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お料理好きな福留くん  作者: 八木愛里
第二章

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22/34

22.キノコとベーコンのアヒージョ②*


 福留くんはボウルに入っている塩を親指と人差し指でつまんだ。


「まず、塩少々というのが親指と人差し指でつまんだ量です。小さじ四分の一くらいですね。ひとつまみというのは……」


 親指と人差し指と中指の三つの指で塩をつまんだ。


「中指も入れて三つの指でつまんだ量がひとつまみです。小さじ二分の一くらいが目安ですね」

「そっかぁ。三つの指でつまむことをひとつまみって言うのかぁ」


 勉強になった。塩少々や塩をひとつまみとか、たまに聞くけれど、それぞれつまんだ量が違ういうことを頭の中にメモした。


「塩を入れたらサッと炒めたら火を止めて、こしょうを入れてパセリを散らしたら出来上がりです」


 こしょうのスパイシーな香りが漂い、パセリを散らしたら見栄えが格段に良くなった。


「すごくいい! 期待以上かも」

「それは良かったです。フランスパンがあるので、切って一緒に食べましょうか」

「用意がいいね。私が切るよ」

「お願いします」


 アヒージョとフランスパンだけだと思いきや、福留くんは鶏肉のトマト煮を用意してくれていた。


「女子会ではローストビーフを食べると聞いたので、肉を合わせてみました」


「すごい! ……急にお願いしたのに、用意までしてもらってすみません」


「料理を作るのが趣味のようなものですから。あとは僕が作る料理が好きだと聞いては、何か作らなくてはと思ってしまったんです」


「もう、気を遣わなくていいのに……。ありがとう」


 私の軽率な発言が尾を引いてしまったようだ。何だかさらに申し訳なくなってくる。でも、福留くんの手料理が味わえるのは単純に嬉しい。

 机にはランチョンマットの上にアヒージョとフランスパンと鶏肉のトマト煮が並んだ。


「では、いただきましょうか」


 目の前の料理だけでなく、福留くんが作ってくれたことにも感謝を込めて手を合わせる。


「「いただきます」」


 斜めにスライスされたフランスパンを一口サイズにちぎって、アヒージョの皿の中に浸す。

 しっとりとしたフランスパンを口の中に入れると満足感が広がった。


「アヒージョの塩分がちょうどいいね。パンが進んじゃう」

「ワインともきっと合いますよ」


 グラスに注がれているのは水だけど、ワインがあったら盛り上がるだろう。この場にワインがないのが惜しいくらいだ。


「そうだよね。マッシュルームがいい働きしてる! おいしい!」

「マッシュルームはなくてもいいですが、あると嬉しいですよね。ぜひ入れてみてください」

「これは絶対入れるよ!」


 キノコをスプーンですくって食べると、ベーコンの塩分もいい働きをしていることがわかる。

 マッシュルーム の食感がたまらないし、満足だ。


 キノコを食べたら、肉も食べたくなる。鶏肉のトマト煮をスプーンですくって食べると、トマトの酸味が最初にきて、肉の柔らかさが口の中に広がっていく。


「鶏肉のトマト煮も鶏肉に味が染み込んでおいしい。作ってくれてありがとう」

「どういたしまして」


 福留くんはパンを持つ手を止めた。私の感想を待ってくれているようだ。


「赤ワインにも合いそうだね。白ワインも合いそうだけど、肉だから赤ワインって感じかな」

「赤ワインで煮込む鶏肉のトマト煮もあるくらいですからね。きっと合うと思います」


 ワインの用意がなかったことを惜しいと思いながらも、料理のおいしさを共有することができて満足。

 家で習ったことのおさらいをすれば女子会は完璧だ。




「アヒージョ! いいじゃない!」


 友人の杏の反応は上々。机に並んだアヒージョとフランスパン、さらにローストビーフと赤ワイン。満足そうに杏は頷きを繰り返す。


「こんな女子会をしてみたかったのよ!」

「気に入ってもらえてよかった。赤ワインを開けて、乾杯しよう!」


 「私がやるよ」と杏は言って、ソムリエナイフを使って手慣れたように開けていく。さすが家でもワインで晩酌する人の手つきは違う。


「「乾杯!」」


 カチンとグラスを合わせると、ゆっくりとグラスを傾ける。熱が喉を伝って胸へ落ちていった。

 杏は一口飲んでグラスを置くと、テーブルの上を眺めて首を傾げた。


「そういえば箸休めになるものもほしいかな……?」


 確かに。口直しになるものがあれば、女子会も楽しくなるかもしれない。


「あるよ! 冷蔵庫にポテトサラダを入れていたはず」


 タッパーに入れたポテトサラダを見せると、杏は「いいね! 食べよう」と言った。

