第39話
次の早朝、決まった役割を果たす為に私とキースはガスパールを残し、予定通り廃村へ向かった。ガスパールを連れていかなかったのは、キースの把握していない間者がいないとは限らないから。念には念を入れてガスパールの存在を隠すと話し合いで決まった。
そして念を入れたのはもう一つ。
リオに対してガスパールの仲間の一人を連れて行って貰うことにしたのだ。それを提案したのは、すまんかった、と私に頭を下げたガスパールである。
まぁね、あの時に詳細を話さなかったのは私だし、彼らの存在は味方でいれば都合が良いと一時的に信用すると決めたのも私なのだから、ガスパールが謝ることではない。だが頭ではそう思っていても、気持ち的にどうしてもモヤモヤして、ついつい八つ当たりで後頭部をペシンと叩く。
そんな私とガスパールのやりとりに、何が何だか分からない、という顔をしていたキースはスルーである。だって彼にそれこそ話せない内容だもの。
もう一人の要注意人物のヤンスといえば、昨夜私達が寝静まった頃に出立してしまっていたのだ。働き者というか抜け目がないというか変に感心してしまったし、またヤンスらしい、とも思った。そんな思う程ヤンスのことを知ってる訳でもないのに、ね。
「おい、体調はどうだ?」
山道を案内に従い進んでいると、キースがそう声をかけてきた。
「それを訊くのは何回目よ。もう熱も下がったし、昨日に比べたら身体は軽いって何度も言っているじゃないの」
はぁ、と深いため息をつきながら私は答えた。
早朝に休憩所を出立してから現在は昼を過ぎ、もう数刻もすれば日が落ち始める時間だ。その間、何度も何度も確認してくるキースにうんざりするのを隠しきれない。
熱を出して心配をかけたのは申し訳ないと思うし、気にかけてくれているのは有り難い。けれど、昨夜たっぷりと汗を掻いたのが良かったのだろう。頭もすっきり身体もすっきりだと何度も訴えているのに、いい加減にして欲しい。
「………ふぅん」
「なによ」
何か言いたげな含みを持たせたキースの相槌に、私は片眉を上げる。言いたいことがあるんだったら男らしくはっきりと言えば良いのに、無駄に腹が立つ。
「別に? まぁ、具合が悪くなったらすぐに言えよ。もう急に倒れるのは勘弁してくれ」
「はいはい。分かりましたよ! もう、そんなに心配しなくても大丈夫なのに」
キースが二回も倒れたということを随分と気にしているのは分かっているけれど、その理由が純粋に私の身体を心配しているのではないのは察していた。呪いがうんたらかんたら言っていたから、多分それが関係しているのだろう。けれど呪いなんてあるわけがないのだ。いい大人がそんな非現実的なものを、と呆れてしまう。
「ねぇ、あと村までどれくらいで着きそう?」
「もうそろそろだな」
女性の足の速度で休憩所から一日とかからず辿り着くとは思ったより近い。馬があれば半日もかからない距離だ。頭の中でクワンダ国の地図を思い描き、この廃村の位置はここくらいだろうかと見当を付ける。
「ほら、見えてきたぞ」
そう言って指差された先には村を囲う塀が見えた。
「塀……?」
村なのに?という疑問が湧く。それなりの高さで作られた立派な塀は、些か分不相応のように思える。
不思議に思っていると、村の方向からキースが着ていた同じ女王直属の証である紅蓮の隊服を身につけた男性がこちらに走ってくるのが分かった。
「キース先輩!」
安心したような、でもどこか信じられないと言ったような顔をしている男性の目にはうっすらと涙を浮かべている。
「良かった、ご無事で……っ」
「フッ、俺様ぐらいになると崖にダイブしたくらいでどうかなるわけがないだろうが」
普通は崖から落下したら命に関わる大事です。部下の心配も当然だと思う。例え無事だったとしても追っ手がある中、足手まといだろう私と二人でここまで無事にたどり着くというのも中々の困難でしょうに。
「そうではないですよ。自分だって先輩があれ如きで死ぬなんて思っていませんって!」
「いや、普通死んでもおかしくないから!………って、あら?」
思わず突っ込んでしまってから、ふと疑問が湧いた。
「……んーっと……、もしかして暴走した馬車を誘導しちゃってたりするのかしら?」
