第38話
お待たせしました!
「どっちかつーと、ちとばかし都合が良すぎて気持ち悪ぃよな」
顎をポリポリと掻くガスパールのこの懸念には私も大きく同意である。さすがに私の現状に対してここまで都合が合うというのも釈然としないものを感じる。だが、だからといって今の私達にはこれ以上の選択があるとも思えないのも事実。
「悪い方に考えていても仕方がない」
キースは言った。
「まぁ、そうだよなぁ」
「オイラ、頑張るでやんすよ!」
それに同調するのはガスパールとヤンスだ。
「そうね。でも懸念として頭の片隅には残しておきましょう。今は目的の為に行動することが大事だわ」
もし、この都合の良さに何かが潜んでいるとしても、それに対応できるだけの覚悟と準備をしておけばいい。
「じゃあ、後は俺だな。姫さんは俺に何をして欲しい?」
「……そうね。最初はヤンスにお願いしようと思っていたんだけど、リオにはあいつらの背後に誰がいるのか探って欲しい」
「ほう?」
ニヤニヤと笑い、リオが視線を移したのはガスパールを襲った三人組だ。すっかり昏倒しておりロープで縛られている。
「姫さん。俺にお願いしたいんだったら、それなりの態度ってものがあるだろ?」
「……何が言いたいのよ」
さっきは協力するってその口で言っていたじゃない。
「だーかーら、俺にお強請りしなって言ってんの」
「?」
リオが何を求めているのか分からない。はっきりどうして欲しいのか言えば良いのに、と苛立ちを覚えつつも、彼が何を言っているのかしばらく記憶を辿り、
「……あぁ」
遠い彼方にあったリオとのやりとりを思い出した。
「あんなので良ければいくらでもやってあげるわよ」
それでリオが私の要望に応えてくれるんだったらね。とおもむろにリオの正面に身体を向けた。
私を見下ろすリオを上目遣いで見つめ、両手を組んで首を傾げようとした時、なぜか自分の意思とは裏腹に体が強張ったのが分かった。
「……?」
「どした、姫さん?」
ニヤニヤと催促するリオに、私は小さく頭を振る。
「いいえ、何でも無いわ」
きっと気のせいだろう。熱のせいでどこか調子がでないだけだ。私は気を取り直し、
「リオ、おねがい」
と精一杯可愛い声を出して、リオがご要望の必殺お強請り、もしくはお願いポーズを披露した。マイラ様のような可愛げなんてものはございませんが、お望みの態度ってこれのことでしょう。何か知らないけれど気に入っていたものねぇ。
「…………ふぅん」
おや、また前回と同じように大爆笑をするかと思えば、感心したようにリオは目を細めた。
「無表情は相変わらずだが、目が潤んでるせいか前回より様になっているな」
「あら、そう?」
「おう、頬もほんのり赤くなってるしな。恥じらいに見えて悪くない」
それは間違いなく熱のおかげである。
「満足できて?」
言いながら反対側にコテン。
「「「ぶほっ」」」
堪えきれず吹き出した背後の三人の笑い声なんて聞こえませんとも。だって、リオ曰く様になっているようなのだから良しである。
「くっくっく、いいだろう。姫さんの望みを叶えてやるよ」
当然です。叶えてくれなくては困りますからね。
「ではリオには賊に扮して相手方を探り、更には撹乱もお願いね」
私を笑いものにしたのだから要求を増やされても文句はないでしょう。それにそれくらい貴方の手にかかったら簡単よね、と微笑む。それはどこから来る確証かって、そりゃグラン国近衛騎士に包囲された屋敷から忽然と姿を消すくらいだもの。期待してますわよ、おほほほほ。と内心は高笑いである。
「おうおう、さすが嬢ちゃん。やっぱこうでなきゃなぁ、ぶははは」
どう言う意味だ、ガスパール。さっきまで変に口数が少なかったくせに、誰よりも馬鹿笑いしているのは何なのよ、もぅ。
「なぁ、そう言えば嬢ちゃん。にぃちゃんとは昔からの付き合いなのか?」
「え?」
いきなり脈絡のない質問に、私は不思議に思った。