 タッパーから小皿に入れて置くと、杏は首をひねった。


「ゆりがポテトサラダとか常備しているなんて……もしかして福留から教えてもらったやつ?」

「料理講座の一番最初にポテトサラダを教えてもらったよ。あのね、実はこのアヒージョも福留くんからアドバイスしてもらった料理なんだ」


 何か言われる前に、福留くんに相談したことを白状しておくことにした。隠そうとしてもどうせボロが出てしまうもの。


「これもかぁ! 女子の好きなものがわかるなんて、福留の奴やるなぁ」

「だよね。ついつい福留くんに頼ちゃった」

「福留と親しくなっているようだけど、杉原さんは大丈夫?」

「杉原さん……大丈夫じゃないかも」


 会社でのやり取りを思い出して、頰に手を当てる。顔面蒼白になっているかもしれない。


「は? 大丈夫じゃないって」

「実は……」


 杉原さんが会社でステンドグラスクッキーを配っていた時のエピソードを話した。その時に杉原さんから「福留さんは渡さないわ」と言われたことも。


「忠告したのに。何しちゃったのよ」

「わからない。取引先へ福留くんと二人で行くことはよくあることだから」


 杉原さんは一体何を見て、私をライバル視するようになったのだろう。


(もしかして、会社で料理講座のお願いをするときに小声で話している様子が気に障ったとか? それなら女の勘が鋭すぎるような気もするし……)


「福留……ね。ライバル多いよ。『会計王子』なんて呼ばれているからね」

「会計……王子?」


 聞き慣れない言葉に耳を疑う。福留くんは若くて爽やかだから、王子と名前がついてもおかしくないかもしれないけれど。


「あら、知らなかったの? 会社の従業員の一人が言い出したら、陰でそう呼ばれているらしいわよ。ああ、本当にゆりったら無頓着なんだから」

「うう……言い返せません」


 呆れる杏に何も言えなくなった。杉原さんが学生時代にCOMCOMコムコムの読者モデルをしていたという話も知らなかったし、福留くんにそんなあだ名があったことなんて、ついさっきまで知らなかったからだ。


「まぁ、ゆりはゆりらしくいればいいってことよ」

「そんなぁ……」


 どうやらこのまま突き進むしかないらしい。

 あっけらかんと私の肩を叩きながら言う杏に、私はため息が漏れた。




 ○キノコとベーコンのアヒージョのレシピ


 材料(二人分)

 キノコ(マッシュルーム 、エリンギ、しめじ等)…150g

 ベーコン…薄切り4枚

 ニンニク…1片

 エクストラバージンオリーブオイル…大さじ4

 塩…ひとつまみ

 こしょう…少々

 パセリ(あれば)…少々


 作り方

(1)キノコは一口大に切り、ニンニクは縦半分に切ってから芽を取り出して薄くスライスする。ベーコンは1センチ幅で短冊切りにする。


(2)オリーブオイルを大さじ4とニンニクをフライパン(スキレット鍋)にいれて弱火で熱する。ニンニクが色づいてきたら、キノコとベーコンを入れて中火で加熱する。


(3)キノコに火が通ったら味見をして、塩ひとつかみとこしょうを少々入れる。仕上げにパセリ少々を散らしたら出来上がり。

※おまけ ~しいたけの軸はアヒージョに入れていいの?~


「しいたけの軸は、今回のアヒージョでは使いませんでした。ですが、どうせ煮るなら一緒に入れてしまってもいいと思いませんでしたか?」


 食べ終わった食器を片付けながら福留くんは言った。

 今回の料理の補足ってことね。

 一人で納得して、しいたけの軸がキノコの傘と一緒にオリーブオイルで熱されているのを想像する。

 別に問題はなさそうだ。


「そうか! そこまで考えなかったけれど、入れてしまってもいいかも」


「いい反応ですね。そう、入れてしまってもいいと思いますが、実際に食卓に出ると、食べやすいキノコの傘ばかりに手が伸びてしまうのですよ」


「ということは?」


「なかなか手が伸びない軸ばかり残ってしまって、残念な気持ちになります。なので軸を一緒に入れることはオススメできません」


 福留くんは悲しげな表情になった。実際に福留くんがキノコの軸を入れてアヒージョを作ったのだろう。


「それなら、先に軸を食べていけばいいじゃない」


 名案が思いついたとばかりに言った私に、福留くんは静かに首を振る。


「いいえ、自然とキノコの傘の方へ手が伸びていくのですよ。たどり着いた結論は、軸はアヒージョには入れないのが正解、です」


「……そうなの?」


「何度か試してみましたが、結果は一緒でした」


「まぁ、好みで入れても大丈夫なんでしょう?」


「オススメできません」


「そっかぁ……」


 福留くんが頑なに言うならそういうことだろう。

 もう、何も言えなくなる私だった。

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