前が馬鹿なことするからだ、恥ずかしい!」
「馬鹿だけじゃ飽き足らず、恥ずかしいって酷くないですか⁉」
「酷くない! 例え酷いことだったとしてもそれを言わせているのはお前だ!」
「何でですか! 自分は単純に先輩の口説き文句を参考に嫁さんを口説きたかっただけなのに!」
ほほう、既婚者ですか。ご結婚されていても未だ奥様を口説くなんて新婚なのかしら?
「嫁さんって、馬鹿か! そんなもの自分で考えろ! その頭には脳みそが詰まってないのか⁉」
「ぎっちぎちにちゃんと詰まってますけどね! それが簡単に出来たら先輩なんか参考にしないんですよ!」
「なんかっておま…っ、お前の方こそ結構酷いこと言っている自覚あるか⁉」
「当たり前で、す……って、あれ?」
クイッと頭を傾げるクライブ様。蚊帳の外にすっかりおかれている私はすっかり鑑賞モードだ。結構楽しい。
「こんな風に先輩がむきになるなんて……、もしかして……っ!」
「何だよ……」
「キース先輩に限ってまだ口説き文句一つ口にしてないなんて、まさか言いませんよね?」
はい、大正解。口説き文句一つ貰っていませんとも。
「ぐぅ……っ」
「ちょ、先輩何やっているんですか! 馬鹿なんですか⁉」
「人に馬鹿って言っちゃダメなんじゃなかったのかよ……」
「そんなことはどうだって良いんですよ。話をすり替えないで下さい!」
「……すり替えてないだろうが」
「いえいえ、すり替えてますって。今、先輩は好機なんですよ!」
「………えぇ?…」
「あんなに暑苦しくマーシャリィ・グレイシス嬢の愛を語っていたじゃないですか。今、口説き落とさないで、いつ口説き落とすんです⁉」
あ、だよねぇ。あのマーシャリィ・グレイシスに対しての口上って暑苦しいよねぇ。
「……そう言われても、こっちには事情があるんだよ」
「事情? そんなものでご令嬢の愛を手放すつもりですか? キース先輩のマーシャリィ・グレイシス嬢への気持ちって、そんなに軽いものだったですか!」
うわぁ、見損ないました! とクライブ様は盛大に顔をしかめた。
「そうじゃない。そうじゃないんだが……」
言葉に詰まるよね。キースの気持ちはよく分かる。だってここにいる私はキースのマーシャリィ・グレイシスじゃないもの。チラリと視線を向けられても、助け船なんか出してあげませんよ。
「いいですか、先輩。ご令嬢が崖から転落した時、先輩は躊躇せず飛び降りましたよね!」
「お、おう。そうだな」
「普通、あんな危機的状況に颯爽と助けてくれた騎士に恋に落ちない令嬢なんていませんよ!」
ごめんなさい、ここに居るわ。崖から落ちはしたけれど恋には落ちていません。
「その無駄に整った顔を利用しないでどうするんですか!」
ぷぷぷ、やっぱり無駄にって。やっぱりそう思っているの私だけじゃなかった。
「吊り橋効果ですよ、吊り橋! それに全力で乗るんです!」
「それは…、ちょっと卑怯じゃないか? 騎士ならもっと真摯にだな。いや、そう言うことじゃなくてだ」
「愛する者の心を得る為の闘いに卑怯も高潔もありません!」
「いや、だからな?」
「四の五の言わない! 今、この好機にしっかりガッチリご令嬢の心を掴み取らないと、いつどこでどこかのクソ野郎にかっ攫われる分かったもんじゃないんですからね‼ いざその時になって後悔したって、自分は絶対に慰めてなんかあげませんからねーーっ!」
ムキーッ!と鼻息荒いクライブ様の怒涛の口撃にキース撃沈。この口喧嘩、クライブ様の勝利である。でもなんでだろうね。まだ物足りない私の悪戯心がむくむくと動き出してしまったのだ。