キースだけならまだしも部下であろう彼が自信を持ってそう言えるのは、もしかしたら私の落ちた崖は比較的命の助かりやすい場所だったのではないだろうか、と思ったのだ。そして暴走する馬車を追いかけてきたキース達が最悪を考えて誘導していたとしたら、なんの躊躇もなく私を助けに飛び降りたのも納得出来る。いくら何でも命綱もないのに、一緒に落下して命を無駄にするとは思えないし。
「ふふん、当然だろう?」
あの切迫した局面でこれだけのことが成せるというのは素直に感嘆するが、その無駄に顔の整ったどや顔はいらない。こういう所が素直にキースに感謝できない原因の一つである。
「さすが才女と名高いマーシャリィ・グレイシス嬢ですね!」
わぁ、凄い! と声をあげたキースの部下。それも拍手付きである。にっこにこと満面の笑みでこちらをキラキラとした眼差しで見つめられて思わずまごついてしまう。
「えっと……、貴方は?」
初対面の方に、そんな眼差しを受ける覚えは一切無い。
「これは失礼しました。自分の名はクライブ・マーフィー。キース先輩の後輩に当たりますので、どうぞお気軽にクライブと呼んで下さい」
そうすると僕が喜びます!とウインクが飛んできた。いや、ウインクもどきである。辛うじてウインクだとは認識できたけど両目は閉じていたし、頬の力で無理矢理に瞼を閉じようとしているから、顔面が面白いことになっていたのだ。
「……何をやっているんだ、お前は…」
キースの呆れ声も納得だ。
「キース先輩を参考にしてみました! どうでした?」
ワクワクと期待を込めた眼差しを向けられて言葉に詰まる。さすがに、全く以てダメダメでした、残念失格‼ とは初対面の相手には言えない。
「まぁ、とても面白い方ですわね」
ふふふ、と嫋やかに微笑んで明確な返答をはぐらかす。私の中でスイッチが切り替わり淑女モードが発動である。キースがギョッと目を剥いたのが視界に入ったが、馬鹿者、これが私の通常だ。
「先輩がついているので大丈夫だとは思っていましたが、道中大変な思いされたでしょう? 本当にご無事で良かったです」
「ありがとうございます。えぇ、仰る通り本当にキース殿のおかげですわ。命を助けて頂いたばかりか、こうやって足手まといの私を見捨てもしないでいてくれたのですもの。感謝しきれません」
追いかけられたり、剣突き付けられたり、取っ組み合いの喧嘩とかしたりしましたけれどね。キースのお陰様なのは間違いないのだから、嘘ではありませんとも。これを人は方便とも言う。
「そうご令嬢に言って貰えるなんて騎士冥利に尽きますね! ね、キース先輩!」
「………………まぁな」
じとーっとした視線を投げてくるキースを軽やかな笑みで完全無視です。
「んん? どうしたんですか、先輩。憧れのマーシャリィ・グレイシス嬢ですよ??」
「まぁ、憧れ、ですか?」
ふふふ、残念ながら私のはキースの中のマーシャリィ・グレイシスではなかったようですよー、うふふふ。でも私には何を言っているのか知らない振りをさせて頂きます。だって私をマーシャリィ・グレイシスとして行動するって約束したくせに、何度も何度も裏切ってくれましたからね、ふん!
「あ、もしかしてこれ言っちゃいけない奴でした?」
「……べ、別にそういう訳じゃない」
プイッと顔を背けるキースに、私も負けじと嫋やかな笑みを浮かべたまま、じとーっと睨め付ける。頑なに顔を背けるキースは、冷や汗を掻くほどでないにせよ一応後ろめたさを感じているようだ。
「あぁ、良かった。てっきりキース先輩の恋路を邪魔しちゃったかと!」
ふぅ、安心した!とクライブ様は大きく息を吐いた。そのリアクションの大きいこと、大きいこと。全身で力一杯に感情表現をしています!と言った体である。声も体も大きいし、近衛騎士らしく顔も整っている。騎士でなくても役者で生きて行けそうだ。
「まぁ、クライブ様は面白い方ですのね、うふふふ」
「いやぁ、それほどでも!」
うふふふ、あははは、と笑い合う私達。この茶番染みたやりとりをしていると王宮を思い出す。一年も二年も離れていた訳でもないのに、こんなにも懐かしい気持ちになるなんて不思議な気分だ。
だが、である。
「で、愛の告白はもう受けましたか?」
と、そんな気分をぶち壊すクライブ殿のとんでも発言に、顎が外れそうになった私を誰が責められるだろう。




