第十話 神聖核(コア)
イリアの口から語られた世界の秘密——。
予想以上に大きく重い事態に、話へ耳を傾けた皆がざわつき動揺を露わにしていた。
それはルーカスも同じだったが、動じたところで事態は好転しない。
(いったん情報を整理しよう)
〝女神の血族〟
——女神の血と想いを継ぐ世界の真なる守り人。
イリアと教皇ノエルはその一族の血を引く女神の子孫である。
〝魔神〟
——女神と同等の存在。
アルカディアを侵略しようと目論む、神。
〝クリフォト〟
——魔神が支配する惑星で、アルカディアに重なり合うように存在している。
〝瘴気〟
——魔神の力にマナが汚染された物質。
それを取り込み変質した動物が〝魔獣〟と呼ばれ〝魔神の先兵〟でもある。
〝惑星延命術式〟
——魔神からアルカディアを守るための術式。
女神が自らを犠牲にして残した結界であり、維持するには失われた〝宝珠〟の代わりに〝神聖核〟が必要で——。
見落としがないように、聞いた話を思い返していて気付く。
先ほど〝神聖核〟の話に触れた時、イリアが口を噤んでしまった事に。
「イリア、宝珠の代わりに必要だと話した〝神聖核〟と言うのはどういう物なんだ?」
ルーカスが尋ねると、勿忘草色の瞳が左右に揺れ動いた。
「……神聖核、は……」
言い淀んで顔が完全に下へ向き、重力に従って、長い銀糸が表情を覆い隠してしまう。
〝宝珠〟は高純度なマナの結晶体だと話していたので〝神聖核〟も同じ様な物だと思ったのだが——どうにも様子がおかしい。
イリアは小刻みに震えて沈黙している。
一瞬、「呪詛の影響がまだ残っているのか?」と考えたが、痛みを訴える様子は見られず、神殿では「全部」思い出したと言っていたので、おそらく違うだろう。
「イリア、大丈夫か?」
心配になり声を掛けながら、膝の上で握られた陶磁器のような手に触れる。
対面のソファに座るシャノン、シェリル、リシアもイリアの様子が気に掛かったのだろう、それぞれの呼び方でイリアの名を呼んでいた。
すると、ゆっくりとした動きで顔が持ち上がり、潤んだ淡い瞳が向けられた。
「……ごめん、大丈夫」
力なくイリアが笑った。
体は震えたままだ。
(——嘘、だな)
泣きたいのに、泣くのを我慢している。
それが手に取るようにわかって、けれど話を聞かない訳にはいかないので、何も言えなかった。
せめて、強がる彼女の心に寄り添えれば——と、固く握られた拳を解き、繋ぐ。
そうすれば繋いだ手が握り返され、小声で「ありがとう」とつぶやく声が聞こえた。
少しの間を置いて、イリアが深呼吸をした。
その後に、再度語る——。
「〝神聖核〟はね、術式を安定稼働させるための——装置なの。
惑星規模の術式を維持するには、莫大なマナが必要で、宝珠は要石として世界のマナを円滑に循環させる役割を担うと同時に、エネルギーの供給源でもある。
それが失われて、不足を補うために、捧げられるようになったのが〝神聖核〟。
一定の間隔で代替えが行われていて、女神の血族の女性——正確に言えば【女教皇】の神秘を宿した者から選ばれる、人身御供の生体装置。
——要するに、生贄よ」
「な……生贄って……! 教団はそんなことをしているの!?」
前方でソファの動く音がした。
シャノンが驚きと怒りを露わに立ち上がっている。
教皇ノエルから聞いた話。
イリアが語る話。
そして彼女の態度と照らし合わせると、何となく察しがついてしまう。
この後語られるであろう答えに、感情と鼓動がさざめき立った。
イリアと繋いだ手に、どちらともなく力が籠められる。
「お姉様、ひとまず落ち着きましょう」
シェリルがシャノンの手を取り、ソファへ座るよう促す姿が見られた。
冷静ではあるが、その表情も決して良いとは言えない。
「感情的になっても仕方ないってわかってるわよ。でも……」
「わかります。まさか、世界が、教団が……こんなことって……」
リシアに至っては敬虔な女神の信者であるため、人一倍衝撃が大きかったのだろう、黒瑪瑙の瞳に雫を溜めて、打ちひしがれている。
「エグい事してるな……」
「全ては世界を守るため、か」
窓辺のハーシェルとアーネストも苦い顔を浮かべている。
次いで「それにしても……」と離れた場所から声が聞こえて、一人掛けソファへ座るロベルトとアイシャへと視線を向けると——。
「教団は何故、真実を隠しているのでしょうか。混乱を招かないため、とも考えられますが……」
「あるいは各国の上層部は、密かに把握しているのかもしれないわね」
顰めっ面で考え込み、推察を述べていた。
その可能性も考えられたが、イリアは首を横に振っている。
「あの枢機卿団が情報を漏らすなんて、あり得ない。
彼らは世界の命運よりも、自分たちの利権を何より大事に考えていて、女神の血族がもう、私たち姉弟しかいない現状でも、何かを変えようなんて思っていない……!
