第33話
ほら、想像通り。私の男性恐怖症が克服されたことは間違いない。不覚にも倒れてしまったのは、リオに再会したがゆえに起こったフラッシュバックのせいだ。
「………ん?」
フラッシュバックのせい、だよね。何か引っかかる。でも何に?
「姐さんってば積極的でやんすね!」
「子分は黙ってなさい」
「酷いでやんす!」
下らないことを言うヤンスに違和感が霧散した。きっと気にするまでのことではないのだろう。
「お前、馬鹿なのか?」
「馬鹿って何よ。そもそもキースが男性恐怖症の原因がリオだって勘違いしているから、その為の検証をしただけじゃないの」
「検証、だと」
「えぇ。ほら、何も変化はないでしょう。私が倒れた原因がリオなら平気なはずないわ」
疑い深いキースには論より証拠である。どうせ私が口で反論したところで聞く気はないでしょう。キースの思い込みの激しさはここ数日でしっかり学んだのだ。
「だから、からかおうとしても無駄よ。残念でした」
ベーっと舌を出してざまあみろ、と言ってやりたいくらい。こっ酷く振られたくらいで心の病を発症するほどか弱くないのだ。
「いや、それは悪かった……。まさか直後に倒れるなんて思わなかったんだ」
いやだ、やけに素直ね。
「それは誰だって予想は付かないわ」
まぁ、私だってあんなフラッシュバックを経験するとは思いもしなかった。それに別にキースのせいじゃないのだから、素直に謝られるとちょっと気持ち悪い。
「あー、クソ……」
ガリガリと乱暴に頭をかき、悪態をつくキースの様子。どうも様子がおかしい。
「キース? 貴方、何をそんなに過剰な反応しているの?」
そりゃ少し前まで取っ組み合いをしていた相手が突然倒れたら動揺するのも分かるけど、純粋に私を心配しての反応とは少し違う気がする。気遣っている、というより窺っているという感じだろうか。
「お前は呪いを信じるか……?」
「呪い?」
何を言い出すかと思いきや、随分と非現実的ですこと。
「むしろ逆に聞くけど、呪いってあるの?」
呪いたくなる想いというのはあると思う。けれどそれが現実的に呪いとなるか、と言ったら疑問だ。
「俺様だってそう思っていたが……、お前が二回も倒れるから!」
「二回……?」
倒れたのは今日の一回だけですが?
「昨日だ。お前が先に寝たって思っているようだが違う。倒れたんだ」
「…………それはごめんなさい」
二人だけの道中、しかも追われている危険性の中で連れが倒れるなんて困るよね。それは理解する。だからといって共寝したことは許さないが。でもそれと呪いと何の関係があるというのか。
「ちょいと待った。今聞き捨てならねぇこと言ってたな。嬢ちゃんが倒れた? しかも二回目だと!」
私から報復に警戒して少し距離を取っていたガスパールが急に声を上げた。
「道理で嬢ちゃんの身体が熱いって思うはずだぁ」
そしてズカズカと私に近寄り、私の両頬を了解もなく挟み込んだ。
「にゃぅ!」
その勢いでつい口から出てしまった変な声にヤンスがまた大爆笑をしている。覚えていなさいよ!
「顔色が悪ぃ悪ぃとは思ってたがな、取っ組み合いのけんかするわ、威勢のいい啖呵きるわで元気だしよ、ちょいと疲れてるだけかと思いきや、嬢ちゃん熱あんじゃねぇか!」
「「へ?」」
私とキースで同じ目をしてガスパールを見た。
「熱、だと……っ」
そういえばずっと寒気がしていた。更に言えば身体は重いし喉もやけに渇く。どう考えても風邪の症状である。
「真っ白い顔して、あっつあつだな!」
「だから変にテンション高かったでやんすね~! 姐さんがあんなに感情をあらわにするって変だなって思ってたでやんす」
ヤンスが私の何を知っているのよ、と突っ込みたくなる台詞ではあるが納得している自分がいるのも事実。っていうか、そろそろ手を離して、ガスパール。
「だよなぁ。嬢ちゃん人見知りだから、仲良くねぇとそんな態度取らねぇもんよ。俺ぁ、てっきり昔ながらの知り合いだと思ってたんだが違うんだろ?」
離して、とペシペシ叩いて合図をしているのに、一向に離す気のないガスパールはリオ達を見やり訊いた。
「因縁、があるくらいだからな、くく」
「仲良くはなりたいとは思ってるでやんすよ。ね、親分!」
「なぁ、子分」
うんうんと頷く二人に、仲良くする気もないわ! と言い返してやりたいにのガスパールの手が邪魔をする。んもう、私の頬なんて触っても楽しくないでしょ!