「まぁまぁ、クライブ様。少し落ち着いて下さいな」
「……ご令嬢」
「愛の告白でしたら、ちゃんと聞かせて頂きましたわ」
愛の告白を『受けた』ではなく『聞いた』が重要。ガスパール達と再会する直前まで、存在しないマーシャリィ・グレイシスへの愛を切々と聞いたのは事実だからね。だから受けてはいない。
「おぉ♪」
「それはもう情熱的で熱い想いを打ち明けられましたわ、おほほ」
「おい!」
何言ってんだ⁉ と私に対して声を荒げるキースに、淑女モードの私は笑み一つ。
「あら、運命だって仰ったではないですか。あの時のお言葉は嘘だったんですか?」
「ぐ…っ。う、嘘じゃないが…それは!」
はいはい、きちんと分かっていますよ。それが私に対してではないということは。でもどうせ言えない。ここで私が偽者だと言えれば楽なのに、それでも言わないのは彼なりに約束を守ろうとしているのだろうとは思う。けれど口にしていないからと言って態度でそれを出していたら意味がないのだ。これもずっと私を偽者扱いした報いだと思って、素直に受け止めて反省の一つでもすればいいのだ。いい気味ですこと、おほほほ。
「なんだぁ。もう先輩、ちゃんと言ってくれないから早とちりしちゃったじゃないですか!」
プンプンと頬を膨らませる成年男子。普通なら滑稽なはずなのに、なかなかどうして可愛いではないの。
「ではご令嬢! そのお返事は如何ほどに?」
如何ほどにってお金じゃないんだから、と思ったものの、キースの苦虫を嚙み潰したような顔に更に悪戯心がムクムクムク。
「まぁ、お知りになりたいの?」
表面では恥じらいつつも、心の中ではニヤリ。
「今後の参考に是非!」
「おい、変なこと言うな、止めろ!」
それはあれですね。言えっていう振りですよね。大丈夫ですよー。期待には応えてあげますとも。
「私のお返事は……ふふ」
頬を押さえて、モジモジと恥じらい乙女を演出。私らしくないけれど中々の好演ではないですかね、と自画自賛。
「おい、ふざけるのも良い加減にしろ!」
「痛ぁ!」
パシンと後頭部に軽い衝撃。騎士とあろうものが淑女の後頭部を軽くといえども叩くってどうなの、それ!
「まぁ、なんて酷い。具合の悪い私に対して強烈な愛を熱弁しておいて、こういうこと普通します?」
傷つきましたわぁ、およよ。なーんて、傷付いてなんかいません。クライブ様が「具合の悪い女性に愛をささやく……」とフムフムしているけれど、参考にしちゃ駄目ですよ。
「クライブ様もそうお思いになるでしょう?」
「そうですね! 愛する女性には優しくしてあげるべきだって、いつも先輩が言ってることじゃないですか! 見本を見せてくださいよ、み・ほ・ん!」
「ば、だから、それは…っ!」
ぷぷぷ、顔が地団太踏んでる、踏んでるぅ。本気で愉快!
「~~~~~っ‼‼ お前ら、いい加減にしろ! こんなことをしている場合じゃないだろうがぁ‼」
ドッカーン!と、とうとう噴火したキースの一喝に思わず閉口。それはクライブ様も同じだったようで、彼の背筋がキースの一喝と共にピーンと伸びた。
「いいか、お前ら! 今どんな状況なのかしっかりとその空っぽの脳みそを動かせて思い出せ!」
「あら嫌だ。失礼ね」
ちゃんと分かっていますよ、今の状況くらい。クライブ様ではないけれど、きちんと脳みそはぎっちぎちに詰まってますから。でもとっても面白かったのだもの。鬱屈した気持ちを少しでも晴らしたいというのは、人として当たり前のことでしょう?