女神様の恩寵たる神秘も、世界を存続させるために必要な女神の血族である、ノエルも私も……自分たちの欲を満たすための、道具としか考えていないのよ!
だから、ノエルは——!」
「……やっぱり、そうなんだな」
悲しみと静かな怒りを乗せてまくし立てるイリアの言葉を聞いて、予感は確信へと変わった。
艶めく唇が動きを止め、結ばれる。
その表情は重く、繋いだ手はさらに強い力で握り返されて、部屋は静まり返っていた。
姉弟と枢機卿団との間にどのような背景があるのか、今は置いておく。
重要なのは、女神の血族がイリアと教皇ノエルの姉弟しか残されていないと言う事。
そうであるのなら——神聖核の条件に合致するのは、必然的に一人だ。
揺れる勿忘草色の瞳を見つめ、確信を持って問う。
「【女教皇】の神秘は……君に宿っているんだな?」
イリアは——小さく、頷いた。
「そんな……」「なんで!?」と、少女達の悲鳴が聞こえて来る。
本当に、運命と言うものは残酷だ。
思わず呪いの言葉を吐き出してしまいそうになるが、飲み込んで彼女の返答を待つ。
「私が全ての真実を知ったのは、一年前。ルキウス様が亡くなる直前に教えてくれた。
ノエルは……もっと前から、知っていたみたい。
代替えの時期は、来年……。
私を術式の生贄にしないため、あの子は別の手段を模索していて——そうして行きついたのが、不足したマナを世界中の人々から負担させ、術式の稼働エネルギーへ回すと言う方法」
——足りなかったピースが埋まって行く。
パール神殿で見た外傷のない司祭たちの死因、そして近年、原因不明とされていた突発的なマナ欠乏症の原因が見えて来る。
「マナ欠乏症は術式の影響……か」
「うん。ノエルが何をしようとしてるか気付いて、止めようとした。でも、ノエルは私を——」
イリアが繋いだ手とは反対の手で、聖痕のある左腹部に触れていた。
「……そうか。そうだったんだな」
教皇ノエルが「守るため」と言った意味を、理解した瞬間だった。
(あの言葉に嘘はなかった。回りくどいやり方で、呪詛を施したのは……全部イリアのため)
彼女は枢機卿団に憤る姿を見せたが、必要に迫られれば自分を犠牲にすることを厭わないだろう。
(そして、教皇ノエルは、イリアを守るためなら手段を選ばない——と言うことか)
極端なやり方ではあるが「大切な人を守りたい」と想う気持ちは理解出来た。
今もそれ故に、気を抜けば噴出しそうになる怒り嘆きを、必死で堪えているところだ。
すすり泣く音が聞こえて来る。
泣いているのは、イリアではない。
彼女は翳りのある表情で、勿忘草色の瞳を対面のソファに座る彼女達へ向けている。
涙を流していたのは——シャノンとリシアだ。
大きな柘榴石と黒瑪瑙の瞳から、大粒の雫が零れ落ちていた。
間のシェリルは、彼女らの背をさすっている。
「お兄様、私たちは先に失礼しますね。シャノンお姉様とリシアさんが、こんな状態ですし……」
「わかった。ゆっくり——は無理かもしれないが、部屋で休むといい」
三人は立ち上がり、シェリルがシャノンとリシアの背を支えるようにして、部屋の扉へと向かって行く。
その背を見送っていると「団長」と呼びかける低音域の声が横から聞こえ、視線を動かして確認すると、ロベルトとアイシャが並び立っていた。
「この件、上層部への報告はどういたしますか?」
「無論、報告する」
惑星の存続に関わる事案だ。
秘匿すべき情報ではない。
「承知しました。では、私から上層部へ報告しておきます」
「なら私は各班の状況確認と、今後の救援活動について、ナビア側と調整を行いますね」
本来は団長である自分が率先してこなすべき職務なのだが、気を遣ってくれたのだろう。
気遣いに対し、心の中で感謝しながら「頼んだ」と返答すれば、二人は「お任せ下さい」「承知しました」と述べて踵を返した。
一つに束ねられた琥珀色の後ろ髪と、後頭部の高い位置でまとめ垂らされた紫の階調のある青髪が、揺れながら遠ざかって行く。
「んじゃ、オレらも行きますね」
「アイシャさん、状況確認は僕らも手伝いますよ」
先を行った二人に続いて、頭の後ろで腕組みしたハーシェルと、眼鏡の額縁を押し上げたアーネストが窓辺から離れソファを追い越して行った。
二、三度、扉の開閉音が聞こえ——静まり返った部屋に、ルーカスはイリアと二人残される事となる。
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