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第36話

 愕然とした。それもう本当に愕然と。


「気持ち悪……」


 そんな愕然とした私の口から飛び出してきたのは、この一言である。


「ちょちょ、嬢ちゃん。テイラー男爵夫人ってのはそんなに気持ち悪ぃ奴なのか⁉」


 そしてそれに焦ったのはガスパールだ。そりゃそうだ。これから会う商談相手が気持ちの悪い人だなんて聞いたら焦りたくもなるだろう。

 だが、そうじゃない。


「テイラー男爵夫人は素敵な人よ。商談相手としては最高と言ってもいいわ」


 というか、ガスパールも知っている人物なのだが敢えてそれは言うまい。


「あ? どういうこっちゃ??」


 リオが言ったように、テイラー男爵夫人と旧友であることは間違いない。クワンダ国に留学した時から今の今まで、本当に仲良くさせて貰ってきた大好きな友人の一人だ。だが、グラン国王妃筆頭侍女の私と、クワンダ国屈指の実業家テイラー男爵夫人が公の場で顔を合わせたことはない。頻繁に会える距離ではない私達の友情は文通という手を使って育んできたのだ。つまりは、だ。


「私の交友関係を調べたのね……?」


 公言していない私の交友関係を知っているということは、そういうことだ。


「うっわぁ……冗談抜きで気持ち悪いんだけど……」


 あまりの気持ち悪さに二の腕にびっしりと鳥肌である。


「ひでぇ言い方、くくく」


 酷いも何も、紛れもなくストーカー行為である。

 別にテイラー男爵夫人と旧友であることを隠している訳ではないが、別事情により私達の仲を知る人は少ないのだ。ましてやリオ達は貴族ではなく庶民だ。公言しているのなら別として、貴族社会での公言していない事実を庶民の彼らが把握しているということ自体が尋常じゃない。


「やっぱり、ここでの再会も偶然ではないのね」


 それはもう確信だ。


「いや、まさかこんな所で会うとは俺も思ってなかったさ。クワンダ国のどこかでの接触を考えてはいたけどな」


 否定しておきながら結局は肯定である。


「それは何の目的で?」


 そこまでして私と関わりを持とうとするのはなぜだ。


「まぁまぁ姐さん。気になる人のことを知りたいっていう欲求は誰だって持ってるもんでやんすよ」

「そんなので誤魔化されると思ってるわけ?」


 惚れた腫れたの話で煙に巻こうとしているのはバレバレである。


「えー。切ない男心だと思って、姐さんはどんと構えておけばいいでやんすよ。モテる女は辛いでやんすね、ひゅーひゅー♪って、危なぁ! 火使ってる時に石を投げるのは反則でやんす!」


 知るか。イラッとさせるヤンスが悪い。

 そもそもリオが私に興味があるような発言をしていても、それは恋心のような可愛らしいものではない。だってリオが私に向ける眼差しには一切の恋愛感情はのっていないもの。いくら恋愛経験皆無な私だってそんなことくらい分かる。


「じょ、嬢ちゃん達の関係ってそんなんだったんか……俺ぁ、メアリと相棒になんて言やぁいいんだ……」

「違うわよ、馬鹿!」


 変な勘違いをするんじゃないわよ! というかメアリとダグラス様に何を言うつもりだ、止めてよね!


「テイラー男爵夫人か……。これは好都合じゃないか」

「なっ!」


 キースはキースでこちらの都合を完全無視で話を進めていく。


「だよなぁ、兄さんもそう思うだろ?」

「ちょっと待って。キースの言いたいことは分かるけれどちょっと待って!」


 ガスパールの商談相手であるテイラー男爵夫人は、リオが言うようにクワンダ国でも屈指の洋裁店を経営している実業家だ。次々と新しいデザインのドレスを生み出し、世に広めていく経営手腕が認められ、男爵位を叙爵されたというのはもちろん私も知っている。そして、テイラー男爵夫人が作るドレスをクワンダ女王が好んで着用していることも、だ。

 つまりテイラー男爵夫人は女王のドレスを仕立てる為に入城の許可が下りているわけで。


「待たん。テイラー男爵夫人の手を借りることが出来たら、王都入りだけならず城へも楽に入れるんだぞ。それも秘密裏にだ」


 だから待ってと言っているでしょう!


