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お料理好きな福留くん  作者: 八木愛里
第二章

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20/34

20.プレーンクッキーの巻②*


 何かしようとしたらすぐ行動。スーパーで材料を仕入れると、早速クッキーを作るべく準備に取りかかる。


 バターは無塩バターを使って、後に塩を少々入れた方がコクが出ておいしくなるようだ。それなら、最初から塩の入っているバターでもいいのかと思うけれど、違いがよくわからない。ネット上の料理の先輩が言うことだから無塩バターの方で間違いはないのだろう。


「まずは小麦粉をザルで振るっておくのかぁ。ザル、ザルと。あった。一回か二回って、どっちの回数振るっておけばいいのか迷う」


 念には念を入れて、二回振るっておくことにする。


「バターをボウルに入れて、練り混ぜてから砂糖と塩を投入するのね」


 泡立て器を手で持ちながら、バターの硬さに苦戦する。数回押しつぶしていくと、硬さが取れてくる。


「バターは袋に入れて、手で揉んでもいいのかぁ。もう、最初から言ってほしい」


 ぶつくさと文句を言いながら、中身を混ぜていく。


「卵を入れて混ぜてから、小麦粉を入れて混ぜるのね」


 材料を入れて泡立て器で混ぜていくと、粉っぽさが取れていく。


「ゴムベラに持ちかえて、さっくりと手早く混ぜていく……? もうちょっと説明がほしいところなんだよね」


 アバウトなところが料理初心者のつまずくポイントだ。携帯電話で詳しく調べていくと、「1の字」を書くようにとか、切るようにとか書かれている。


 疑問に思うより、まず行動してみよう。

 ゴムベラで生地を切るように混ぜていくと、そぼろ状になった。どこまで混ぜたらいいのかタイミングがつかめないが、念には念を入れて多く混ぜてみた。これで生地はOKだろう。

 ラップに包んで冷蔵庫に入れる。


「生地を休ませるのは三十分以上? 三十分なのか、一時間なのか、はっきりしてほしいなぁ……」


 数字を扱う仕事だからか、数字を見ると敏感に反応してしまう。きっちりしていないと違和感がある。嫌な職業病だ。

 一時間も待てない。三十分で良いことにしよう。

 片付けをしながら、待っていると、三十分はあっと言う間だった。


「ラップの上からめん棒で生地を伸ばしていって、5ミリくらいの厚さにするのね」


 めん棒で伸ばす作業は案外楽しい。コロコロ伸ばしていくと、麺打ちの職人になったような気分だ。


 ラップを外して、型抜きに入っていく。100円ショップで買った丸い型で型抜きしていくと、クッキーの原型が出来上がった。オーブンの皿にクッキングペーパーを敷いて、クッキーを並べていく。クッキーの表面には卵を塗った。


 電子レンジのオーブン機能で余熱をしてから焼いていく。焼き時間も180℃で10〜13分とアバウトだ。きっちり半分だと11分30秒くらいだけれど、12分でセットして、様子を見ることにした。

 時間が過ぎていくごとに、クッキーの良い香りが強くなっていく。もしかして成功するんじゃないかという期待も高まっていく。


 電子レンジを覗くと、焼き色がついてきたようだ。電子レンジが止まると、皿を取り出して粗熱を取る。

 こんがりとした焼き色で見た目はおいしそうにできている。


「味見しよう」


 粗熱を取った後、小さいクッキーを選んで口の中に入れた。

 歯で噛もうとして、柔らかいクッキーを想像して小さな力しか入れなかった。ところが歯が沈み込んで行かない。もっと力を入れたら噛み切れた。

 硬いクッキーが出来上がってしまったようだ。


「どうして、どうして、失敗しちゃったのー?」


 ネットでレシピを再確認する。ページの下の方にそれは書いてあった。


『ポイントは混ぜ過ぎないこと』


「嘘でしょう? 最初から言ってよ!」


 どうやら「1の字」を書くように混ぜたときに、混ぜ過ぎて硬いクッキーが出来上がってしまったようだ。念には念を入れたのが失敗のもとだった。


 福留くんがいれば、間違ってしまう前に「違います」と言ってくれるのに、教えてくれる人がいないのは不便だ。福留くんがいないことが悔やまれる。


 やり直しだ。また、明日挑戦しよう。

 失敗を糧にして、次こそ成功するんだ。




 次の日に出来上がったクッキーは、形はいびつだったけれど味と柔らかさはおいしいものだった。

 これなら人様に食べてもらっても大丈夫だ。


(そうだ、日頃お世話になっている福留くんに渡そう。カフェのお礼と、飲み会で迷惑をかけたお詫びの気持ちを込めて)


