第四話 水の都市・花のザフィエル
聖歴二十五年 パール月二十四日。
その日の早朝、救援要請を受けてエターク王国から船でナビアを目指したルーカス率いる特務部隊がナビアの首都ザフィエルへと到着した。
ナビア連合王国・首都ザフィエル——。
水の都、あるいは花の都と呼ばれるこの都市は、街中と都市の周辺に水路が張り巡らされており、中心部には女王の座する宮殿が存在する。
建物の立ち並ぶ土地は水路で六つの区画に分かれており、その形状は花の花弁のようであった。
王都オレオールに通ずる構造から、オレオールは星、ザフィエルは花、星花の双子都市と言われる事もある。
寒色系や白に塗られた屋根や建物が多く、合間を縫って存在する青い水鏡と調和して、平時の街は雅やかな景色だった。
しかしその美しき都は——未曾有の大災害により、変容していた。
到着早々、ルーカス達は目にした光景に言葉を失った。
街中の至る所に、震災と魔獣襲撃の爪痕が色濃く残されており、崩れた景観と顔色の悪い住人の姿から本来あったであろう活気は消え失せていた。
また、道端に倒れ込んでいる人もいて——イリアとリシアは、その姿を見るなり髪を靡かせ駆けて行った。
「大丈夫ですか!?」
「う……うぅ……」
「……マナ欠乏症だね。治癒術じゃ、治せない」
倒れた人の状態を魔術で診たイリアが、顔を顰た。
一般的な治癒術は体内のマナを活性化させる事で、細胞の再生を促し怪我を治癒させる。
マナ欠乏症は、体内を巡るマナが著しく低下することにより体調不良に陥る病であるため、治癒術は意味を為さない。
軽症であれば自然治癒するが、重度の場合は不足したマナを補うために専門的な治療が必要となる。
(ザフィエルの状況、話には聞いていたが——)
予想よりもずっと悪い状況に、ルーカスは眉根を寄せた。
街の復興はままならず、動いている人達も元気がない。
恐らくマナ欠乏症の影響なのだろうが、歩いているそばからふらつき倒れ込む人影もあり、健常な人を探すのが難しい。
街の雰囲気のせいか、ルーカスはどこか息苦しさを感じていた。
すると、アイシャの大きく開かれた紫水晶の瞳が街を見渡して——と言うよりは、周囲の宙を見ており、そして何かに気付いたのか、目線をそのままに唇を動かして、言葉を発した。
「大気のマナが薄いですね。それに、何と言うか……体内のマナを消費して、魔術を行使する時の感覚に似たものを感じます」
「言われて見ればそうですね。ほんの少し違和感を感じる程度ですが」
アイシャの発言にアーネストが同意を示し、後方に続いた特務部隊の団員達もにわかにざわついた。
マナとは、世界樹から生み出される神秘的力の源。
人の体内にも存在していて生命の維持に欠かせず、魔術・マナ機関の原動力ともなっている物質だ。
創世の時代より大気には当然のようにマナが満ちており、魔術を行使する際など、マナの密度の濃い場所では視覚化する事もある。
そして人は無意識下にマナを体内で貯蓄・循環させている。
そのマナが薄くなっている——つまり、枯渇していると言うことだろう。
そればかりか、体内に保有するマナが何らかの要因によって消費される感覚があると。
(今感じている息苦しさも、それが原因か?)
ナビア側がどこまで情報を掴んでいるかはわからないが、もしそうであるなら、一刻も早く原因を突き止める必要があるだろう。
「ほー、魔術師にしかわからない感覚ってやつか?」
「おまえは何も感じないのか?」
「全ッ然」
ハーシェルがけろりと言って退け、問いかけたアーネストが唖然としている。
「こう言う時は、ハーシェルの図太さが頼もしく見えますね」
二人の会話を見ていたロベルトが、感心した様子でルーカスに述べた。
「だな、短所すら長所に思えてくるから不思議だ」
魔術の造形に深く、マナの扱いに長けた魔術師がその機微に敏感であるのは当然だが、そうではないルーカスでも息苦しさと言う異常を感じていた。
だと言うのに、それを物ともせず平然といつもの調子を見せるハーシェルは、何故だかロベルトの言うように頼もしく見え、羨ましくも思えた。
「お兄様」
不意に背後から声が掛かる。
振り返れば双子の妹達がルーカスを見ており、シェリルが長い桃髪を揺らして一歩前へ出た。
「この後の行動は、まずは王宮へ——ですか?」
「そうだな。もどかしいが、勝手な行動は出来ない」
救援のために来たとは言え、こちらで好きに動いて支障があっても困る。
「なら、お義姉様とリシアを呼んでくるわね」
と、シャノンがハーフアップもまとめた髪を後ろ背に靡かせながら、倒れた人々を介抱する二人の下へ駆けて行った。
——そうして、ルーカス達は街の中心部に位置する宮殿へと向かう。
(まずは救援物資の受け渡しと——その後、情報の共有と確認のために女王と謁見だな)
街の惨状を目にして、一刻も早く何とかしなければ、気持ちが逸り、王宮へ向かう足も自然と速まった。
水路に囲まれたナビアの宮殿がある中心部へ。
六つの区画の陸地から架けられた橋が渡って進む。
宮殿のある区画の一帯は、以前イリアが展開した領域魔術『慈愛の七つの円環』に酷似した防護壁に覆われており、内部に足を踏み入れると、街中で感じていた息苦しさがすっと消え去った。
(おそらくこれは、護国の英雄と呼ばれる【刑死者】の神秘を宿した使徒、ヴェルデ・ヘンウッドの力だろう)
彼の能力の本質は、二つ名が表すように「守護」である。
見た目と装備もいかにもと言った重装備の騎士なのだが、防御と結界の魔術に精通しており、彼ならばこのような芸当は造作もない事だ。
着々と歩みを進めて行くと、宮殿の外観が見えて来た。
宮殿の屋根は青くドーム状の形をしており、壁は白くレンガ調の石積みで、要所には円柱が用いられ、見た目にも美しく王の居城に相応しい優美な建物だ。
入口付近には衛兵の姿があり、彼らはこちらに気付くと一斉に礼を取った。
ルーカスは皆に制止の合図を送り、衛兵へ歩み寄る。
「エターク王国騎士団所属、特務部隊団長ルーカスだ。貴国の救援要請を受け、応援に駆け付けた。取り付いでもらえるか?」
「王国の皆様、お待ちしておりました。どうぞ宮殿内へ、ご案内致します」
「ああ、よろしく頼む」
事前にしっかりこちらの訪問が周知されていたのだろう。
そこからは円滑に事が運び、救援物資の受け渡し等、迅速に作業は進められて行った。
しかして、ルーカスとイリアは確認作業の最中呼び出しを受け——謁見に臨む。
【女帝】の神秘を持った使徒。
この国の女王陛下、カルミア・ローリエ・ナビアとの謁見に。
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