第三十二話 向き合う覚悟
未曾有の大災害と呼ばれる一連の騒動から二日ぶりにイリアは目を覚ました。
お腹を空かせた彼女を食堂へと連れて行き、存分に食事を楽しんでもらった後。
ルーカスは身支度を終えたイリアと共に、談話室を訪れていた。
陽を取り入れるための大きな窓が多く立ち並び明るいこの部屋は、歓談の場としてよく使用されていた。
部屋の扉を開き入室すると、中で待っていたルーカスの妹、双子の姉妹シャノンとシェリルのくりっとした紅い瞳と、黒瑪瑙を思わせるリシアの瞳が二人へと向けられた。
「イリアさん! よかった、目が覚めたのね」
「もう大丈夫なんですか? 一人で走って行ってしまったから、とても心配したんですよ」
シャノンとシェリルがウェーブがかったふわふわの桃髪を揺らして、駆け足で歩み寄る。
妹達は両手を広げて、イリアの側面からそれぞれ抱き着いた。
「シャノちゃん、シェリちゃん。心配かけてごめんね」
「本当よ。あまり一人で無茶はしないでね?」
「そうですよ。私たちの事も頼って下さい」
「うん、ありがとう」
イリアは可愛らしく微笑み、顔をうずめて抱き着く二人の背に手を回して、優しく抱きしめていた。
妹達との仲の良さを思わせる微笑ましい光景に、ルーカスは自然と笑みをこぼしてしまう。
「イリアさん、体調はどうですか?」
少し遅れてやって来たリシアが、ふんわりと丸みの帯びた亜麻色のショートヘアの頭を傾げて尋ねた。
「リシアちゃんも心配してくれてありがとう。もうすっかり元気だよ」
「念のためあとで診察しますね。あ、シェリルさんもですよ」
リシアの体調への気配りを忘れない姿勢は治癒術師として流石だな、とルーカスは思った。
イリアもそうだが、先日の騒動で負傷したシェリルへのケアも忘れていない。
大した事はないと本人は語るが、やはり頭部への負傷は怖い。
後になって症状が出る事もあるため、経過観察は大事だ。
気遣うリシアに対し、イリアとシェリルから「はーい」「わかりました」と返事が聞こえた。
すると、その返事を聞いていたシャノンが顔を上げ、イリアをまじまじと見つめた。
「なんか、イリアさん雰囲気変わった?」
「そうかな? 記憶が戻ったからかもね」
「え!?」
さらりと何でもない事のように言って退けたイリアに、シャノンそれからシェリルとリシアが目を見開いた。
驚くのも無理はないだろう。
「とりあえず、座って話さないか?」
長い話になりそうだと感じたルーカスは部屋の中、入口にほど近い暖炉の前のソファを手で示し提案する。
四人は頷いて同意を示し、話はソファへ場所を移して続けられる事となった。
テーブルを挟んで対面側のソファにリシア、シェリル、シャノンが座り、ルーカスの隣にはイリアが座った。
自然とこのような席順になったのだが、イリアは恥ずかしげもなく肩が触れそうな距離に座るのでこちらが照れてしまう。
身をよじって距離を取れば「どうしたの?」と不思議そうな顔を向けられて。
(そう言えばイリアは昔から妙に距離が近いところがあったな)
その事を思い出して、「なんでもない」とルーカスは照れ笑いを浮かべた。
「それで、記憶が戻ったと言うのは本当なのですか?」
「うん。全部ではないけど、思い出したよ」
シェリルの問い掛けに、イリアは大きく首を縦に振り、肯定した。
そうして背を伸ばし、柘榴石があしらわれた金細工の腕輪の光る左手を胸に当てると——。
「私は女神の使徒。【太陽】のレーシュ。
女神様の祝福、神秘を授けられた者として、困難を打ち破り人々を守る事を使命に生きて来た、教団の魔術師兵」
胸を張って堂々と言い放った。
「お兄様から聞いてはいたけど……そっか」
「【太陽】の神秘が持つ浄化の力が呪詛を打ち破ったんですね」
シャノンとリシアが納得した様子で呟いた。
とはいえ呪詛の影響はまだ残っているので「完全ではないけどね」と、イリアは言葉を続けて見せた。
「ご自身に起こった事については、覚えてらっしゃるのですか?」
「ルーカスにも話したけど、その辺の記憶は曖昧で思い出せないの」
「そうなんですね……」
シェリルの問い掛けには首を横に振って否定していた。
教皇ノエルが枢機卿団からイリアを守る為に呪詛を施した事は確実であるが、その確たる理由は未だにわからぬままだ。
