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第17話

 それからの道のりは順調そのもの。何の問題もなく、クワンダ国までの行程を進んだ。

 その間に私が何をしていたのかと言うと、まずはクワンダ国へ留学する学生との交流を楽しんだ。

 特例親善大使のお役目は、ただ彼らに同行してクワンダ国へ送り出すだけではない。

 今、彼らは親元を離れ他国への留学に期待と不安で胸がいっぱいなはず。さらには慣れないクワンダ国までの旅路は、体力だけではなく気力も奪ってしまうだろう。せっかくの留学への気持ちをこんな所で折らせるわけにはいかない。

 だから心のケアをするのも、親善大使の私の役目だと考えていた。

 10年前と言えど、私も留学経験者だ。経験に基づいてのアドバイスや、不安な気持ちに対する鼓舞、何よりも留学はグラン国代表として責任が伴う立場であるということの自覚を持つようにと教えていた。過去には親の目が届かないからと言って羽目を外して強制送還になった人もいるのだから、これは要注意である。

 そしてそれと並行して行ったのは、シエルの女官教育だ。


「言葉遣い、ですの?」

「あ、勘違いしては駄目よ。貴女が至らないのではなくて、使い分けを覚えなさいと言っているの」

「使い分け……」

「そう、使い分け」


 学園での進路を女官コースに変更したというのなら、将来彼女は女官として王宮に出仕するのを希望としているということ。ならば特例親善大使の侍女は王宮女官教育には丁度良い。


「一つ目、王家に対して。これは貴族教育を受けているシエルなら大丈夫でしょう。お茶会でのマイラ様との会話で十分であるのは分かっているわ。でもね」


 思い出すのは、王弟妃ご友人として初めて私と対峙した日のリフィと呼ばれていたシエルの姿。


「王家にも序列はあるでしょう? 一番敬うべきなのは国王王妃両陛下。それに準じるのは他国の国王夫妻だけよ。他の王族に媚び諂うのも結構だけれどね」

「……あ」


 私が何に対して言っているのか、シエルは気が付いたのだろう。気まずそうに顔を背けた。


「でもだからと言って敬うべき国王王妃両陛下を軽んじていい理由にはならない。分かるわよね」

「……ごめんなさい」


 居心地の悪そうな顔して謝罪を口にするシエル。素直で大変よろしい、が。


「いいのよ、なんて私は言ってあげないわ。だってそれを口にしていいのは私ではないもの」

「……っ」


 厳しいのは自覚している。でもシエルは過去の自分の行いがどれだけ恥ずべきことなのかを自覚するべきだ。でもね、これは愛の鞭。シエルなら反省を元に成長をしてくれると私は思っているのだから。

 私は心を鬼にして、目に見えて落ち込むシエルを励ますことなく言葉を続けた。


「二つ目、目上に対して」

「……王家に対するものとどう違うの?」


 叱責に近い私の教えにシエルの声に力はない。でもきちんと疑問を呈してくるだけの心意気は残っている。


「王家は敬意の対象。王宮での目上とは王宮序列のこと。まぁ年齢や爵位が高い者はそれに応じた序列位を持っている事が多いけれど、決して絶対ではないわ。いい例が私とシエルね」

「私が?」

「そう。シエルは伯爵令嬢でしょう。爵位だけを見れば子爵家の私から見たらシエルは目上だわ。でも私のシエルに対しての言葉遣いはどう? 目上に対しての言葉遣いだと思う?」


 私の問いに、シエルは首を横に振った。

 

「そう。私は爵位では目上のシエルに対して相応しい言葉遣いをしていないわ。でもそれは私がシエルを軽んじているからじゃない」

「年が下だからでもないのよね」

「そうね。もしシエルが年上だったとしても私は変わらないわ」


 真剣な面持ちのシエル。きちんと私の話に耳を傾けている何よりの証拠だ。


「王宮での私は子爵令嬢としてではなく、王妃付筆頭侍女と言う高級女官なの。そして今は特例親善大使でもある。それに比べて王宮でのシエルの立場は何かしら?」

「…………何の肩書もない侍女ね。貴女より爵位が上なはずなのに、私は下位貴族である貴女の目下だわ」

「そう。それが王宮序列なの」


 だから私はシエルに対してかしこまる必要はないのだ。


「三つ目、これは逆に目下に対してよ。シエル。全体的に貴女の話し方はこれが一番近いわ。居丈高しい、高慢ちき、傲慢。そんなイメージを与えやすいのは自覚しているわね。貴女がどんなに正しいことを言っても相手を泣かせてしまうのはこのせいよ」

