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第30話

 なんでこうなった? と真っ青な展開である。これが私とキースが敵対関係なら「お見事!」とガスパールに拍手を送るところだが、そうじゃないから頭が痛い。


「馬鹿、ガスパールの馬鹿‼‼‼」


 慌てて二人に駆け寄って、どや顔をかましているガスパールの頭をポカスカと殴る。


「キースは命の恩人だって言ったでしょ! なんで投げちゃうの!?」

「あたた、嬢ちゃん、いてぇよ」


 自業自得でしょ! もぅ馬鹿馬鹿馬鹿ぁ!

 どうしよう。ガスパールがキースを伸してしまったおかげで、修復しようのない確執が生まれてしまったよね、これ。せっかく比較的安全に王都入り出来ると思ったのに、これじゃあキースが承知しない。私の事はなぜか案じてくれていたようだけど、きっとまた偽物扱いされるだろう。そうしたら式典に間に合わなくなるかも知れない。いや、それよりも、だ。


「見捨てられたらどうしてくれるのよぉ!」


 キースからのなけなしの信用が地に落ちてしまいでもしたら間違いなく見捨てられる。


「彼の協力がなければ、クワンダ国王都に連れて行ってもらったところで入城できなかったら元も子もないのよ!?」


 何の為にガスパールに協力のお願いをしたと思ってるのよぉ、と叫んだ。えぇ、えぇ、心の中ではなく現実に叫びましたとも。


「そっちかよ!!!!」


 完全に伸びていたと思っていたキースからの鋭い突っ込み。そして


「……嬢ちゃん、それないわぁ」


 というガスパールからの呆れた台詞に、え? 何か間違ったこと言った?? ときょとん頭を傾げる。


「くそっ、何なんだよ、お前らは!」


 キースが寝転んだまま悪態を吐いた。


「お前は俺様の心配をしろ!」

「え、あ…っ! ご、ごめんなさい……」


 ですよねー。確かに心配するところはそこだわ、ごめんなさい。でも地面は柔らかい雑草の茂った土だし大丈夫でしょう、と謎の確信はあったのよ。でもそれを言っても言い訳にしか聞こえないだろうから、敢えての謝罪。


「ちっとも気持ちが籠もってないだろ!」


 少しは籠もっています、本当に。痛かっただろうな、とは思っているし。ただ私にとっても優先順位がそっちではなかっただけで。


「キース、大丈夫?」


 今更感漂う台詞である。案の定のしらっとした視線だけが寄越された。


「ちったぁ頭が冷えたかよ、にぃちゃん」

「お陰様で! むしろ違う意味で血が上りそうだがな!」


 そう怒鳴るキースに、私を無視してガスパールは手を貸したりして、なぜかさっきまでの殺伐さは消滅していた。何がどうなって今の雰囲気なのか良く分からないが、彼らの間に流れる空気は私が思っていたような険悪なものではない。その上、