 見た目は自信がないので、色のついた中身の見えないラッピングをする。


「うん、可愛い」


 自己満足を呟くと、達成感でいっぱいになった。




 いざ、福留くんに渡そうとすると、緊張して声をかけづらい。福留くんが一人になったところで声をかけようとするが、言葉が引っ込んでいく。

 取引先に行くために、福留くんと一緒に車に乗り込んだところで勇気を出して言ってみた。


「福留くん」

「どうしましたか?」

「いや、何でもないよ……」


 カバンの中をチラッと見て、勝手に自信をなくしていく。杉原さんの見た目が可愛くておいしいクッキーが頭の中に浮かんだ。比べると、プレーンタイプの味が良いだけのクッキーはショボく感じてしまう。


「あの、それは?」


 カバンの端から、ラッピングの袋が顔を出していた。

 隠そうとしたら遅かった。福留くんの何か期待するような顔。


「これ、福留くんに。日頃のお礼……カフェのお礼と、飲み会のお詫びということで作ってみたんだけど、下手くそで……」

「嬉しいです。いただいて良いのですか?」

「はい……」


 こうなったら粉砕覚悟で、福留くんにクッキーを渡した。


「ちょうどお腹が空いていて、甘いもの食べたいと思っていたんです」


 ラッピングの紐を解いて、クッキーの一つを取り出して食べてくれる。


「おいしいです」


 緊張して、無意識のうちに止めていた息を吐いた。


「よかったぁ。形が不細工になっちゃって、心配してたんだぁ」


 嬉しい。緊張が抜けていって、安心感が広がっていった。


「料理には一つ大事なことがあって……」


 福留くんが料理講座の先生としてのアドバイスをくれるようだ。


「どんなこと?」

「気持ちが入っているということです。このクッキーは真島さんの気持ちがこもっていておいしいです」

「本当に? 気持ちなら、たくさん込めたよ!」


 クッキーの形の不細工さは気持ちでカバーできてしまうらしい。福留くんにおいしいと言ってもらったことで、クッキーを作り直したかいがあったとしみじみと感じた。


「──そういえば。確定申告の打ち上げの二次会でアパートの前で真島さんから言われたことがあるんですよ」


 全く記憶にない。

 嫌な予感がして、サーッと血の気が引いてくる。


「え、え、私ってば何か言った?」

「言いました。……僕の作った料理が好きだと」

「そんなことかぁ。よかった。ははは」


 変なことは口走っていないようだ。何だ。普通のことじゃないか。

 でも、福留くんはちっとも笑っていない。真剣な様子を見て、笑ってごまかそうとしたのをやめた。


「料理講座では、真島さんが料理を好きになってもらえるように教えているのに、僕の作った料理が好きだとは、僕の教え方もまだまだだなぁと感じました」


 呆れ返っているような表情をする福留くん。本心じゃないとわかっているけれど、軽率な発言をしてしまったようだ。


「た、たぶんそんなつもりで言ったわけじゃないと思うけど、考えを改めるよ。もっと自分を主体に考えないとね。……福留くんを頼らなくても料理できるように頑張ります!」

「え?」

「……え?」


 福留くんは固まってしまった。


(また、変なこと言っちゃった?)


 頭の中が混乱してくる。福留くんが求めていた言葉ではないことを言ってしまったことには間違いないわけで。


「そこは僕を頼ってほしいような……」


 福留くんはショックを受けたように視線をそらせてしまう。最近、どうも福留くんと視線が合わない。何か無意識に悪いことをしちゃったかな?


「先生に対して失礼だったよね! どうしても教えてほしいときは福留くんを頼らせていただきます。色々教えてほしいな」


 慌てて訂正の言葉を入れる。


「……それで大丈夫ですよ」


 安心したような福留くんの表情を見て、これでいいのだと、安心してしまう私だった。




 ○プレーンクッキーのレシピ

 材料

 小麦粉…150g

 無塩バター…90g

 砂糖…80g

 塩…少々

 卵…1/2個

 ぬり用卵…卵1/2個、水大さじ1


 作り方

(1)ボールにバターを入れて、泡立て器で練り混ぜる。バターがクリーム状になったら、砂糖と塩少々を入れて白っぽくなるまで混ぜる。


(2)(1)に卵と小麦粉を入れて混ぜる。粉っぽくなくなったら泡立て器からゴムベラに持ち替える。ゴムベラで生地を切るように混ぜる。生地がそぼろ状になるまでが目安だが、出来上がりが硬くなるので混ぜ過ぎないこと。


(3)生地をひとまとめにして、平べったくラップで包んで冷蔵庫で三十分以上休ませる。


(4)ラップの上から生地をめん棒で伸ばして、5ミリくらいの厚さに伸ばしてラップを取り、型で抜く。


(5)オーブン皿にクッキングペーパーを敷き、(4)を並べてぬり用卵を塗って、180℃に熱したオーブンで10〜13分程焼く。


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