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お料理好きな福留くん  作者: 八木愛里
第一章

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8.クラブハウスサンドとコールスローサラダ、の巻②


「まずはクラブハウスサンドに入れる具材を用意します」


 トレーに残っているのはトマトと卵とベーコン、レタス。


「そういえば、クラブハウスサンドというのは三枚のパンで挟んだサンドイッチのようですね。諸説あるようですが」


「パンを三枚使うんだね」


 クラブハウスサンドとは何か、という疑問が解消された。


「トマトは輪切り、卵は両面で焼いて、ベーコンはカリッとなるように焼く流れです」


「まずはトマトをやってみるね」


 トマトは簡単そうだと思ったのに、包丁を握ったところで動きが止まってしまう。自分からやるとは宣言したものの、どのように切ったらいいのかわからない。


「僕がやりましょうか」

「お願いします」


 即答して、包丁をバトンタッチして福留くんに任せることにする。

 トマトを横に倒して、真っ直ぐに包丁を入れた。


(もしかして、簡単にできるのかな?)


「トマトの輪切りは包丁の切れ味が良いとやりやすいですよ。ほら、トマトの汁が少ないでしょう?」


 まな板には、少量の汁しか垂れていなかった。


「やってみてください。だいたい1センチくらいの厚さで」

「はーい!」


 今度はできそうだ。小刻みに切れ込みを入れて、小さな力で押していくと包丁がスッと沈み込む。


「できてる! この調子で切ればいいんだね」


「最後の方になったら、切れ目を下にしてスライスするようにすれば、もう一枚切れますよ」


「そっかぁ……!」


 トマトを倒して横にスライスしていくと、同じ厚さで切り終わった。


「ベーコンと卵を焼いていきますが、手分けしてやりましょうか。僕はベーコンを焼くので真島さんは目玉焼きを焼いてもらえますか?」


 目玉焼き。聞いた瞬間に旋律が走る。

 何度挑戦しても、失敗に終わった目玉焼き。成功例がないので、急にやろうとしても上手くいくはずがない。


「……私さ。目玉焼きを作ってみようとはしたことがあるのだけど、一度も成功したことがないんだ。焼きすぎたり、形が広がりすぎてしまったり。私がやるよりも福留くんに作ってもらった方が良いかもしれない……」


「それでは一緒にやりましょうか」


 福留くんは嫌な顔もせずにサラッと言った。


「目玉焼きが広がりすぎるというのはお椀を使ったら解消できますよ。汁物を飲むお椀で大丈夫です。小さいボールでも代用できますよ」


 卵を作業台の端で割って、お椀の中へ落とす。卵の割り方も料理に慣れている人の手つきで、動きに無駄がない。切れ目から殻が綺麗に半分に割れている。


「卵の殻が入ったとしても、菜箸で取り出せは良いですし、気持ちが楽になりませんか」


「お椀を使うんだね。直接フライパンに入れないといけないと思ってた」


「フライパンの上に卵を落としても良いとは思いますが、僕はお椀を使った方が安心できます」


 フライパンを熱して、福留くんはフライパンの上に手をかざす。


「フライパンが温まったら、サラダ油を入れて卵を入れます。温まり具合を感じるために、真島さんも手をかざしてみてください」


「ちょっと失礼します」


 福留くんを真似して手をかざすと、冷たかった指先が温まって、手の平にフライパンの熱が伝わってくる。


「あ……良い感じ」


「温まりましたね。サラダ油を入れるので、中心を避けて端の方に卵をゆっくりと入れていってください」


「やってみるね」


 お椀をゆっくりと傾けて入れると、丸い形に収まった。


「できた!」


 感動のあまりに大きな声が出てしまった。いびつな形の目玉焼きしか作れないと思っていたから、なおさらのこと。


「今回は二人分を作るので、もう一つ目玉焼きを作ってください。くっつかないスペースに入れてもらえばいいですよ」


 お椀を再利用して、その中に卵を割る。パカッと真っ二つには割れなかったけれど、殻が入らず黄身が崩れていないので及第点だろう。フライパンの対角線上にもう一つの卵を入れる。

 塩胡椒を振ると、目玉焼きの端がピチピチと油の音を立てている。


「ここで弱火に変えます」

「スイッチをひねればいいんだよね?」


 スイッチの可動域で弱火のマークのあるところまでひねっていく。


「違います。スイッチではなくて火を見ないと。横から火の大きさを見て、弱火になったかを見るのです。コンロによっても火力が違いますから」


「そうか、火の大きさを見ないといけないのかぁ……」


 熱の入った指導に圧倒されそうになる。仕事では見かけない福留くんの一面だ。

 二人してしゃがんだまま、福留くんはスイッチに手をかけた。


「見てみてください。火力を変えていきますよ。これが強火、中火、弱火、とろ火です」


 スイッチを回していって、火の大きさを変えていく。きっと私が弱火だと思っていたものは、中火に近い弱火だった。


「これが、弱火。コンロでも火力が違うから調節が必要なんだね」


「そうですね。あとは、フライ返しで焼き加減を見て、全体に焼き目が付いたら裏に返して両面を焼きましょう」


「どうして両面焼くの?」


「目玉焼きは片面だけを焼いて、好みによっては半熟に仕上げますが。サンドイッチの具材としては両面を焼くと強い膜ができるから適しているのですよ」


 便宜上というわけか。確かに、食べているときに半熟の黄身が垂れてきたら食べにくいだろう。


「焼き目がついてきたので裏返してもいいですか?」


 フライ返しで裏面を見せながら判断を仰いだ。


「いいですね。まず僕がひっくり返してみましょうか」


 菜箸を使って、側面のカーブを活かしながら丁寧に裏に返した。


「福留くんが器用すぎる……」

「真島さんもやってみましょう」

「……頑張ります」


 菜箸で白身を掴もうとしたら穴が空きそうになる。慌ててフライパンに戻して、今度は優しく白身を掴むと、つるんと滑った。白身の端が折れ曲がってジューと焼けていく。


「福留くん、助けて……」

「貸してください」


 菜箸を渡すと、白身をまっすぐにする。そのまま、白身を引き上げて裏に返した。修正完了だ。自分で焼けるようにするには、家で練習が必要かもしれない。


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