第8話
「おいおい、もうその辺にしておけ」
「これは申し訳ございません」
慌てて取り繕うけれど、後の祭りだという事は分かっている。けれど、これがいつもの光景だったりするので、陛下も呆れた表情をしつつも楽しそうな雰囲気を出している。
「まるでお前達の方が痴話げんかをしているようじゃないか」
その陛下の言葉に、私もダグラス様も顔を見合わせて同時に首を振る。
「あり得ませんね」
「……ねぇなぁ」
この事に関しては、ダグラス様と意見が一致するのだ。
「やんちゃの過ぎる弟を相手しているようで、とてもとても」
私の手には余ります。というか、手に乗せたくもないですし。
「気の強い妹に振り回されている兄だろう、俺は」
もう既に口の悪さと図体が合わない兄がいるので結構です。
「それに何より、リアム君に嫌われたくございません」
私はそう言って、頭の中でとてもとても可愛いらしい笑顔を思い出した。
リアム君とはダグラス様のお子さんで、8歳になる男の子だ。ダグラス様と血が繋がっているとは思えないくらい賢くて、とても素直で礼儀正しい小さな紳士である。ダグラス様に、素直、賢さなんて皆無なのだから間違いなく奥様似なのだろう。その奥様はリアム君を生んですぐに亡くなられているのだけれど。
このリアム君、とにかくお父様であるダグラス様の事が大好きなのだ。私からしたら出来の悪い弟のようなダグラス様だが、世間のお嬢様方から見ると子持ちと言えども優良物件な事は、陛下の側近という面だけを取ってみてもお分かりだろう。そんな彼の妻の座を狙う禿鷹達を蹴散らしているのはリアム君だ。大好きなお父様を取られたくないリアム君の「嫌です」の一言で追い払われるものだから、『ダグラス様を落とす前にリアム君を落とせ』がご令嬢または未亡人方の通説となっている。未だに成功した人はいない。
そんな中、私とマリィは未婚女性ながら、リアム君に好かれている数少ない人間なのだ。
「そうですねぇ。リアム君に嫌われて、あの笑顔が向けられなくなってしまうのは辛いですよねぇ」
でしょう?
あの天使もしくは妖精さんの笑顔を、ダグラス様如きの為に失うのは惜しすぎる。
「そうだろう、そうだろう。俺の息子は存在自体が奇跡のようなものだからな」
本当、ダグラス様要素がないなんて奇跡的。
「そうね…思い出したら会いたくなって来ちゃったわ」
「しばらくお会いしていませんね」
マイラ様もリアム君スマイルの虜の一人だ。
しばらく見ないうちに大きくなっているのだろうなぁ、マイラ様と共に想いを馳せる。
「ならば、今度の孤児院慰問にお誘いしてみたら如何でしょうか?」
そんな私達にライニール様が言った。
「リアム君と団長さえ良ければですが、同年代の子供達もいますし、良い経験になるかもしれませんよ」
確かに軽々と子供を王宮に呼び出すわけにはいかないし、孤児院慰問に同行という形ならば、マイラ様も私達もリアム君に会える絶好の機会になる。
「素敵。ぜひそうしましょう。ねぇ、良いでしょう、陛下」
「俺ではなくダグラスに聞け」
「ダグラス、お願い」
手のひらを合わせ、小首を傾げてダグラス様を見上げるマイラ様は可愛らしいけれど、あざといですよ、マイラ様。そんなあざとさは陛下にだけにしておきましょうね。きっと喜んで騙されてくれます。その証拠にダグラス様を見る陛下の目がちょっと怖いですから。
「王妃様に願われちゃ頷かんわけにはいかんでしょうよ」
マイラ様のあざとさに負けたのか、陛下のもの言いたげな目線に負けたのか、定かではないけれどダグラス様は頷いた。単純にリアム君の事を思ってだといいけれど、3割くらいはどちらかに負けてだと思う。
「やった、ありがとう、ダグラス」
飛び上がらんばかりに喜ぶマイラ様に、私も顔が緩む。
「良かったですね、マイラ様」
「あなた達も嬉しいでしょう?」
「もちろんでございます」
私は大きく頷いた。
嬉しいに決まっている。あの天使の笑顔で、荒んだ私の心を癒してほしい。
「楽しみですねぇ」
マリィも嬉しそうに笑うものだから、私達は3人してニコニコだ。
「はぁ、全くお前達は変わらんな」
苦笑を隠しもせず陛下は言った。
「だがマーシャ、ダグラスは兎も角、お前はこのままではいられんぞ?」
何の事です?




