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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第三章 動き出す歯車

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第十六話 過ぎ去る嵐

 城郭都市オレオール、王城前。


 早朝のルーカスと教皇ノエルの対談は秘密裏に行われ、その場に居た者以外に知られる事なく終わりを告げた。


 そして今日は、教皇ノエル(ひき)いる巡礼団が聖地巡礼(ペレグリヌス)の目的地の一つ、ターコイズ神殿のある領地ラツィエルへと旅立つ日だ。


 巡礼団の見送り(けん)警備のため、ルーカスたち特務部隊は城門前に立っていた。

 騎士団からも多くの人員が動員され、王都の外へと続く北東の門までの道のりを守り固めている。


 (みな)腰に帯剣しており、腕は後ろへ、背面(はいめん)のおおむね骨盤の位置で組んで、待機の姿勢を取っていた。


 緊張感のある雰囲気の中、両サイドをハチまで刈り上げた金髪を乱雑に掻きながら、ハーシェルが「ふああ」とあくびを()らした。

 その余韻(よいん)淡緑玉(エメラルド)の瞳に涙が浮かんいる。


 緊張感がなく気の抜けたあくびを繰り返すハーシェルに、両隣のアイシャとアーネストが(するど)い眼光を向けた。


 アイシャの()()がった紫水晶(アメジスト)の瞳は(するど)さを増し、眼鏡越しに見えるアーネストの紺瑠璃色(ダークブルー)の瞳も冷やかだ。



(ハーシェルはいつも通りだな……)



 ルーカスは心の中で苦笑いを浮かべつつ、隣で顔色を変える事なく、青翠玉色(エメラルドグリーン)の瞳を彼らに向ける自分の右腕——副団長のロベルトと共に、静かに並び立った。






 巡礼団の出発する時間が刻一刻(こくいっこく)と迫る中——。


 警備に立つルーカスの耳に、王城の方から馬蹄(ばてい)の音が届いた。


 自然と視線が音の方へと向かう。


 見れば()()()()(なび)かせた白馬がこちらへと駆けて来ていた。


 馬上には当然、人影があった。

 (まと)衣裳(いしょう)は赤と白を基調とした儀礼服に、白のパンツスタイルだ。


 桃色の髪を頭頂部で丸くまとめ、鮮やかな紅の瞳、そして年齢不相応(ふそうおう)に若々しい女性——ルーカスの母、公爵夫人でもあるユリエルが手綱(たづな)を握り(またが)っていた。


