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お料理好きな福留くん  作者: 八木愛里
第二章

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21.キノコとベーコンのアヒージョ①


「外で女子会するにもお金かかっちゃうからさ、たまには宅飲みしない?」と友人の杏から言われて、私は名案がひらめいた。


「そうだ、私のアパートに来てよ! 荷物整理も終わって、人も呼べる状態になったからさ」


 携帯電話を片手に、ソファーの上で足をブラブラとさせる。ダンボールが積み上がっただけの部屋が、家電やキッチングッズを少しずつ増えて生活感が出てきた。乾いた洗濯物は部屋の角で山になっているけれど、少しずつ片付ければきっと大丈夫だ。


「いいね。赤ワインとローストビーフ持ってくよ。ゆりも何か持ち寄ってきてさ」


 持ち寄りかぁ。ただ買うだけじゃ面白味がないかもしれない。


「赤ワインとローストビーフに合うものを考えるよ」

「よし、ローストビーフ仕込んでいくわ!」

「手作りするんだね」


 そういえば杏は凝るところは凝る性格だった。外食もするけれど、ぬか床作りにハマっている。ぬか床を我が子のように可愛がる姿は、新しい一面を見たような気がした。


「たまーに作るんだよね。腕が鳴っちゃう。ゆりは手作りじゃなくても、全然構わないからね」

「あ、うん……。無理のない範囲で考えてみる」


 せっかくだから私も何か作りたい。でも、赤ワインとローストビーフに合わせられるものって何?

 自分で考えてみると言っておきながらアイデアが全く思い浮かばない。

 料理といえば彼。福留くんに相談だ。




 土曜日の昼前に、カフェ&レストランの扉を開けて中へ入る。


「お邪魔します」

「どうぞ。椅子にでも座っていてください」


 カウンターキッチンから福留くんの声がした。先に来て、食材の準備をしてくれていたようだ。

 福留くんに相談したら、女子会にピッタリ合うレシピの講座を開いてもらえることになった。本当に何から何まで頭が下がる。


「マッシュルームにエリンギにしめじ、しいたけ。キノコがいっぱいだね」


 カウンターから覗き込んだら、トレーに入っているものが目に入った。


「はい。今日は『キノコとベーコンのアヒージョ』を作ろうかなと」

「いいね! バゲットと合わせてもおいしそうだし、ワインにも合うね。アヒージョとローストビーフなんて女子会にぴったり」

「そう言ってくれると思っていました。では、早速始めましょうか」

「はい!」


 エプロンは新調して、黄緑色の地に白の縦ストライプの柄だ。新しいエプロンだと気合いも入るし、ウキウキとした気分になる。


「今回は違うエプロンなんですね」


 キッチンに行くと、福留くんはすぐに気がついてくれた。


「春めいてきた季節に合わせて、新しいのを買ってみたんだ。福留くんも毎回違うエプロンしているから、私もほしくなっちゃったっていうのもあるけど」


「そんなに持っているエプロンは多くないですよ。……全部で六、七枚でしょうか」


 エプロンを六、七枚持っているのは多い方に入ると思う。

 でも、私もきっと他のエプロンもほしくなって、知らないうちに枚数が増えていくのだろう。


「そろそろ始める?」

「そうですね。真島さんが目をつけてくれたキノコの下ごしらえからですね。マッシュルームは軸の先が黄色くなっているところは取って、エリンギとしめじ、しいたけは石突きの部分を落とします」


 キノコといえば、筑前煮のときに教えてもらった軸の話が記憶に新しい。「ちょっと待った、しいたけの軸は食べられるから捨てないで!」と慌てた福留くん。思い出すと苦笑してしまう。


「キノコの扱いは筑前煮の時に教えてもらったよね。石突きは取って、軸は食べられるから捨てないのでしょう?」


「そうです。アヒージョでは使いませんが、もったいないので取っておいてください」


「了解」


 マッシュルーム はキッチンペーパーで軽く拭いてから、軸の部分を下にして縦に三等分くらいにスライスした。スライスすることで風味が出るようだ。エリンギは手で裂いていって、しめじとしいたけは食べやすい大きさに切っていく。