「熱……、熱か。そうか、そうだよな……」
俺様としたことが…、となぜか納得しているご様子のキース。ますます意味が分からない。
「兄さんが言った呪い、っつーのはさっきの悲鳴と関係があるんじゃねぇ?」
リオが片眉を上げて、そう言った。
「ちめぃ……?」
「「「ぶはっ!」」」
三人して吹き出さないでよ。吹き出さなかったのはキースだけってどういうことなの。私は悲鳴って言いたかったの! それなのにガスパールが手を離してくれないからこうなったんじゃない、もう! むかっ腹が立って思いっきりガスパールの手の甲を抓ってやる。
「いってぇ!」
「さっさと離さないガスパールが悪いのよ」
やっと解放された頬を摩りながら吐き捨てた。ふん、いい気味ね。
「それで、悲鳴ってなんのこと?」
悲鳴ってことは、私達以外の誰かがいるってことでしょう? それも悲鳴とは穏やかではない。
「姫さんは聞こえてなかったのか?」
「丁度姐さんが目を覚ます直前くらいでやしたかね、すっごい悲鳴が聞こえたでやんすよ!」
私が目を覚ます直前。そう言えば耳を塞ぎたくなる程の不快な声を聞いた気がする。
「……夢だと思っていたわ」
悲鳴がしたにも関わらず、私を覗き込んでいた四人が慌てもせずにいたものだから尚更。
「キース、そうなの?」
その悲鳴が呪いと関係があるのか、私はキースを見上げて問う。だが彼は眉を寄せて口籠もり話そうとしない
「……関係者以外には話せない」
関係者以外には話せない、と言うことは何か隠さないといけない事実があるということだろう。私だってキースにグラン国での一件は話せなかったのだから。
「別に強制はしないわ。話せないのならそれでもいい」
どうしても聞きたいという訳でもない。今私達がしなければならないことは他にあるからだ。それに関係しないのであれば追求はしない。そもそもここはクワンダ国だ。わざわざ首を突っ込むのもどうかと思うし。
「そういう訳にもいかないんじゃないでやんすかね~?」
「どうしてよ。話せないというのだから別に構わないでしょう。それとも何? そんなに呪いが好きなの?」
「そんな物騒なもん好きじゃないでやんすよ! 兄さんの顔がそう言ってるように見えないでやんすし…」
ほら、と耳を澄ますようなヤンスの仕草に倣って私も耳を傾けた。
「……え?」
少し強い風が私の髪を揺らし、その風に乗って聞こえてきた人の声。
「泣き声……?」
悲鳴ではない。どちらかというと子供の泣き声に聞こえる。そう思いきや、今度はまた風が吹き届いた声は男性の低い悲鳴。風が吹く度に少しずつ、けれど確実にその声は大きくなり増えていった。
「ちょちょちょ、やだやだ、止めてよ」
思わずガスパールの腕にしがみ付く。呪いとか非現実的なことは信じていないけれど、これはちょっと気持ちが悪い。段々と増えていく数々の悲鳴にパニックを起こしそうになる。
「本格的に鳴き始めたな……くそっ」
キースは悪態を吐き、私達を見回した。
「この先に風を凌げる場所がある。そこで話そう」
なんで風を凌ぐ? と思ったその瞬間、強い風と共に一際大きい悲鳴に硬直する私。
「そうすっか。この風は嬢ちゃんの身体にあんま良くなさそうだしな」
「でやんすねぇ」
キースの提案にそう言ったガスパールは私をひょいっと担ぎ上げた。
「ちょ…、下ろして。歩けるわよ!」
「どっちに行けばいい?」
「付いてこい。先導する」
私の抗議は無視である。まぁ楽と言えば楽だけれど、どうしてダグラス様といいガスパールといい縦抱っこなのか。子供扱いされている気分になる。
ふと先導するキースを見やり、私に負けず劣らずの顔色に気がついた。
「キース……?」
私のキースを呼ぶ声は風にかき消され届かない。けれど、
「呪いなんてあるわけがない……ないんだ」
そう呟いたキースの台詞は、私の耳にしっかりと届いたのだった。
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キャラクターの名前の変更は止めてください。誤字なら素直に修正しますが、変更は受け入れることができません。
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