「別に見下しているのではないわ」

「見下しているように見える、というのが問題なのよ」


 シエルは押し黙る。


「目下の者だからって無駄に偉そうにする必要はないし、また逆に変に媚び諂う必要もないわ。要はバランスよ」

「……難しいわ」

「あら、案外そうでもないわよ。言葉遣いは変えなくても、微笑みながら言うのと、しかめっ面で言うのとでは印象が違うでしょう」


 例外はあるが、笑顔は好印象を、しかめっ面は悪印象を与えやすい。ほんの少しだけ意識してみるだけで、全然違うはずだ。


「さて、ここまでを踏まえてシエルが私に対して使う言葉遣いをどう思う?」

「…っ!」


 今まで特例親善大使()に対しての言葉遣いを窘めはしていないけれど、間違いなく侍女(シエル)が使うべきものではない。

 

「あ、で、でも、目上の貴女に対して失礼なのは分かるけれど、私そんなつもりじゃ……っ」

「シエルが私を見下しているなんて思ってもいないわよ」 

「そ、そう?」

 私は笑うと、シエルは安心したようにホッと息を吐いた。

「シエルが女官を目指していないのなら、そのままでも私は構わないけれど、特例親善大使()の侍女としてクワンダへ行くのだから、今のままではいけないのは分かるわね」


 シエルは頷く。


「貴女……いえ、マーシャ様と呼べばいいのかしら…」

「ふふ、そうね。人前ではそう呼ぶのが正しいわ。でもそれは人前でだけで構わない。私はシエルが普通に話してくれるのは嬉しいから」

「……なによそれ」

「それじゃあ最後。シエルの私に対しての言葉遣いはこっちだと私は思っているわ」


 にやっと口端を思いっきり上げてシエルを見やると、彼女はびくっと慄く。


「四つ、心を許した人に対して」

「っ‼‼」


 瞬時に顔を真っ赤に染めたシエルに私は満面の笑みで答えた。なんともまぁ、予想通りの反応である。ツンデレ最高。本気で可愛い。


「あ…っ、あ、あ、」


 言葉もなくふるふると小刻みに震え始めたシエルに、ちょっと虐めすぎたかな、とは思うものの、この反応が見たかったのだ。欲望には逆らえないのだから仕方ないじゃないのよねぇ。


「あ、ちなみに否定は聞かないからね。私は信じたいものを信じる主義なもので悪しからず」

「っ! それじゃあ私が何言っても一緒じゃない!」


 そうそう。だから諦めてね。


「ま、それはさておき。私が言いたいのは、この四つを使い分けるのは自分を守る為だということ。王宮で生きていく為の処世術だと思いなさい」


 伯爵令嬢としてではなく、女官としての道を選ぶのであれば魔窟である王宮で生き抜く術は教えてあげられる。


「……貴女が人によって口調が変わるのはここ数日見てきて、最初は人を見て態度を変えるなんて厭らしいって思っていたけど……、そうね。すごく納得したわ…いえ、納得しましたわ」

「そう。出来そう?」

「あまり舐めないで下さる? そのくらい私にとってはどうってことはありませんわ!」


 伯爵令嬢モードに入ったシエルだが、残念。それじゃ侍女の態度ではない。


「シエル……」

「わ、分かっていますわ。ちょっと待って下さいな。ん、んっんっ」


 私の視線の意味に直ぐに気付いたシエルは、数回咳払いをしたあとに深く深呼吸をすると、すっと表情をガラリと変えた。

 口元は微かに笑みを浮かべ、目力の強い目元はほんのりの弧を描き、気の強いシエルとは思えない微笑みだ。


「これで如何でしょう、マーシャ様」


 なんと、口調までも柔らかく、それはまるでどこかの深窓のご令嬢のようだ。


「………ふふふふ」


 お腹の底から込み上げてくるのは、歓喜。それはなぜかって、自分の見る目が確かだったのだから喜ぶのは当然だ。このくらいで、と思う人はいるかもしれないが、いくら王宮序列の説明をしても、そうは容易く高位貴族のご令嬢が下位貴族の私に対して頭を垂れるなんて出来ない。生まれてからずっと培ってきたプライドが邪魔をするからね。

 でも、シエルはそれを実行した。それも完璧以上の仮面を被って。女官を目指す彼女の心意気が見えるというものだ。


「その調子で行きましょう、シエル。期待しているわよ」


 気持ちは親指を立ててウインクである。が、その意味がシエルに通じるとも思えなかったので、その代わりにガシッと肩を掴み満面の笑みで叱咤激励だ。

 シエルが慄いたように見えたのは、きっと気のせいって言ったら気のせいなのである。


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