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第31話


「………………リオ………」


 呆然と呟いた。

 リオと顔を合わすのは、あの半地下室に監禁されていた時以来だ。相変わらず魚の死んだような目で口元だけで笑い、決して感情を読ませない男。


「なぜ……貴方達がここにいるの?」


 こみ上げる気持ち悪さを堪え、私はリオを見据えて問う。


「なぜって、旦那の案内役兼護衛さ。つまりはお仕事、な」


 それはさっきガスパールから聞いたから知っている。でも聞きたいのはそういうことじゃない。


「なんだぁ、嬢ちゃん。親分子分の知り合いだったんか??」

「……親分子分?」

「こいつらのことよ。面白い奴らでお互いを親分子分って呼び合ってんだ」


 荒くれ者の集団の中ではリオを頭と呼んでいたが、抜けた以上そう呼べないのは理解できるが頭と親分の違いって……、しかもヤンスは子分って随分安直である。


「そうなんでやんすよ、旦那。こんな所で再会するなんて、やっぱりと姐さんと親分は運命の赤い糸で結ばれてるでやんすね!」

「あぁ? 赤い糸だぁ??」

「お前……」


 ヤンスの台詞に、ガスパールは何とも言えない微妙な顔をして私とリオの顔を交互に見た。キースなんかは盛大に顔を歪めている。


「ちょいと嬢ちゃん、いくら親分の顔が良いからと言っても平民にちょっかいかけるのどうかと思うぜ??」


 なんて風評被害! しかもガスパールも親分呼びしてるの⁉ というツッコミはいったん横の置いて、だ。


「止めてちょうだい。怒るわよ?」


 ギロリとにらみ付け、クイクイっと人差し指と中指をガスパールに向けた。それだけで何を言いたいのが理解してくれたのだろう。ガスパールは慌てて鼻を隠し、小さく「すまん」と私に言った。よろしい。ちょっと大人しくしていてちょうだい。


「相変わらずツレねぇなぁ、姫さんよ」


 ツレるも何も友好的な関係ではない。私とリオ達は、誘拐し監禁した加害者と誘拐され監禁された被害者という関係だ。そもそもそんなに気軽に話しかけられるような立場ではないのを自覚してほしい。


「いい加減にして。ふざけないで答えてちょうだい!」


 どうして、なぜ、貴方達がここにいるの。いくら何でもこれが偶然だなんて思える程、私の頭はお気楽じゃない。


「おいおい、嬢ちゃん。どうしたんだ? こいつらが一体なんだっつーんだ。ちょっと変だぞ?」

「あのね、ガスパール!」


 何も知らないガスパールがそう思うのは当然だ。でも彼らは表立ってではないが、グラン国から指名手配を受けている犯罪者なのだ。

 あの屋敷から易々と逃げ出して、忽然と姿を消していた彼らが、私の目の前に現れるなんて偶然というのはどう考えていてもあり得ない。あの事件には不審点がいくつも存在している。まだ解明されていない何かが。それに関係している可能性が大きいというのに、ガスパールの案内役と護衛ですって? 私とガスパールが繋がっているのは公然のことなのに、そんな仕事を引き受けるなんて普通に考えてもあり得ない。絶対に何かがあると思うのは当然のことだろう。

 そう説明しようと口を開きかけて、ハッとキースの姿が目に入った。


「……んもう!」


 思わず唸り、この場で説明することは出来ないと私は口を噤んだ。

 あの事件は対外的には、私も誘拐などされていないことになっている。未婚女性が誘拐監禁されたとなれば、それが人々にどんな印象を与えるかなど想像するに容易い。未来のグラン国国王の乳母にと求められている私にそんな醜聞以ての外だ。故に私の立場を重んじ誘拐監禁の事実が隠されたのだ。それに伴い同様にシエルの存在があったことも。

 私はあくまでも、王弟妃宝飾品を盗んだと冤罪をかけられそうになった被害者、という立ち位置でいなければならない。しかも王宮内で起こった事件だ。グラン国が侮られる要因になるかもしれない話題を、他国の人間の前で話す訳にはいかない。

 

「……赤い糸なんて物ではなくて、どちらかと言えば因縁があるのよ」


 なんて言えばいいのか言葉に悩んで、これしか言えなかった。才女と呼ばれている私の脳みそなんて所詮こんなものである。

 