「悪かったな! 疑って!」


 と、ぶっきらぼうに言ってきたのだ。


「え?」


 きょとん、の次はポカンである。


「お前らは俺様の敵じゃない。そうだな!」

「にぃちゃんが嬢ちゃんを裏切らない限り敵にはならねぇよ」


 いつもの調子でがははと笑うガスパールに、なお更意味が分からなかった。今までのやり取りのどこに誤解が解ける要素があったというのだろう。


「なんつー顔してんだ、嬢ちゃん?」

「まったくだ。俺様の妻の名を騙るなら妙な顔をするのを即刻止めるべきだな」

「なんだ、嬢ちゃん。にぃちゃんの嫁になったんか!」

「いや、そうじゃない。俺様の妻の名を汚すな、と言ってるんだ」


 なんだそりゃ、とまた大口開けてガスパールは大笑いをした。私が変な表情をしている原因は間違いなくこの二人なのに、すごい理不尽である。


「そう言えば、兄弟はここが立ち入り禁止区域だと知っていて立ち入ったのか?」

「あ? 禁止区域? なんだそりゃ??」

「やはり、な」


 神妙な顔つきのキースに突っ込みたい。なんでいきなり『兄弟』なの、と。そしてそれをなぜ自然に受け入れているの、ガスパール。

 あまりにも普通に会話が進むものだから私の方がおかしいような気さえしてくる。まぁ、良好な関係になってくれたなら文句はないけれど。


「俺達ゃ、クワンダ国に商談しに来てんだ。丁度クワンダのブランドショップを経営しているご貴族様からお声を頂いてなぁ」

「あら、商談なら尚更ここにいるのはおかしくないかしら?」


 クワンダ国までの道のりはどの村や町を経由にするかによっていくつのかのルートが存在するが、一般的に商人が使われるルートは決まっている。


「そうなんだがなぁ……」


 ポリポリと頬を搔きながらガスパールは困ったように笑う。


「商談相手から案内役と護衛で寄越された奴らがいてな。悪い奴らではないんだが、こう、なんというかな……簡単に言うと方向音痴でなぁ」

「方向音痴ですって?」


 それって案内役の意味がないような気がする。


「気の良い奴らだぞ。腕も立つしな、護衛としては一級だ」

「あぁ、さっきのフードの被った男達か」


 襲ってきた3人組のうち二人を倒していたフードの男達。先ほどの戦いぶりを見る限り護衛役としては優秀だ。


「ガスパールに護衛なんて必要なの?」


 素朴な疑問である。刃物を持った賊に限らず、クワンダ国女王直属の騎士キースに丸腰で勝利しといて? 


「商談相手から寄越されたんだ。いらんとも言えんだろうが」

「まぁ、それもそうね」


 商談相手はガスパールがどれだけ強いかなんて知らないわけだし、まぁ納得はできる。


「案内役として不適格だと思うが? どれだけ腕が立っていたところで兄弟を一人にしている時点でどうかと思うぞ、俺は」

「……本当ね」


 いくら私の危機を駆け付けてくれたといっても、護衛がそれに付いてこないのは大問題だ。


「まぁ、それは俺だからな!」


 がっはは、と誰も褒めていないのに照れられても困るのだけれども。


「お、噂をすればだな。おーい!」


 そうガスパールが言って大きく手を振った方向から、馬に乗った男性二人を先頭にして馬車がこちらに向かってきている。あちらも私達の存在に気付いたのだろう、先頭を走っている馬に乗ったフードの男が大きく手を振った。そして、


「旦那ぁ、単独行動されちゃ困るでやんすよ~!」


 ガスパールを追ってきた、どこかで聞いた覚えのある声。ざわっと全身の毛が逆立つのが分かった。


「おう、悪かった。こっちだ、こっち!」


 私の嫌な予感など気にすることもなく、呑気にガスパールは追いかけてきた集団に手を振る。


「な、んで……」


 私は無意識に隣にいたキースの袖を握りしめていた。


「?」


 キースが袖を引かれたと勘違いして私を見下ろすのが分かったが、それどころじゃない。私の視線はガスパールに駆け寄るフードを被った二人に固定されていた。


「俺たちゃ旦那の護衛兼案内人なんでやんすよぉ! どっかに行くんだったら言ってからにしてくれないと困るでやんす!」

「にしちゃあ、随分とゆっくりだったじゃねぇか」

「それでも、でやんす!」


 ちゃんと聞いてるでやんすか? と人差し指を立ててガスパールに説教をしている。その特徴的な話し方、そして声。


「おい、どうした?」

 

 様子のおかしい私を気遣うキースの声。でも私にそれに返すだけの余裕はなかった。風が男のフードを攫い、記憶と同じ顔が顕わなり、


「……ャ…!」


 ンス、と声に出さず私は叫んだ。それにも関わらず、まるでその声が聞こえたように彼は顔を上げた。


「久しぶりでやんすねぇ、姐さん!」


 視線の合った私に、あの時と同じように出っ歯が印象的なニカッとした笑みを向けてきたヤンスにどうしてだろうか、膝がガクガクと震え出すのが分かった。

 自分でもなぜこんな感覚に陥るのか分からない。彼との思い出は決して悪いものばかりではなかった。むしろ助けられたと認識すらあったのに。

 そして、そんなヤンスの隣に馬を止めたもう一人の男。ザワザワと足の指先から這い上がってくる、この気持ち悪さ。フードを脱がなくても簡単に想像が出来た。そしてそれはきっと正しい。

 ヤンスと違い、ゆっくりと自分の手でフードを脱いだ男は死んだ魚のような光のない目で私を捉える。


「よう、俺の姫さん」


 リオの台詞に、ガスパールとキースの視線が集まってくるのが分かった。


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