「なんでそんなこと訊くの?」
純粋な疑問である。
「いや、だってよぉ。さっきも言ったが、人見知りの嬢ちゃんがこんなに素を見せるって、俺ぁ吃驚してなぁ」
「……素?」
「嬢ちゃんとにぃちゃんのやりとりを見てると、なんつーかメアリを思い出すぜ?」
「メアリを?」
なぜにメアリの名がここで出てくるのか、心底不思議。
「礼儀作法に厳しい嬢ちゃんが俺や相棒にも見せない顔してんだ。気になるじゃねぇか」
「今、この場で礼儀作法をとやかく言っても意味が無いでしょ。時と場合に合わせているだけよ」
何がそんなに気になると言うのか、私にはガスパールの頭の中が分からない。
「それに見せたことない顔と言われてもねぇ。そんなの別に意識してやっていることではないわよ」
自分的にはそんなに対応を変えているとは思わないけれども。
「それにしてもだ、いつもの猫はどこに落としてきたんだ?」
「猫って……、もしかして、喧嘩売ってるの?」
猫かぶりって言いたいのよね、それ。悪口だよね、それ。
「待て待て、違うから掴んだ石は捨ててくれ」
「チッ」
思いっきり大きく舌打ちをする。
「女が舌打ちをするな」
「キースは黙らっしゃい」
舌打ちに反応したキースの文句に即座に返す。
「いや、だからそんな所を俺ぁ言ってんだけどなぁ…」
う~ん、と首を傾げて悩む様子まで見せるガスパールに、私の方が吃驚である。
正直なところ、キースの前で否応なしにあらゆる醜態をさらしてしまった現在、今更取り繕うのも阿呆らしいという思いが私の中にいるのは否定しない。あえて言うなれば、彼の頭の中にしかいないマーシャリィ・グレイシスから崩してやりたい。だってキースの中の私って全然別物過ぎて気持ちが悪いし、少しでも彼の中の理想との共通点を無くしたい。
チラリとキースを横目で見やると、彼はかすかに口を尖らせていた。どうやらいい大人が口を尖らせて拗ねてますアピールをしているようだ。子供なの?と突っ込んでやりたい。
「ふふ」
でも口から零れたのは小さな笑い声。
「なんだよ?」
私がキースを見て笑い声を立てたものだから、彼は怪訝そうな表情してこちらを見ている。
「別に?」
そう返すと、キースはさっきの私と同じように舌打ちをした。私は思わずまた笑いがこみ上げてきて、今度は顔を背けて吹き出した。そんなやりとりをガスパールが何とも言えない顔して見ているのは気付いていたけれど、私にはどうしてそんな顔をされるのか意味が分からない。
「違うわよ」
私はガスパールに向き直り、おもむろにそう言った。
「あ?」
「だから、昔からの知り合いではないわ」
付き合いが昔からあるのだとしたら、あんな幻想を抱かれたりしない。
「なかなか強烈な初対面だったよな」
なんと言っても崖から落下中である。そんな出会い方する人は然う然ういないだろう。
「挨拶をしたのなんか、つい二日前のことよ。ねぇ?」
「まぁな」
喉元に剣を突き付けられるという挨拶だったけれど。
「自分で言うのもなんだけど、もの凄く濃い二日間だったわ」
この二日間で一年分くらいのイベントをこなした気分。これからもしばらくはそんな日々が続くかと思うとうんざりである。平穏とか平和とかが恋しい。
「マジかよ……」
信じられない、と言わんばかりのガスパールの表情は歪んだ。そんな顔する程のことでもないと思うけれども、ねぇ。
「あー、じゃ、あいつらとはどこで?」
ガスパールの親指は岩陰に消えていったリオとヤンスに向けられている。
「はぁ、それを訊いちゃうわけ?」
呆れた。訊くのが遅いっていうのよ。最初の時点で疑問に思って欲しかったよね、本当に。でも、それはもう今更だ。
私はガスパールにこれでもかと呆れた視線を投げ、大袈裟に片眉を上げてから、
「庶民街、東の外れにある空き家で」
皮肉気にそう言い放った。
私のこの返答の意味を理解したガスパールの顔が一瞬で強張ったのは、言うまでも無いことである。




