表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

110/132

第27話

「え、あ……? じょ、嬢ちゃん???」


 ガスパールが目を白黒させている。こちらもこちらで隣のキースはあんぐりと大口を開けてるし、私だって自分の目を疑いまくったが現実は現実。崖下にいるのは私のよく知っているグラン国アネモネ宝飾店オーナーのガスパールだ。そして私も間違いなくガスパール最愛メアリの主人グレイシス家長女マーシャである。


「さっさと答えなさい、ガスパール!」


 私は仁王立ちのまま崖下にいるガスパールを見下ろし、立ち入り禁止区域であるこの場所にガスパールがいる理由をさっさと吐きなさい、と私は言い放った。


「それは嬢ちゃんも一緒だろうがよぉぉお?」


 無駄に声の大きいガスパールから瞬時の反論に、それもそうだと頭が一瞬で冷静さを取り戻す。確かにグラン国特例親善大使として華々しくパレードを行い旅立ったはずの私が庶民のような格好でいきなり崖上から現れるだなんて、ガスパールからしたらとんだ青天の霹靂だろう。でもだからといってこの状況があり得ないことには変りはない。


「……おい」


 ふいに腕を捕られて振り返った私の視界に入ったのは、キースの旋毛だ。深くうつむいている彼の表情は見えないが、どこか様子がおかしい。


「キース?」


 どうしたのか、と名を呼ぶがキースの反応はほんの少しだけ頭をあげた位で顔は見えない。


「……お前ら、知り合いなのか……?」

「そうね。まさかこんな所で会うとは思いもしなかったけれ…っ、痛ぁ!」


 ぽつりと言われた問いに私は頷いた瞬間、腕に走った痛み。掴まれた二の腕にキースの指が食い込んでいる。


「ちょ、キース??」


 いきなり何をするのか、とキースを見上げると何やら彼はブツブツと呟いていた。痛みに耐えながら耳を澄ますと「騙された……いや、誑かされたのか? この俺様が? こんな小娘に……?」と聞こえたものだからカッチーンである。


「誰が小娘よ、このスケベぼくろ!」

「……な!」


 何よ、文句があるの? そちらこそ私を小娘呼ばわりしたんだからスケベぼくろ呼ばわりされても反論なんて情けない真似しないでよね、と売られたけんか上等精神である。それにスケベぼくろは別に嘘を言っていない。妙齢の女性に対して『男を知らない』だとかほざくくらいだからね。それに比べ私は小娘でなく、れっきとした成人女性なのだから文句を言いたいのはこちらの方だ。

 崖下からはガスパールの「嬢ちゃんに何してんだ、ゴラァ!」と柄の悪い怒号が聞こえるが、キースは意にも介せずギロリと私をにらみ付ける。


「なら、これはどう言うことだ?」


 どう言うこととはどう言う意味だろうかと考えて、はたと気が付いた。


「まさか、この期に及んでまだ私を疑っているの!?」

「何度も言うがマーシャリィ・グレイシス嬢はグラン国のれっきとした貴族令嬢だ。賊と顔見知りであるはずがないだろう?」


 そう言われるとぐうの音も出ない。普通は貴族令嬢が賊〔ではないけれど〕と友人関係は築かない。言われなくともそんなこと知っている。自分が普通の貴族令嬢の枠を超えているのも自覚がある。だがしかし、だ。


「説明を求めることなく、まず真っ先に疑うってどうなの!?」


 つい先ほど私を相棒と言った癖に、その口は何なの、ホラ吹きなの?


「この状況下で信用しろとか無理だろうが!」

「そうだけど!」


 むむむ、と言葉に詰まる。確かにキースの立場から見たら信用出来ないのは分からないでもない。いくらガスパールの存在に吃驚したからとはいえ、私の行動がキースの懸念を強くしたのだろうことも理解が出来る。


「一瞬でも信用したのが馬鹿だった! 俺様としたことが……っ」


 いかにも後悔先に立たずといった体のキース。一瞬でも信用したなら最後まで信用してよ、相棒宣言撤回するの早すぎるから!

 段々と掴まれている二の腕がキースの身長に釣られて引っ張られる私は痛みを少しでも逃がそうとつま先立ちになりかけている。二の腕も痛いがこのままだと体勢がつらくなること必須だ。

 敵と遭遇したかもしれないと言う緊張と、思いがけないガスパールの存在で忘れかけていたが、私の体調は最悪なのである。いっそ離してくれないのならこのままキースの胸に吐き戻してやろうかしら、と本気で思った。


「もう、いい加減離してよね!!」


 けれど私の身体が内臓物を吐き出す前に行ったのは、いつものアレ。


「ふぐっ………っ」


 痛みと体勢の限界が来た私の右足は吸い込まれるようにしてキースの足の甲へ一直線。私の二の腕を掴んだままのキースはそれを避ける暇もなく、聞こえてきたのは音にならない悶絶の声だ。


「くっ……か、かとに、何を仕込ん、だ?」

「失礼なこと言わないで。この靴は貴方が用意してきたものでしょう。仕込むだなんて人聞き悪いことを言わないでちょうだい」


 痛みに悶えながらそんなことを言うキースに二の腕を摩りながら答える。


「お、おま、これ軍靴だぞ……っぅ」

「それが何よ」


 いくら軍靴が丈夫だと言っても所詮靴は靴。幾度となくダグラス様のかかとを踏みつけてきた私の右足が的確に狙いを定めただけです。さっさと手を離さなかったキースが悪い。


「貴族令嬢はこんな技はもっていない……っ」

「……それは否定しないわ」


 私以外の令嬢がこんな真似しているのを見たことはない。むしろはしたないと言われること間違いなしである。言い訳ではないが、私だって好きでこんな技を習得したわけじゃない。なにせ私の周囲には困ったちゃんが多く、自ずと自分を守るためにどうしても習得せざるを得なかったのだ。言わば必要不可欠だったとも言える。


「マーシャリィ・グレイシス嬢は子爵令嬢だぞ! 彼女の名を騙るならもっと勉強してこい!!」

「だから! 本人を知らない貴方が言えることなの、それ!?」


 何を隠そう、この技を私に授けたのは本人以上にマーシャリィ()・グレイシスを把握しているグレイシス家メイドのメアリですよ、当然でしょう? 貴族令嬢にこんなことを教えてくれるメイドなんて、どこの国を探したってメアリしかいないに決まっている。ちなみにメアリの必殺技は足の甲潰しからの往復ビンタ、さらに加えて強烈鼻フックまでが一連の流れである。私の技なんてまだまだ子供だましのようなものなのだ。それなのにダグラス様といいキースといい、このくらいで情けない。ピンヒールじゃなかっただけありがたいと思いなさいな。


「嬢ちゃん、大丈夫か‼」


 どれくらいの時間キースとの攻防を繰り広げていたのか、馬の蹄の音が聞こえたかと思えば息を切らしたガスパールが馬から下りて駆け寄ってきた。が、私達の姿を認めた途端に心配顔は呆れ顔に変わった。


「なぁにやってんだ、おめぇら……」


 何って、とそこで正気が戻った。私もキースもお互いをお互いに見て居心地悪気に佇まいを直した。

 はぁ、とガスパールの大きなため息に顔が真っ赤に染まったのは、いい大人が取っ組み合いの喧嘩という恥ずかしい真似をした羞恥からなのは言うまでもないのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