第十一話 想いは偽りなく
※このお話は作中に挿絵があります。
惑星延命術式を維持するための神聖核。
それは女神の血族の女性から選ばれる、人身御供の生体装置であり、次はイリアがその役目を課せられていると知って——。
ルーカスは彼女と二人、残された部屋で、運命を呪わずにはいられなかった。
いっそ教皇ノエルが事を終えるまで、全てを忘れたままでいたのなら。
もしくは、彼女以外に女神の血族の女性が存命していたならば——。
「……どうして、女神の血族は君達姉弟だけなんだ」
自分でも驚くほど傲慢で、稚拙な思考から、言葉が出ていた。
これでは教皇ノエルの考えとそう変わらない。
しかしイリアは、別の意味として捉えたのだろう。
「……女神の血族が住んでいた街は、私が小さい頃、魔神の先兵に……。
街は、血の海に染まり……お父さんと、お母さんは、私とノエルを守って——」
言葉の真意に気付かず、身の上に起きた悲劇を口にした。
涙を堪え、悲しみに表情を曇らせて。
そうして、無神経に発した言葉が、彼女の壮絶な体験に意図せず触れてしまい、発言を後悔した。
大切な誰かを失う痛みは、嫌と言うほど知っている。
ルーカスは繋いだ手を解き、悲嘆に暮れるイリアを捕まえて、抱き締めた。
「ごめん、イリア」
「どうしてルーカスが謝るの?」
過去の傷を抉るつもりはなかったのだと、けれど発言のきっかけになった——君の身代わりになる誰かがいれば——と、身勝手に考えてしまった事に失望されたくなくて、答えられなかった。
代わりに抱き締める腕の力を強めて、彼女の肩の上へ顔を寄せれば、流れる銀糸が頬を撫で、ほのかに甘い香りがした。
「……俺は君の事を知っているようで、何も知らなかったんだな」
自分の事ばかりに手一杯だった過去が悔やまれる。
もっと早く勇気を出して、多くの事を知る機会を得ていれば、何かが変わったかもしれない。
「仕方ないよ。だって私自身が、小さい頃の事や女神様の子孫だって事を、ずっと忘れていたから。
……私の本当の名前はね、イルディリア・フィーネ・エスペランド。
女神の血族の、首長の家に生まれたの」
——イリアは、自分の事を話してくれた。
両親の愛に包まれて過ごした幼少期。
母親に教えられた歌〝女神のゆりかご〟にまつわる思い出、ノエルとはとても仲の良い姉弟であった事。
そして【太陽】の神秘を授かった経緯を。
魔神の先兵に襲われ滅びゆく街で、悲しみと絶望を味わいながらも、遺された家族、弟のノエルを守られなければと言う想いに応えて、神秘が宿ったらしい。
無我夢中で振るった力を制御出来ず負傷して、恐らくはそれが原因で昔の事を忘れ、次に自我を持った時には枢機卿の教えを信じて従い、戦いに身を置くアルカディア教団の魔術師兵としての生を歩んでいたのだ、と。
イリアが使命に従順で自己犠牲を厭わないのは、使徒となった者が抱く〝本能〟、女神への敬愛から来る衝動かと思ったが、それだけじゃないようだ。
「世界の真実を秘匿し、君の思考を誘導した枢機卿の行動は……度し難いな」
ルーカスはイリアを抱き締めながら、奥歯を噛みしめた。
女神の使徒の力を以ってすれば、彼らの愚行を止める事は造作もない気がする。
だが、長い年月そうされてこなかったのは、推し量れない理由があるからだろう。
「……ルーカスと出会わなければ、きっと私は……〝神聖核〟として、自分の身を捧げる事に、何の躊躇いもなかったと思う。
ルーカスは私に変化をくれた、私の光」
光——そんな風に思われていた事に驚く。
腕を緩め、体を離して彼女を見ると、勿忘草色の瞳を僅かに細めて穏やかに微笑んでいた。
