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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第四章 隠された世界の真実

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第八話 地下の祭壇

 記憶を取り戻したイリアに連れられて来た地下の空間。

 奥の壁には魔法陣が浮かぶ、壁画の描かれた扉があった。


 女神の血族。

 教団の真なる守り人、その血を引く者だけが開く事が出来ると言う扉に、イリアが手を触れると魔法陣は砕けて消え——扉もまた開かれた。


 彼女は迷いなく部屋の中へと入って()く。



(女神の血族とは、何だ?)



 疑問を胸に、ルーカスは銀糸の(なび)く背に続いて、部屋の中へ足を踏み入れた。


 そこは手前の部屋と同じ(つく)り、同じ形状の部屋であった。


 違うところがあるとすれば——全面に血管のように木の根と見られるものが張り(めぐ)らされており、床には魔法陣が展開している。

 その中心には丸く透き通った球体の収められた祭壇があった。


 薄暗くはあるが、マナの(きら)めきに満ちていて、かつ文字の書かれた光る青い画面があちこちに浮かんでいるお陰で、最低限の光源は(たも)たれている。


 イリアが言った〝女神の血族〟、そしてこの場所が何であるかはわからない。

 だが、地下を()う木の根については思い当たる(ふし)があった。



「世界樹の根……か」



 創世の時代より世界の中心に(そび)え立ち、神秘的力の(みなもと)であるマナを生み出す大樹(たいじゅ)

 マナを循環(じゅんかん)させるため、大樹(たいじゅ)が世界に根を張っているのは有名な話だ。



「そう、ここは大樹の根が集まる(かなめ)、〝宝珠の祭壇(セフィラ・アルタール)〟と呼ばれる場所」



 前を歩くイリアが立ち止まり、答えた。

 聞き覚えのない単語に、ルーカスは首を(ひね)る。



宝珠(セフィラ)……。初めて聞く名称(めいしょう)だ」

「それはそうだよ。この場所の事は、教団でも一部の人間しか知らないもの」



 イリアは止めた足を再び進め、魔法陣の中央、丸い球体の収められた祭壇の前へと立った。

 その眼前には文字の書かれた画面が存在しており、勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳が画面を注視して何かを確かめている。


 ルーカスと、シャノン、シェリル、リシアもそれぞれ近くの宙に浮かぶ画面へと目を向けた。


 画面はマナ機関で似たような構造の物を見たことがある。

 だが、そこに書かれている文字は見覚えがなく、内容は読み取れなかった。



「この文字は古代語ですね」



 同じように画面へ目を向けていたシェリルが、目を()らしながら言葉を(はっ)した。



「古代語か……」

(わたくし)(かじ)った程度なので詳しくはありませんが、間違いありません」



 古代語であれば見覚えがないのも納得だ。

 遥か昔、創世の時代に使用されていたと言う、いまは使われなくなった言語で、一般教養として(なら)うものではない。


 読めるのは学者などを(こころざ)し、専攻して習得している者くらいだろう。

 

 そう思ったのだが——。



「……ええっと、惑星……」

「リシア、わかるの?」

「はい。女神様の神話が書かれた書物の原文は、古代語が多いので勉強しました」



 意外にも趣味で習得している者がこの場にいた。

 

 リシアの黒瑪瑙(オニキス)の瞳が、(ほの)かに光を放つ画面の文字を追い、書かれている言葉を(つむ)いで行く。



「……保護……命……いえ、延命? ……術式? え?」



 (つむ)がれた単語に、ルーカスは眉根を寄せた。


 〝惑星延命術式〟——リシアの言った単語を繋ぐとそうなる。

 どう考えても、(おだ)やかな意味には(とら)えられず、嫌な予感がした。


 ルーカスだけでなく、単語を読み取ったリシアも動揺を浮かべ、シャノンとシェリルも「何なの?」「……延命?」と、表情と言葉で戸惑いを表していた。


 ルーカスは答えを求めるように、イリアへ視線を送った。



(この場へ(みちび)いた彼女が、何も知らない訳がない)



 淡い青、勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳と視線が(まじ)わって——()らされてしまった。

 その面持(おもも)ちは(うれ)いを()びている。

 

 無言のままイリアが祭壇の球体に手を伸ばし、触れた。


 そうすれば球体が一瞬発光して、そのちょうど真上に、新たに半透明の画面——文字らしきものが羅列(られつ)された操作盤(パネル)が浮かび上がった。


 イリアの白い指先は優しく操作盤(パネル)を叩き、そして薄紅(うすべに)に色付く唇が、ゆっくりと言の葉を形作って()く。



「惑星延命術式——通称(つうしょう)〝女神のゆりかご〟。

 ここは世界に(じゅう)……いえ、十一(じゅういち)ある宝珠の祭壇(セフィラ・アルタール)の一つで、この場所は惑星に(ほどこ)された〝惑星延命術式(女神のゆりかご)〟を維持するための(かなめ)


