お付き合い後、最初のゆりの誕生日
福留くん視点の話です。
時系列はクリスマス編の前になります。
「……わぁ、こんなところに素敵なお店!」
「入ってみようよ!」
若い女性の二人組がガラス越しに店内を見た。表通りから離れた隠れ家のようなお店。
店の中には、料理の盛られた皿を運ぶ男性がいる。二人の視線に気づいたらしく、顔を上げた。
「店長さんかな? カッコいい!」
キャッキャと話しているうちに、その男性は扉を開ける。
「……すみません、今日は定休日なんです」
「あ、閉店の看板出てましたね。また来ます!」
二人組はそそくさと店を出ていく。
「新メニューの開発をしてたのかな?」、「いい匂いがした!」と遠くで言っているのが聞こえる。
男性ーー福留くんは後悔した。
新メニューの開発でもないし、店長でもない。
二人のペースにのまれて「店の場所を借りているだけです」と言い忘れた……。
気を取り直して、料理の作成に戻る。
喜んでくれるかな、と想像する瞬間が一番の楽しみだ。美味しいと言ってくれたらもっと嬉しいけれど。
料理教室として借りていたお店は、真島さんとお付き合いをしている今でも、たまに借りて一緒に料理している。
広くて快適で気分転換になるし、一人暮らしのアパートにはない大きなオーブンがあって料理の幅も広がるのだ。
待ち合わせ時間のぴったりに真島さんは到着した。敏腕税理士と呼ばれる彼女は、時間にも正確だ。
「渡したいものがあるってなあに?」
「お誕生日おめでとうございます! 僕の特製コースを食べてください」
驚いた真島さんの顔。サプライズは成功だ。
「えええ! 作ってくれたの? 嬉しい!」
笑顔が弾ける。こんな素直なところがあるから、いろいろとしてあげたくなる。彼女の魅力の一つだ。
福留くんが椅子を引くと、真島さんがおずおずと座る。
「まずはサーモンとジュレの前菜から……」
「一緒に食べようよ!」
お皿に一人分しか入ってないのを見て、真島さんが提案してくれた。でも、今日くらいはうんと甘えさせてほしい。
「今日はシェフをさせてください。……ずっと美味しそうに食べている顔を見ていたいんです」
「嬉しいけど、ずっと見られているのも、食べづらいよ」
「安心してください。適度に視線は外しますので」
真島さんは片方の頬を膨らませた。こんな顔も可愛いと思ってしまう。
「もー! そういう問題じゃあ……。今回は、料理人の言う通りにします。いただきます」
一口スプーンを運ぶと、真島さんは「とろーり、さっぱり、美味しい!」と頬張りながら言った。
彼女の反応が、すべてが好きだ。
コース料理を全部キレイに完食した真島さん。
「来月は福留くんの誕生日だよね。私も作るから覚悟していてね!」
サプライズではなく、最初から宣言するのは彼女らしい。自分にプレッシャーをかけた方がうまくいく、と言っていた。
彼女の手料理は、僕が数ヶ月教えた成果もあり、格段にレベルが上がっていた。
どんなものが来ても美味しいだろうと思っていたが、実際に出してもらうと箸が止まらないくらい美味しかった。彼女の気持ちが入っていたからだろうか。
一ヶ月前と同じようにお店を借りて、今度は僕が着席している。
「美味しいです」
「ありがとう。一緒に料理を作るのも楽しいけれど、福留くんの食べる姿を想像して作るのも楽しいね」
そう言われると、嬉しくて胸が熱くなった。
「ああ……好きです」
「私も大好き」
どうしようもなく可愛い。
「真島さん……」
後ろから真島さんをギュッと抱きしめた。
それだけでは物足りなくなって、そっと唇に触れるようなキスをした。
ブラインドを下ろしているので、外からは見えない。
唇が離れると、真島さんは恥ずかしそうな顔をしながら笑った。
「ゆりって呼んでって言ってるのに……」
「仕事のくせが抜けないですね。練習しておきます。……僕のことはいつか、下の名前で呼んでください」
「え?」
「その方が特別感があるでしょ?」
真島さんはなにかを感じ取ったようで、ドキドキしている。
(どうかプロポーズの予約をさせてください)
そんな願いをこめて、僕は思わせぶりに笑った。