 馬上からこちらの姿を(とら)えたのであろう母が「ルーカス!」と呼ぶ声がした。

 ユリエルが手綱(たづな)を引き体を起こすと、白馬は徐々にスピードを落としていく。



「母上、どうかされたのですか?」



 小走りになり、惰走(だそう)でゆっくりこちらへと近付く母に問いかけた。


 そうして白馬はルーカスの前で動きを止めて、ユリエルが慣れた様子でその背から飛び降りる。



「またしばらく会えなくなるでしょう? その前にと思ってね」

「そう……ですね。シャノン、シェリル、父上とはゆっくり話せましたか?」

「ええ。今朝、邸宅で別れの挨拶を済ませて来たわ」



 ——実は母とこうして話すのは、あの庭園の夜以来だった。


 一昨日は最終調整の会議と確認作業があり、昨日も朝から忙しく職務に追われた。


 昨晩はイリアと夜の祭典へ出掛けたが、母は晩餐会(ばんさんかい)へ出席したため、お互いに邸宅へ戻る時間はバラバラ。


 今朝も教皇ノエルに呼び出され朝早く出かけたので、時間に余裕を持って、顔を合わせるタイミングがなかったのだ。


 特務部隊の団員と、警備に立つ騎士たちから、好奇の目が向けられている。


 周りの視線とあの夜以来と言う事もあり、ルーカスは若干(じゃっかん)の気まずさを覚えた。


 しかしこの後、ユリエルは巡礼団の護衛として公爵家の領地ラツィエルへ立つため、場所を移している時間はない。


 持ち場と姿勢を維持したまま、取り留めのない話を続け——時間が過ぎ去って行った。



「——そろそろ時間ね」



 出立の時間が迫り、ユリエルが名残惜しそうに眉尻(まゆじり)を下げた。


 母には領主の仕事があるため、またすぐに会うのは難しい。


 別れの言葉としてはありきたりだが、道中の無事と体調を(ねぎら)う言葉を掛けるため唇を動かそうとしたところで——ルーカスはユリエルの腕に抱きしめられていた。


 周囲がにわかにざわつく。

 公衆(こうしゅう)の面前での抱擁(ほうよう)に、()も言えぬ羞恥心(しゅうちしん)が込み上げる。


 しかし動揺(どうよう)(さと)られまいと平静を装う。

 待機の姿勢を崩さず、母の行動に対して抗議(こうぎ)の声を上げようとした。


 すると耳元で「この前は傷を(えぐ)る様な事を言って悪かったわね」と(ささや)かれた。


 あの夜の事を言っているのだろうと、すぐに理解できた。



「……いえ、俺の方こそ心配をかけてすみません」



 こちらも大人気のない態度を取ってしまったため、お互い様だとルーカスは思った。


 肩へ回された腕にぎゅっと力が(こも)る。

 そうした後、母の腕はゆっくりと離れて行った。



「ルーカス、これだけは忘れないで。離れていても、どれだけ大きくなっても、貴方は私にとって大切な息子。母はいつでも貴方の幸せを願っているわ」



 (おだ)やかな声色(こわいろ)で語るその表情は、(まさ)しく子を想う母の慈しみ深さを(あらわ)していた。


 母の想いに、胸の内と目頭に熱いものが込み上げる。

 だがこの場で(さら)け出す訳にもいかず、ぐっと(こら)えた。



「十分わかっています、母上。……道中お気をつけて」

「ええ、行ってくるわ」



 ユリエルが淡い(くれない)の瞳を細め、にこりと微笑みを見せた。


 その(のち)に馬の手綱(たづな)を手に(あぶみ)へ足を掛け、颯爽(さっそう)と馬上の(くら)へと(またが)ると馬の腹に足を当て、馬はそれを合図に駆け出した。



「イリアちゃんと仲良くね! ちゃんと想いを伝えるのよー!」


 

 駆け(ざま)にとんでもない事を大声で叫んで、桃色の嵐は去って行く。


 目を丸くする団員と、騎士の視線が痛い。


 ルーカスは好奇心に満ちた視線から逃れるように(まぶた)を伏せた。



(母上、無茶ぶりはやめてください……)



 ユリエルの奇行を(うら)めしく思いながら、ルーカスは心の中で(なげ)くしかなかった。






 ——教皇の巡礼団が出発する時間となった。


 ユリエルが先頭を白馬で進み、その後ろにラツィエルから連れて来た護衛の騎士たちが続く。


 護衛の騎士は前後で半数に分かれ、間に教皇を乗せた馬車が走る。


 馬車のキャビンには教団の象徴(シンボル)——祈る女神の翼が世界樹を包み込む様子——が(えが)かれており、全体の色は純白で装飾(そうしょく)は純金、引く馬は白馬だ。


 聖騎士長アイゼンと女神の使徒(アポストロス)のベート、ラメド、シンが白馬に(またが)り馬車の両脇を固めている。

 姿の見えないアイン、ツァディーは教皇と共に馬車に乗っているのだろう。


 教皇を守るラツィエルの騎士の列の後ろには信徒が続き、徒歩もしくは荷車で移動している。

 白銀の鎧を身に着けた教団の聖騎士の姿も最後尾にあり、有事への護衛も万全そうだ。


 一団は信徒の歩幅に合わせ、ゆっくりと進む。


 ルーカスを含め警備に立った騎士らは、聖地巡礼(ペレグリヌス)の地へと旅立つ巡礼団を静かに見送った。

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