「頼むから、もう少し危機感を持ってくれ……」
片手で顔面を覆い隠し、脱力したように大きくため息を吐きながらキースは言った。そこまでならなくても、とは思ったものの、
「……まぁ、そうですわね」
「ですね……」
私もクライブ様も、調子に乗ったのは否めない。
「でも、せっかくですから、一つだけ言わせていただけます?」
クライブ様も今後の参考とやらにしたいみたいですし、キースからマーシャリィ・グレイシスへの想いを聞いてから、ずっと心に抱えていたことがあったのだ。あの時は体調のせいで突っ込む気すらなかったけれども、せっかくだから言わせてもらいたい。
「……………………………言ってみろ」
渋々、本当に渋々だけれども了解は得られましたし、では遠慮なく。
「あのですね、長い長い片思いをされていたのは結構ですし、それだけ一途なのも決して悪いとは思いませんわ」
だが、である。
「まだ娶ってもいない、ましてや想いが通じ合ってもいない女性に対して『嫁』と言うのは止めた方が宜しいかと……。正直、重すぎて引いちゃいますわよ」
百年の恋も冷めるレベルで、間違いなく確実に。
「まさか『俺様からの求愛に喜ばない女性なんているはずがない!』なんて阿呆なことを思っているのでしたら、即刻改めるべきですわよ」
どんなに美形だろうが好きでもない男性から言い寄られても嬉しくも何ともない。ましてやキースのような無駄に自信過剰なタイプは強く物申したい。良い迷惑ですよ、と。
「「ぅ……っ!」」
小さく呻くキースに、やっぱりそんな阿呆なことを考えていたのか、と呆れ返る。あんなに熱弁していたくせにキースの頭の中の私は随分と軽薄である。に、してもだ。なぜクライブ様も一緒になってダメージを受けているのかな?
「ま、まぁいい。今はそれどころじゃないからな……」
そう言いつつ、胸を押さえているキース。一刀両断のダメージが思ったより重症っぽい。
「そうですね……っ」
フルフルと小刻みに震えているクライブ様なんか瀕死である。いや、だからなぜクライブ様も一緒になって巻き添えを食らっているのよ。
「あ、まさかクライブ様、さっき仰っていた『嫁さん』て言うのは……」
恐る恐る窺う私から視線を逸らすクライブ様に確信した。この人もキースの同類だと。
「…………えー……」
ドン引きである。かなりドン引きである。
「いや、勘違いしないで下さいね。キース先輩の長い片想いと違って自分と彼女は相思相愛です!」
「……勘違いではなくて?」
「正真正銘、両思いです‼」
「本当に?」
「本当の本当です!」
「…………でも、結婚の約束をしているわけではないのね?」
だってお相手の呼び名が『婚約者』ではなく『彼女』だったもの。近衛騎士なればクライブ様の生まれは貴族でしょうし、両想いと断言できるお相手なら婚約していないのはおかしい。平民と違って『お付き合い』というものは貴族社会にはないのだから。
「……だから、参考にしたいって言っているんじゃないですか。自分だって彼女と結婚したいですよ!」
「あー……」
つまり求婚を断られているパターンだと推測。もしくはお相手が平民の女性とか。それは確かに結婚したいくらいに好きならば、悩んでしまう事柄ではある。
「なら余計に『嫁さん』呼びはお勧めしませんわ」
両想いであろうと何だろうと、だ。
私なら、理由が何であれ婚姻相手でない人に『嫁』扱いされたら嫌だ。もしそれが本当に好きな相手であっても、自分の気持ちを蔑ろにされている気がするもの。
「自分は彼女以外の人と添い遂げるつもりはないという意思表示のつもりだったんですけど、嫌がられてしまっていたのでしょうか」
しおしおと大きい体を萎ませるクライブ様の肩をポンポンと慰めるように叩く。
「私は彼女ではないので正解は答えられませんけれど、誰かの真似をするより、ご自分に合った貴方自身のお言葉でお伝えになった方が彼女に気持ちが伝わると思いますわよ」
誰かの真似をしたって陳腐に映るだけだ。ましてやキースを参考にしては絶対に駄目だと思う。何よりクライブ様には似合わない。
「そうですね…、うん、確かにご令嬢の仰る通りです」
少しは元気が出たかな? 元気出してくれないと、余計な責任感じちゃうでしょ、私が。
「ありがとうございます! ご令嬢のおかげで自分が何をやるべきなのか分かった気がします‼」
「それは良うございましたわ」
「はい!」
「いや、だから、お前ら時と場合を考えろと言っているだろうが……」
ガックシと肩を下げているキースを余所に、クライブ様とニコニコと頷き合っていると、村から誰かがこちらに向かってくるのに気が付いた。それはクライブ様も同時で、
「あ、翁!」
クライブ殿はそう言って、こちらに向かってくる老人に手を振った。




