表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お料理好きな福留くん  作者: 八木愛里
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/34

28.魅惑の半熟味付けゆで卵を作る、の巻*

 

 斜め前のデスクに座る福留くんは、毎日手作り弁当だ。昼休み、パーテーションで仕切られているところからは、時折上下する福留くんの後頭部が見える。


「福留の弁当うまそうだな。とくに味付け卵」


 福留くんの背後に秋山課長が立っていた。普段は冷静沈着な頼れる男である。私と福留くんの上司のポジションの人だ。

 福留くんは箸を休めて見上げた。


「よかったら食べます?」

「いいの? じゃあお言葉に甘えちゃおう!」


 秋山課長が目を輝かせている。

 急ぎ足で割り箸を持ってきて、福留くんの弁当箱に箸をいれる。

 何を食べるのかと思ったが、味付け卵だ。


「いただきます」


 そのまま流れるように口の中へ。秋山課長は目を輝かせていた。


「うまいな。お母さんが作ったのか? 半熟でとろけるようにうまいぞ」

「ありがとうございます。……でも、作ったのは僕です」


 謙遜する福留くんに、秋山課長は歯を見せて笑った。

 人懐っこい犬のような顔だった。


「凄いな。半熟の加減が最高にいい! また食べたいくらいだ」

「じゃ、また持ってきますよ」

「ほんとか~? 期待しているぞ」


 秋山課長は福留くんの肩を軽く叩くと、意気揚々とデスクに戻っていく。

 やり取りはしっかりと聞いていた。

 ごくり、と喉が鳴る。


 半熟の味付け卵……! コンビニで買える半熟卵。ラーメンのトッピングの半熟卵。とろける黄身。

 ああ食べたい。鼻歌混じりの秋山課長が羨ましい。

 そうだ……!


 私は、早起きして作ったおにぎりにかぶりつきながらパソコンを見る。

 福留くんに聞かずとも、インターネットで調べれば方法はいくらでも載っているじゃないか。レシピなんて今、日本に無数にあるんだから。


 すぐに福留くんに質問するのはよくない。

 仕事の基本は自分で調べて、自分の中に仮説を作っておくこと。「このように調べましたが、合っていますか?」と聞くことが社会人としての必須スキルだ。

 できる。私ならきっとできる! 福留くんを頼らずともきっと!




「半熟卵を作るコツは、ゆで上がったらすぐに冷水で冷やすこと……ね」


 昼休みが終わると私たちはすぐ仕事に戻り、定時には家に買った。

 家に帰り着くと、私はすぐにキッチンに立った。


 インターネットで検索して、レシピを眺めてみる。さらに調べてみると、「一分ごとのゆで時間のまとめ」が載せているサイトを発見した。当たり前だけど、ゆで時間で半熟の度合いが変わっていくらしい。化学の実験みたいだなと思いながら読み進めていく。

 好みにもよるが半熟にするには、沸騰したお湯に七〜八分ゆでるのが最適なのだろう。


「まずは、作ってみようかな」


 何事も実践あるのみだ。

 実際に料理をしてみないと、感覚的なところはわからない。

 雪平鍋に水を入れて沸騰させる。その間に、お玉を用意した。


「お玉に卵をのせて、そっと入れるんだよね」


 卵の温度が急に変わるため、慎重に卵を入れないとヒビが割れてしまうらしい。

 そっと静かにお湯の中へ入れていく。六個全部を入れ終わって、ようやく緊張が解ける。まったく、ゆでるだけでここまで緊張するなんて。卵、侮れない。

 沸騰したお湯に入れ終わったら、七分のタイマーをセットする。


「――あっ」


 慎重に入れていったのに、六個の卵のうち、一個が割れていた。


「うん、気にしない」


 どうせ固まるでしょう、と自分に言い聞かせて先に進む。


「氷水の用意をしよう」


 冷水で良いらしいけれど夏場には氷水にするらしい。念のために氷水を用意することにする。

 網付きのボウルに氷を入れて、冷水を入れていく。氷が溶けて、時折、からんという音がたつ。その心地よい音に、これから出来るはずの半熟卵への期待が高まっていく。


「あ、そうだ。ゆでている間にタレの準備をしよう。漬け込みたい時は水4:醤油3:みりん2:砂糖1ね。覚えやすい!」


 大さじで測りながら水、醤油、みりん、砂糖を鍋に入れる。火にかけて沸騰させて、混ぜ合わせる。再度フツフツとしたところで火を止めた。タレの匂いだけでも食欲をそそられる。このままでもオカズになってしまいそうだ。