 〝女神のゆりかご〟——それはイリアが歌った、イリアだけの歌だと思っていた。

 だが、予想外にとんでもない意味が隠されていたようだ。


 ルーカスは鼓動の跳ねる音を聞きながら、ディーンの話を思い起こしていた。

 枢機卿(すうききょう)がその名を知っており、焦った様子で「限界」と口走ったと言う件を。



(あれは、こういう事だったのか)



 あの時の言葉が線となって繋がった。


 だが気になるのは〝惑星延命術式(女神のゆりかご)〟が何のための物かと言う事だ。

 延命と言うからには、惑星の存亡に少なからず関わるのだろう。


 それを問うため、ルーカスは言葉を口にしようとしたのだが——。



「やっぱり——術式が、書き()えられてる。それに、これは宝珠(セフィラ)じゃない! 一帯のマナを術式のリソースへ……マナ欠乏症はこれのせい。ともかく術式の一部変更を破棄。小経(パス)を繋いで——」



 焦って(ただ)ならぬ様子で矢継ぎ早に告げ、画面を確認しながら手早く操作盤(パネル)を叩くイリアの姿に、開きかけた口を(つぐ)んだ。


 周囲に浮かぶ画面が赤に染まり、甲高い音が鳴り響く。


 不安を(あお)るかのような音色(ねいろ)に、シャノン、シェリル、リシアは落ち着かない様子で、ルーカスの背後で身を寄せ合っている。


 イリアが懸命(けんめい)に、目線と操作盤(パネル)を叩く指を動かしているが、音が鳴り()む気配はなかった。


 ——そうして(しばら)くの時間が過ぎても状況が変わる事はなく、イリアは作盤(パネル)を叩く手を止めると拳を握りしめて、叫んだ。



「ノエル! どうして、貴方は——!」



 血の繋がった彼女の弟、アルカディア教団の頂点、教皇ノエルの名を。


 唇を()んで血相を変えたイリアが駆けて横を通り過ぎ、部屋を飛び出そうとする姿が見えて——ルーカスは慌てて彼女を追い、その手を掴んだ。



「イリア、待ってくれ!」

「放して! 行かないと! あの子を止めないといけないのよ!」



 振り向いて声を張り上げたイリアは、(ひど)動揺(どうよう)しているようだった。

 今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。

 


「どういう事なんだ? 説明してくれ」



 こうまで取り乱す理由とは何なのか。

 彼女の力になりたくても、その理由がわからないままではどうする事も出来ない。


 (たず)ねれば、イリアは苦しげに顔を(ゆが)めて、体に力が()るのが掴んだ手首から伝わってきた。



「——あの子は、ノエルは! 世界のために、私のために、世界中の人の命を犠牲にするつもりなのよ!」



 悲痛な叫び声が耳に響く。

 彼女の口から飛び出たのは、にわかには信じ(がた)い衝撃的な話だ。

 

 だが、教皇ノエルと対峙した時に見せた彼の言動——怒りと絶望を知った眼差しに、氷のような殺気を放つ姿が脳裏に浮かんで、あり得ない事ではないと思えた。


 過去の自分がそうだったように、激情を秘めた人間は感情が爆発した時、何をするかわからない。



「それはここにある、〝惑星延命術式(女神のゆりかご)〟と関係あるのか?」

「そうよ! このままだと、取り返しのつかない事になる! だから、行かないと、止めないと……!」



 イリアもまた、感情に流されるがまま行動を起こそうとしているのが見て取れる。

 ルーカスは(つと)めて冷静に振る舞う。



「とりあえず落ち着くんだ。止めるにしても、君一人でどうにかなるのか?」

「でも、だとしても、私が止めないといけないのよ! 私にはその責任が——!」

「いいから落ち着け」



 切実な声で大きな勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳を揺らし、今すぐにでも手を振り切って走り出そうとするイリアを、ルーカスは(のが)さなかった。


 両腕で捕まえて抱き込み、強張(こわば)る彼女の体と気持ちを落ち着かせるように優しく背を叩きながら、耳元で(ささや)く。

 


「言っただろう? 力になるって。一人で背負うな、頼ってくれ」

「——あ……」



 そうすれば、幾分(いくぶん)か落ち着きを取り戻したのか、イリアの肩から力が抜けて、脱力していくのがわかった。



「……ごめん」



 静かな高音域(ソプラノ)(つぶや)きが聞こえ、銀糸の流れる頭が肩に寄せられた。

 

 ——先程までのように、急に駆け出す事はもうなさそうだ。


 

「とりあえず、一旦ザフィエルへ戻ろう。そこで話して欲しい。イリアが何を(かか)えているのか、教皇ノエルが何をしようとしているのか」

「うん」



 イリアがこちらの胸に手を当て、軍服を握り込んで震えている。

 

 その姿は(かか)え込んだ事態の大きさを、物語るかの様だった。

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