「次はニンニクの薄切りですね。まず、ニンニクには芽があるのですが、知っていますか?」

「え? ニンニクって芽があるの?」


 臭いが気になるニンニクはスーパーで買うことがなく、もちろん実物を見たこともなかった。

 福留くんは包丁でニンニクを縦半分に切って断面を見せてくれる。


「ニンニクを縦に切ると、真ん中の色の違う部分が出てきます。これが芽です」


 ニンニクの芽の部分はわかった。でも、当たり前のようにニンニクの芽を取ろうとしているのはどうしてだろう。


「福留くん、ニンニクの芽はどうして取るの?」


 素朴な疑問。気にしなければ、通りすぎてしまう疑問だ。ここで質問しないと疑問に思っていたことさえ忘れてしまう。


「焦げやすくて風味が悪いというのと、エグミが出るからです。芽を取った方が料理がより美味しくなると思いますよ」


「そうなんだ。ジャガイモの芽みたいに毒があるのかと思ってた」


「毒はないですね。全部取ろうと神経質になる必要はないかなという印象ですが、人それぞれかと。芽を取るのは、竹串等を使ってもできますが面倒なので、今回は半分に切ってから包丁と手で取り除いていきます」


 包丁の角をニンニクの根元の部分に斜めから入れて、めくるように上げると芽の部分が押し上がってきた。あとは手で取り除くと簡単に取れてしまう。


「真島さんもやってみてください。あ、包丁には気をつけてくださいね」

「そうだね。やってみる」


 力加減に気をつけながら、包丁を入れていくと芽の部分が持ち上がってきた。よしよし、取れた。


「できましたね。あとは薄切りのベーコンを1センチ間隔で切りましょうか」

「これなら簡単だよね」


 ベーコンを一枚取って切ろうとしたら、福留くんのストップがかかった。


「ちょっと待った。もしかして一枚ずつ切ろうとしてる?」

「そうだけど……」


 ダメ出しが入る予感がする。何かやってしまったのだろうか。


「四枚あるんだから一気にやらなくちゃ。時間が足りなくなってしまいますよ」

「そうかぁ……」


 福留くんの言う通りなので、素直に従うことにする。

 残りのベーコンを重ねて、その上から包丁を下ろすと一気にベーコンが切れた。


「厳しく言ってしまってすみません……」


 私が黙ったのを見て、福留くんは心配そうに顔色を伺ってくる。


「いいえ。厳しく言ってもらわないと上達できません」

「その意気いいですね」

「頑張ります」


 福留くんはクスリと笑った。


「材料は全部切ったので、フライパンに火をかけていきましょうか」

「はい!」


 下準備が終わった瞬間が好きだ。肩の荷が下りたような気分になって、あとはフライパンに任せればいいから。


「スキレット鍋があれば見た目も可愛いですが、小さいフライパンでもOKです。今回は小さいフライパンを使っていきましょう。オリーブオイル大さじ4とニンニクを入れてから弱火で熱していきます」


 スキレット鍋はテレビでも紹介されていたので知っている。料理研究家がスキレット鍋の本を出していたり、スキレット鍋自体が品切れになっていたり流行しているらしい。まだスキレット鍋は持っていないので、小さなフライパンで代用できるならありがたい。一人用に買った小さなフライパンなら家にある。


「ニンニクが色づいてきたら、キノコとベーコンを入れて熱していきましょう。火は中火くらいですね」


 私がトレーからキノコとベーコンを入れると、福留くんがコンロの火の調整をしてくれた。

 ニンニクの食欲をそそる匂いがしてきて、フライパンの中がグツグツと煮えている音がする。


「キノコが火が通るまで煮ていきます。二分くらいでしょうか」

「意外に早くできるんだね」

「そうなんですよ。手間暇かかっているように見えるのに、楽に作れるから女子会向きかなぁと」

「それ……いいね!」


 キノコが小さくなってきて、オリーブオイルに浸るようになってきた。


「味見してみようかな」


 菜箸でキノコを一つ取って、自分の手の平にのせる。軽く息を吹きかけて冷ましてから口に入れる。


「どうですか?」

「火も通っていて、大丈夫そう」

「それは良かった。仕上げに塩をひとつまみ分入れましょう」


 福留くんが塩の入った小さいサイズの透明なボウルを出してきた。入れてください、と目で合図されるが肝心の分量がわからない。


「……先生、塩ひとつまみってどれくらいですか」


「ああ、そうか。そこから説明しないといけないですよね」


 福留くんは呟くように言ってから、優しく説明を始めた。


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