 ピピッとタイマーが鳴って、慌ててとめる。

 お玉を使って卵をお湯から引き上げた。

 氷水のボウルに卵が全て入る。卵の熱を奪っていく気配がした。


「流水に当てながらむくと、綺麗にむきやすい……ってホントかな」


 キッチンの角を使って卵の殻にヒビを入れて、流水の下でむく。


「うわッ。スルってむけた!」


 割れてしまった卵の表面は凸凹していたが、中身には問題がなさそうだった。

 形がいいのに越したことはないけど、何よりも食べられればそれで充分だ。

 むき上がった卵を、私は満足げに見下ろした。


「……ふふ。すごく達成感がある」


 つるんとして、弾力のある卵はほぼ完成に近い。塩をかけてそのまま一口で食べても、それはそれでおいしそうだ。でも今日は、それはグッと我慢。

 ジップロックにゆで卵を入れてから、タレを加えて空気を抜いて封をする。

 あとは待つだけだ。


「これで、完成か。意外と、大変じゃなかったなぁ」


 正味二十分くらいしかかかっていない。

 休日に作り置きしたら、平日の夕ご飯の定番にできそうだ。

 それからお風呂に入ったりパジャマに着替えて、寝る前に一度、ジップロックの上からゆで卵を回す。こうすると、むらなく味を染み込ませられるのだ。


 そして迎えた翌日の夕ご飯。

 スーツの上着をハンガーにかけるとキッチンへ直行した。


(さてさて。半熟卵のでき具合は……?)


 玉手箱を開けるように、わくわくしながら冷蔵庫を開ける。

 ジップロックの上から見ると、表面茶色っぽくていい色になっている。


(よし、味見だ!)


 夕食の用意に入る前に、待ちきれずに味付け卵を一個食べることにする。

 これくらいの贅沢、頑張って毎日働いているんだからいいだろう。

 スプーンで皿に取り分けると、ごくりと喉が鳴った。

 お箸で味付け卵を半分に割ると、濃厚な黄身が垂れてきた。


「わぁ!」


 思わず歓声をあげてしまう。

 切り口は半熟で、食欲がそそられた。

 いよいよ、割った卵を箸でつかむ。とろとろした黄身が、箸の上で垂れていく。

 それ以上落ちないように、思い切って一口で口の中に入れてしまう。


「ん~~!」


 幸福が口の中ではじけるようだった。


(タレがよく染み込んでいるし、とろとろ具合も最高!)


 心の中でガッツポーズをきめる。

 我ながら、最高の出来だ。

 これ以上に美味しい卵料理はないんじゃないかとさえ思う。

 卵は万能だけど、その中でも味付け卵は格別だ。

 残っていた半分も食べると、あっという間になくなってしまった。


(これってご飯と一緒に食べてもおいしいんじゃないの?)


 そう思って、さっそくご飯の用意に入る。

 味付け卵とご飯を、思う存分外食で食べるなんてこと、なかなかできない。味付け卵は外食だと一個百五十円くらいだし、置いている店も多いわけじゃない。ただの卵かけご飯とはまた違った魅力を前に、私は急いだ。


 アジの開きを焼いて、味噌汁を手早く作り、冷凍していたご飯を解凍する。塩ゆでした小松菜にかつおぶしをかけた小鉢も添えて、独り暮らし定食のでき上がりだ。


「いただきます!」


 味噌汁を一口すすると、いつもの味に心が落ち着いた。

 アジの開きも、脂がのっていて美味しい。

 そして、また味付け卵である。

 今後も半分に割って、黄身がこぼれないように口に運んだ。


「おいしい!」


 それに合わせて、白いご飯も口にする。

 うん、やっぱり成功だ!

 タレと卵の半熟加減がご飯にピッタリ。味付け卵だけでも、何杯でも食べられてしまいそう。毎日食べても美味しそうだ。


(よし、半熟味付け卵は我が家の定番にしよう)


 うんうん、と一人で頷く。

 福留くんの手を借りなくても一品マスターできた。この調子でレパートリーを増やしていけば、福留くんに彼女ができたとしても、きっと泣かないで済む。

 私はそう思って、また一口、味付け卵を口にする。




 ○味付け半熟卵のレシピ

 卵…6個

 漬け込み用のタレ…水大さじ4、醤油大さじ3、みりん大さじ2、砂糖大さじ1


 作り方

(1)沸騰したお湯に、お玉を使いながらそっと卵を入れる。衝撃で卵が割れてしまうので注意する。

(2)ボウルに氷水を用意する。

(3)漬け込み用のタレを計って鍋に入れて、混ぜながら沸騰させる。

(4)7〜8分のお好みでゆでたら、氷水で素早く冷やす。

(5)卵が冷めてから殻をむく。流水にさらしながらむくとむきやすい。

(5)ジップロックに漬け込み用のタレと卵を入れ、時々卵を回しながら半日から一晩置く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご自由に書き込みください↓
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