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第35話

「さすが嬢ちゃんだなぁ」

「私が泣き叫んで困るのは貴方達でしょうに」


 私が冷静なことを感謝するのね、と鼻を鳴らす。


「だからキース。『呪い』のことに関しては無理に話さなくても結構よ。あ、でも必要があるのなら聞かせてもらうけれど、()()()()にその話は必要かしら?」


 キースに尋ねると、彼は小さく首を横に振った。


「助かる……」


 そう言うキースだが、まだ様子がおかしい。


「他に何か問題があるの?」


 この際だからすっきりさせちゃいなさいよ、と促すと、キースは視線を少しだけ彷徨わせ、


「……お前のたまに見せる聡明さに錯覚を起こしそうになる……」


 と眉間を揉みながら言った。錯覚とは? と首を傾げる私に、キースは自分の考えを振り払うように頭を振る。


「いや、気にしないでいい」

「あら、そう。ならこの話はお終いね」


 気にしなくていいと言われたら気にしませんとも。私達が優先すべきなのは、呪いなんて不確かな物ではないし、更に言えば何を錯覚したのか知らないけれど、何となく腹が立ちそうな予感がするので追求はしません。

 私はパンと手を鳴らして場を仕切り直した。


「では、今の私達に必要な話をしましょう」


 私達の最優先事項である、どうやって期日までに王都入りするか、をね。


「その前に確認しておきたい。兄弟が協力してくれるのは理解しているが、彼らはそれに同意しているのか?」

「そりゃ嬢ちゃんの頼みを俺らが断るわけねぇよ。もちろんあいつらも気持ちは一緒だ」


 嬢ちゃんにはそれだけの借りがあるんだ、と少し離れた場所で野営の支度をしている仲間達を親指で指しながらガスパールは笑う。会話が聞こえていたのだろう仲間達がこちらに手を振ってきたのは同意しているという意思表示だろう。私はその心意気が嬉しくて手を振り返す。


「だが彼らは?」


 そうキースが指差すのはヤンスだ。


「あ、オイラ達でやんすか?」


 鍋に火をかけていたヤンスはきょとんと目を丸くさせ、


「よく分かりやせんが大丈夫だと思うでやんす」


 と、軽く言った。


「だが君の雇い主は兄弟の商談相手なんだろ。勝手なことをしてもいいのか?」


 それを私だって考えなかった訳ではない。

 ガスパールに同行しているとはいえ、リオとヤンスは私に手を振ってくれた仲間達とは違う。あくまでも彼らの主はクワンダ国貴族なのだ。そして私にとっては因縁の相手であり、またグラン国では指名手配犯だ。安易に協力をお願いするには信用がなさ過ぎる。

 だが、しかしだ。


「君達が協力してくれると心強いんだが……」


 そうなのだ。何を企んでいるのか分からない二人だが、命を狙われている身としては腕の立つ彼らが味方でいてくれると助かりはするのだ。


「っていうかで、今更じゃないでやんすかね?」


 ヤンスは火に鍋をかけながら言った。


「オイラ達のお仕事は護衛兼案内でやんす。その対象である旦那が姐さんに協力するんだったら、どっちにしろ一緒でないでやんすかね」


 まぁオイラ達が優先して護衛するのは旦那になりやすけど、とヤンスは笑う。


「そうだけど……」


 目的地は同じなのだ。ガスパールが私の身の安全を守りながら王都入りするのなら、必然的にガスパールを護衛するリオ達も私のことも守らなくてはいけない。


「問題なのは姐さんがオイラ達を信用出来るかってことでやんすよ」


 ヤンスの台詞に一斉に視線が向けられる。


「私が信用しないと協力は出来ないって意味?」

「そうは言ってないでやんすよ。今更だって言ったでやんしょ。ただ、姐さんはオイラ達に命を預けられるんでやんすか? って訊いてるでやんすよ」

 

 そう言われて私は顔を逸らした。


「信用出来ない相手に命を預けるのを無理強いは出来ないでやんすし、オイラも預けられても困るでやんす。逆にこっちの命が危なくなるでやんすからね」


 言いたいことは分かる。自分を信用していない人間を守るというのは至難の技であるとダグラス様から嫌になるくらい教えられたことがある。その危険性もだ。


「……だって…」


 信用なんてあるわけがない。いくら助けられた記憶があっても、ガスパールがこの二人を悪い人間じゃないと言っていても、頭の中に過るのは半地下室に倒れていた彼女の姿。あの時、ヤンスは一切に手を出していないと言っていたけれど、彼女が酷い目に遇うのを傍観していたのだ。それは人としてどうなのだ、と。信用してもいいのか、と。


「そんなに仲が悪いようには見えないが、彼らはそんなに信用出来ない人物なのか?」


 キースが私に問う。

 もし二人との出会いが違うものだったのなら、もっと私の反応は違ったはずだ。例えばそう、これが初対面だったならこんなに言葉に詰まることもなかった。リオはともかく、ヤンスの人柄は嫌いじゃない。正体が不明過ぎて、信用するだけの材料が少ないのだ。


「姫さんが俺達を信用しないのは正しいさ」


 いつの間に戻ってきたのか、リオの声に私は振り返る。


「あ、親分お帰りなさいでやんす!」

「おう、これ土産な」


 そう言ってリオが放り投げたのは野ウサギである。


「さっすが親分、これで美味しい夕飯作るでやんすね」


ホクホクと野ウサギを受け取ったヤンスは嬉々として捌き始めた。そんなヤンスを余所にリオは私を背後から覗き込むようにして腰を屈め、


「ひーめさん」


 と、にやりと笑った。


「良いことを教えてやるよ。これを聞けば少しは考えが変わると思うぜ?」


 にやにやにや、とその不気味な笑みに思わず尻込みをしてしまう。


「な、何よ?」

「俺達の雇い主って誰だと思う?」

「え?」


 この意味深な言い方からして、ガスパールとの商談相手であるブランドショップを経営している貴族とは私の知っている人物なのだろう。そして私が思い当たるのは只一人だ。


「ま、さか?」


 恐る恐る問うと、リオはますます笑みを深め浪々と話し出す。


「高位貴族に生まれながら爵位を受け継ぐことなく、自分の力のみで新たに爵位を授かった類い希なる美貌を持った実業家」


 リオの芝居じみた台詞に、在りし日の鮮やかな蜂蜜色の髪をなびかせた彼の人の姿が脳裏に蘇る。


「テイラー男爵夫人。姫さんの旧友だ」


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