(イリアの記憶が完全となれば、その理由も明らかになるのだろうが——)
これまで記憶を取り戻した過程を考えると、もうしばらく時間がかかるかもしれないな、とルーカスは思った。
イリアの身に起きた事を考えていると、シャノンが忙しなく紅い大きな瞳を動かして、こちらとイリアを交互に見ている様子があった。
「シャノン、どうした?」
「シャノちゃん?」
その様子が気になって声をかけると、イリアの声と重なって響いた。
あまりにもタイミングよくハーモニーを奏でてしまったためイリアを見ると、勿忘草色の瞳とかち合って。
同調したかのような動きに、ちょっとした驚きと面白さを感じ、どちらともなく笑ってしまった。
一連の様子を見ていたシャノンが目を丸くしながら口を開く。
「息ピッタリ……。お兄様を呼び捨てにしてたし。
結局、お兄様とイリアさんってどういう関係なの?」
「お姉様、この前は『野暮な事』とか言ってませんでした?」
「それはそれ、これはこれ。お兄様に聞いても友人だってしか言わないし。
二人だって気になるでしょう? どうやって出会ったのか? とか」
〝この前〟と言うのがいつの事かはわからないが、シャノンは興味深々にこちらを見ながらシェリルとリシアに同意を求めた。
「そうですね……。記憶が戻ったという事であれば、その辺も是非詳しく聞いてみたいところではありますが」
「それは……ちょっぴり? 興味ありますけど」
シャノン、シェリル、リシアはどこか楽しそうに、期待に満ちた視線を向けた。
(どうやって——か)
ルーカスはイリアとの出会いの記憶に思いを馳せた。
出会いは、戦場の記憶だ。
彼女たちが期待するようなロマンチックなものではない。
「二人にも話してなかったんだね」
イリアが憂いを帯びた表情でルーカスを見つめた。
「色々と事情も絡んでいるからな。単純に話しづらかった、と言うのもあるが……」
「ん、そうだよね。話すか話さないか、それはルーカスに任せるよ」
イリアとの出会いを語るには、あの悲劇の真相から話さなければならない。
表向きには隠された、真実を。
この左腕の腕輪に抑制されている忌まわしい力についてもだ。
リシアは面識などなかったので当然だが、妹達にもこれまで話してこなかった。
二人が幼かったのも理由の一つだ。
しかし今は——あの頃とは違う。
二人は成人し、軍に属する騎士として立派に成長している。
彼女と親しかった、妹達も知る権利があるだろう。
(いつかは話すべき事だと思っていた。
……逃げていてはダメだな)
ルーカスは両手の拳を握り覚悟を決める。
過去と向き合う覚悟を——。
「あの悲劇にも関係する事だ。聞いて楽しい話ではないと思うが、それでもいいか?」
そう前置きをしてルーカスは、シャノン、シェリル、リシアと向き合った。
彼女達は真面目な話であると悟ったのだろう。
先ほどまでの楽しそうな表情を一変させ、口元を引き締めて真剣な表情を浮かべた。
若干の戸惑いを見せながらも、三人は首を縦に振る。
肯定の仕草を見て——ルーカスは大きく息を吸って、吐き出した。
思い出すのは辛く悲しい。
話す事に恐怖を覚え、緊張もする。
少しでも気持ちを落ち着かせようと深呼吸したものの、効果はあまりない。
ルーカスは三人を見つめ——しばらく沈黙を続けた後に、重い唇を開いた。
「〝ディチェス平原の争乱〟……イリアと出会ったのは、あの戦場でだよ」
六年前、エターク王国とアディシェス帝国との間に起きた戦争。
ディチェス平原が舞台となった、数多の命が散った悪夢の戦場だ。
ルーカスが〝救国の英雄〟と呼ばれる事となったきっかけの戦いでもある。
「あの悲劇」と聞き、彼女たちが連想した出来事は一つだろう。
「——カレンが命を散らせた、あの戦乱、あの悲劇の場所で。
……俺たちは出会ったんだ」
カレン・ティス・グランルージュ・エターク。
彼女はエターク王国・第一王女、皇太子であるゼノンの妹。
ルーカスと双子の姉妹たちとは従兄妹であり幼馴染でもあった。
そして——少女はルーカスの婚約者だった。
〝ディチェス平原の争乱〟で起きた悲劇。
それは、彼女が無惨な最期を迎えた、痛ましい過去の記憶だ。
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