「因縁、なぁ……?」


 何よ、その意味あり気な言い方。


「お前、確か男性恐怖症とか言ってたよな?」

「それが何よ」


 それはもう克服した話だ。


「彼がそれの原因だったりするんじゃないか?」


 キースを見上げるとにやぁっと口端をいやらしくあげて、例えばこっ酷く振られた、とか? とからかう気満々だ。


「キースの頭の中って色恋関連しか入っていないの?」

「おい」


 おっと、心の声が口から飛び出てしまった、うっかりうっかり。それに男性恐怖症の原因がリオ? 直接的にリオに何かをされた訳ではないけれど、あの一件で男性恐怖症を発症したのは間違いない。


「そんなに可愛げのある因縁じゃないわよ」


 だからそのネタで私をからかおうとしても無駄よ、と返そうと口を開こうとして、リオがいる方向から風に乗って届いた甘い香りに息が止まった。


「ぅぐ……ぅ」


 突如こみ上げてきた吐き気に思わず蹲る。口を手で覆いながらリオに視線を移した。彼は変わらず笑みを口元だけに浮かべているだけ。


「……リオ……ぅ」


 何が起こった⁉ と事態を把握する前に、急激にこみ上げる吐き気に共にぐぁんと世界が回り、それはまるで時間が巻き戻ったような感覚に陥っていく。


「い、や……っ」


 必死にそれに抗うが、どんどん引き込まれる。


「嬢ちゃん!?」

「おい!」


 ガスパールとキースの私を呼ぶ声が遠くで聞こえ、気が付いた時には捕らわれていた半地下室に私はいた。

 あまりの事態にひゅっと息を呑み、手足の先から体温が何かに奪われていくのにどうしようもなかった。視界に映る全てが歪んで、もう自分が立っているのか座り込んでいるのかさえも分からなくなり、唯々理解の出来ない恐怖が私を襲う。

 カタカタと唇が震えた。かすかな光の中、熱と痛みで魘される女性と二人きりのかび臭い部屋で必死に恐怖と戦っていた。深夜に忍び寄る人の気配と、けたたましく回されるドアノブ。逃げたくても監禁されている以上どこにも逃げ場はない。どうか鍵が壊れませんように、早くあきらめてくれますように、と願い続けていた。

 あぁ、そうか。これはフラッシュバックだ、とどこかで冷静な私は気が付いた。だってもうこれは過去のこと。まだ私の中でこんなにあの時の恐怖が燻っていたのか。

 身の毛もよだつ、あの男の舐め回すかのような視線と首筋から頬に向かって走ったあの感触。これが間違いなく、私を男性恐怖症にさせた元凶だ。

 それを自覚した私の中から噴き出すように怒りがこみ上げる。悔しい、悔しい。この程度の男に恐怖を感じているなんて、私はそんなに弱い女じゃない、と。それは恐怖を凌駕する勢いの怒りだった。

 次第に遠くから、いやもしかしたら近くからかも知れない。私の怒りに同調するように、わぁんわぁん、と膨張した音が聞こえてきた。それは獣の鳴き声のようにも、無機物が奏でる音のようにも思えた。それに紛れて聞こえてきたのは人の声だ。

 キースの声ではない。ガスパールの声でもない。


────……ぁ………ぃ……………ぇ


 はっきりとは聞こえない。でもこの声の主を私は知っていると、なぜか確信めいたものがあった。必死に耳を澄まして聞き取ろうとするのに、声は遠ざかっていくばかり。待って、と引き留めようとしたのに口からは音が出てはくれしない。

 誰? 何が言いたいの? 私にどうしてもらいたいの? 心の中で問うけれど、その声は答えてはくれず、また私も問うたくせにして答えを聞くのが怖いとも感じている自分もいた。だけど、それが何。答えを聞くのが怖いなんて下らない、と私は自分を奮い立たせ、わぁんとした雑音にかき消された声に、言いたいことがあるのなはっきり言いなさい! そう強く怒りをぶつけた。

 訪れたのは一瞬の静寂。そして、わぁんわぁん、とした雑音をかき消すほどの耳をつんざく悲鳴に、意識が浮上した。

 始まりも唐突であれば、終わりも唐突。


「嬢ちゃん!?」

「……ぁ…、ガ、スパール」


 視界いっぱいに映る焦った顔をしたガスパール。正面にはキースが、その両隣にはリオとヤンスが私を覗き込んでいた。


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