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お料理好きな福留くん  作者: 八木愛里
第一章

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6.福留くんと合羽橋散策、の巻②

「三徳包丁にします」

「それなら、この壁一面が三徳包丁ですね」

「……こんなに種類があるんだ!」


 包丁に刻まれた工房の順番に並んでいて、包丁の色も形も微妙に違っている。


「柄の部分も特徴がありまして、木でできているのは和式柄、光沢のある黒は洋式柄、全部ステンレスなのがステンレス柄です」


 柄もそれぞれ違っていた。母が使っているのは、木の和式柄だ。


「おすすめってあるの?」


「和式柄は手入れが難しくて、ステンレスは手になじみにくい。真島さんの言う、いいとこ取りできるのは洋式柄ですね」


 いいとこ取りできるものなら、そうしたい。

 洋式柄に焦点を当てて目を走らせる。

 一つ包丁をじっと見つめると、刃の下の部分の刻印が目に入った。


藤三郎(とうざぶろう)……ってカフェで習っているときに使っている包丁だよね」


「そうです。三徳包丁に洋式柄で、全く同じモデルですね」


 見た瞬間にビビビと来た。まさに私を待っていたかのように存在しているようだ。


「私、これにする!」


 私の声に福留くんは驚いたように顔を上げる。


「手に取ってみて、感触を確かめてみると良いかもしれません」

「そうだね。あ、店員さん!」


 通りかかった店員を呼び止めて、包丁を出してもらう。

 落とさないように慎重に握ると、手に馴染んでいた。

(間違いない、マイ包丁だ!)


「これください!」


 包丁選びは即決だった。

 お店の人に本刃付けという、使用前に包丁の刃を研いでもらってから自宅用に包んでもらった。




「せっかくなので、ちょっと歩きますか」

「そうだね。他のお店も気になるし」


 まだ十一時で、時間的にも余裕がある。

 包丁の入った紙袋は、これからどんな料理を作ろうかと期待が膨らむ。


「入りたいお店があったら教えてくださいね」


「了解。福留くんも遠慮なく言ってね」


「わかりました。それでは、このまま真っ直ぐ行って、道路の反対側のお店をぐるっと見て行きましょうか」


「いいね!」


 活気のある、種類の違う店は見ているだけでも楽しい。

 お箸の専門店に入ると、またしても外国人の客がちらほらいた。


「お箸、可愛い」


 桜の模様の箸を手に取って福留くんに見せる。


「真島さんにお似合いですね」


 福留くんの顔が綻んだ。

 他にも水玉模様やウサギ等、和テイストのお箸がディスプレイされている。


「マイ箸が欲しくなりますね」


 福留くんが手にしたのは水色から薄紫色のグラデーションの箸。大量生産では出せない色使いだ。


 福留くんのお昼のお弁当は、マイ箸があればきっと役立つだろう。


「お気に入りなデザインだと、ご飯を食べるのも楽しくなるよね」


 結局眺めるだけで満足して買わずに、外を歩き出す。

 店内の女子率が高い店を見つけた。


「ここ入ってもいいですか?」

「入ろう! 私も気になったよ」


 白い食器が並んでいて、白いカップには一本の青いラインが入っている。シンプルだけど使い勝手が良さそうだ。


「白いキッチン用品の店なんです」

「真っ白で揃えるのも統一感があっていいね」

「とくに洋食のときなんかは重宝するのですよ。耐熱皿は作り過ぎたときにラップで保存ができますし」


 白いカップと同じデザインの耐熱皿が置いてある。手を伸ばすと、プラスチックで軽くて使いやすそうだ。


「いいね。この白いお玉とかもお洒落」


 お玉だけでなく、ペッパーミルも白色。全部白いと不思議と高級感が漂う。


「まな板も白ですよ」

「あ、そうだよね……」


 福留くんは丸いまな板を取り出して見せてきた。まな板はよく見かける色だったので、残念ながら高級感のマジックにはかからなかった。


「箸置きの猫ちゃん可愛い!」

「ほんとですね。猫だけじゃなくて、犬やラッコもいますね」


 寝転ぶ猫、背伸びをする猫、頭をかいている猫……全部白猫で、それぞれ表情が愛らしい。

 自然と手が伸びて、とくに気に入った二種類の猫を買い物カゴの中へ入れた。


 店内の入り口に戻って耐熱皿を買おうかと迷う。食器は100均で済まそうと後回しになっていて、家にある皿は片手で数えられるくらいしかない。


「同じ皿を何枚か買っておくと、 何かと便利ですよ」

「そっかぁ。食器が少ないから買っておこうかな……」


 急な来客にも対応できるかもしれない。誰かを招くなんて当分ないのだけれど。


 耐熱皿も買い物カゴに入れる。白いホーロー鍋も魅力的だったけれど、急を要しないものは買うのを我慢。


 両手には包丁の紙袋と、食器類の袋で荷物が増えてきた。


「持ちましょうか?」


 福留くんは気配り上手なジェントルマンだ。


「見た目程じゃなくて、軽いの。福留くんの助けがなくても大丈夫かな。そういえば、時間は大丈夫?」


 腕時計を見ると十二時前。福留くんも腕時計を見て、少し慌て始めた。


「あっという間でしたね。僕は駅まで向かう予定ですが、先輩はどうしますか?」


「……私はもうちょっと見たいお店があるから、寄ってから帰ろうかな」


 福留くんの優しげな眼差しと目が合って、合意するように頷いた。


「では、すみませんがここで解散で良いでしょうか」

「うん。今日は付き合ってくれてありがとうね」

「いえいえ。先輩が気に入る物を見つけられて良かったです」


 福留くんは小さく一礼して、駅の方向に歩いて行った。


 福留くんの背中を見届けると、先程入ったお箸のお店の中に入る。


 福留くんが手に取った、水色から薄紫色のグラデーションの箸を見つける。

 よく見たら、箸の先がカーブしていて、そのままテーブルに置いても先が付かない設計になっていた。


(包丁を見立ててくれたお礼に買って行こう)


 福留くんが驚いてくれる姿を想像して、こっそりと購入した。

※「藤三郎」という包丁の工房は実際には存在しません。また、実在しないお店やアイテムが含まれています。

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