「何をぐだぐだと言っているんだ。そもそもお前が先に兄弟、いやガスパールの手を借りると言ったんだぞ」

「分かっているわよ!」


 でもその時はまさかリオ達が同行しているとは思わなかったのだ。えぇ、えぇ、言い訳だって分かっていますとも、そんな目で見なくてもね。私が特例親善大使である以上、最優先させるのは両国の同盟の為に何事もなかったように式典に出席すること。その為に手段なんて選んでいられないのは重々承知だ。


「だって! なんで何の説明もしていないのにリオは話についてこれていることに疑問を覚えないのよ!」


 当たり前に事情に通じてるって変でしょ! そう叫んだら、忘れかけていた熱のせいで目眩を起こして身体が傾いだ。


「おっと、大丈夫か、姫さん」


 倒れそうになったのを支えてくれたのは感謝するけれど、全然大丈夫じゃない。体調が、ではなく、心境が、である。


「なんでそんなに怪しいのよぉ……」


 何か裏がありますって公言しているようなものじゃない。それを信用しろって無茶な話でしょう。信用せざるを得ない何かをちょうだいよ。そう私は訴えた。


「んなこと言われてもなぁ、子分」

「でやんすねぇ、親分」


 困ったなぁ、と態とらしく肩を竦めて顔を見合わせる親分子分コンビ。


「親善大使の姐さんがここにいるってだけで、状況を把握するのって十分でやんすよねぇ?」

「更に姫さんがトラブルに巻き込まれやすい体質だって知ってたらなぁ?」


 ねー、とあざと可愛い仕草を大の男二人でされても一切可愛くないんですけど。一緒になってガスパールも頷いてるんじゃないわよ、もぅ!


「お前な、いい加減駄々を捏ねるなよ」

「は?」


 まるで子供の我が儘を宥めるようにキースに言われて唖然となる。これのどこが駄々だというのか。私がリオ達に何をされたか知らないくせに、一瞬で頭が沸騰しそうになった。


「姫さん。今の俺達はテイラー男爵夫人に雇われてるって言ったろ。信用第一の仕事だ。そう馬鹿な真似はしねぇって」

「オイラは絶対に裏切らないって誓ってもいいでやんす!」


 だが続けて言われたこの台詞に、ピンと第六感が働いた。


「……あ……?」


 一見、私を丸め込めようとしているように思える台詞だが、違和感が見え隠れしている。きっとそれは私にしか感じ取れなかった違和感だ。キースもガスパールも気に留めた様子はない。


「オイラの愛は誓えないでやんすけど、それは親分から、って痛ぇ!」

「だ・ま・れ」


 我ながらドスの利いた声である。ひぇ、と縮み上がったヤンスは身体を小さくして口を噤んだ。二度と余計な口を利くんじゃないわよ、と視線だけで脅すと、それが伝わったのか首をぶんぶんと縦に振っている。よろしい。

 ともあれ、だ。私が感じた違和感である。

 ヤンスはともかく、リオの性格的にあからさまに丸め込めにかかっているという台詞を吐くだろうか。これまで私に対していくつもの意味深なことを言い残してきたリオが? もしも、だ。これが信用せざるを得ない何かに対しての答えだったら。

 間近にあるリオをじっと見据えると、彼は先ほどのふざけた笑みではなく、半地下牢で最後に見た時と同じ笑みを浮かべている。


「……あぁ、」


 なるほど、と私は言葉に出さず心の中だけで頷いた。

 リオは私に『こんな処で会うと思っていなかった』と言っていた。そして『クワンダ国のどこかで接触を考えていた』とも。

 要するに、私と接触するためにテイラー男爵夫人に雇われたとも取れる。

 

「いいか。もう今更何を言おうが彼らは俺達の事情に巻き込まれているんだ」


 私とリオ達の無言のやりとりに気付かないキースは言った。


「そう、ね」


 ヤンスも同じように言っていた。『今更一緒だ』と。それはガスパールの護衛だからという理由ではなく、私が導き出した答えが理由だったら更に腑に落ちる。

 もしかしたらリオにとって、私とここで再会するのが予想外だったのかもしれない。そして私にはクワンダ国王都にいてもらう必要があるんだとしたら、彼らが当たり前のように協力体制でいることに合点がいくのだ。


「お前がマーシャリィ・グレイ(本物)シスだというのなら、それ相応の覚悟を決めろ」


 キースの相変わらず私を偽物扱いしたこの台詞にもちっとも腹が立たない。むしろ逆に冷静になる気分だ。


「癪だけど……」


 間近にいるリオにしか聞こえない小さな声でそう言うと、彼は笑みを深める。


「いいわ。覚悟とやらを決めようじゃないの」


 テイラー男爵夫人に雇われている身であると強調していたからには、きっとその間は安心して良いはず。だからそれまでは信用してあげる。でも見てなさい。良いようにはさせてあげないんだから!

 キッと決意表明をするようにリオを睨みつけると、彼はクク、と喉を震わせた。


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