「俺がイリアに出来た事なんて、本当に些細な事ばかりだ」
「ううん、そんなことないよ。気付いてないだけで、色んな感情をもらったの」
イリアはそう言うが、彼女に救われて、共に過ごした時間で、貰ったものが多いのはこちらの方だ。
だから、これから二人で歩む時間は、与えられるだけでなく、その分を返していければと思っていた。
(——彼女を失いたくない)
その身に課せられた宿命を思うと、胸が痛み、締め付けられて息が出来なくなる。
彼女を生贄という呪縛から解き放つための最善策はすぐに思い浮ばず、ともすると教皇ノエルの強引な手段を容認してしまいそうだったが、それを彼女が望んでいないと言う事はよくわかっていた。
ならば、やるべきことは決まっている。
ルーカスは右手を伸ばし、イリアの細い左手を取ると口許へ引き寄せ——白い肌、手の甲に唇を寄せた。
これは、誓いと決意の儀式だ。
「君こそ俺にとっての光。君を神聖核になどさせない」
唇を離し、揺るぎない想いを視線乗せて、彼女を視界に捉えた。
髪色と同じ銀の眉尻は下がり、潤んだ勿忘草色の瞳の目尻も下がっている。
しかし反対に、艶のある薄紅の唇は緩く弧を描いており、喜びと悲しみが混在した憂いの表情を浮かべていた。
綻んだ笑顔を期待していた訳ではないが、どこか含みのある様子が妙に気にかかった。
そうして少しの間を置いて、イリアが「ねえ、もし……」と震える声で言葉を紡ぎ、ルーカスは耳を傾けて続く言葉を静かに待った。
「もしも、だよ……?
……ルーカスの私への想いが、使徒となった者の本能から来るものだとしたら、どうする?」
「それは、どう言う意味だ?」
「……教皇が宿す【法王】、そして【女教皇】の神秘は女神の血族からのみ顕れ、どちらも〝女神様の代理人〟と言われる、使徒にとっては特別な存在。だから……」
(なるほど、そう言う事か)
彼女が何を憂いているのか。
使徒の本能とは、女神と女神の代理人へ抱く忠誠と敬愛の感情の事だ。
全てを思い出して、イリアは自分が〝女神の代理人〟であると知り、向けられた想いを純粋に捉えられなくなったのだろう。
——だが生憎と、女神への敬愛や忠誠は持ち合わせていない。
教皇ノエルに対しても同様だ。
仮にこの感情が本能から来るものだとしても、断言できる。
「関係ない。
イリアへの想いは、偽りなく俺のものだ」
「ルーカス……」
口許へ寄せた手は繋いだまま膝の上へ落とし、空いている左手で彼女の頬へ触れる。
するとイリアの頬が朱に色付き、恥じらいの表情を見せた。
ゆっくり顔を近付けると、これから起こることを予感したかのように瞼が下りて淡い青色の瞳を隠した。
彼女の息遣いが感じられる距離に迫り、唇が艶のある唇に重なる。
ほんの数秒、軽く触れて——。
柔らかな感触とお互いの熱が溶け合う感覚に鼓動が高まり、幸福感を覚えた。
「このまま、時が止まってしまえばいいのに」と叶わない願いを抱き、名残惜しさを感じながらも触れた唇を離す。
一層、赤みを増して熱を持った頬を撫でれば、瞼が開かれ、勿忘草色の瞳に溜まった雫が目尻からこぼれ落ちた。
彼女の憂いを絶つため、やるべきことは二つだ。
「まずは教皇ノエルを止めよう」
イリアが大きく頷いた。
「うん、ノエルに罪を背負って欲しくない。それに、誰かを犠牲にして救われても嬉しくないよ」
「ああ、わかってる。あとは惑星延命術式をどうにかしないとだな」
魔術の造詣には深くないため、力及ばずな面はある。
だが「凡愚も寄れば、星落とす叡智得る」とも言う。
これはエターク王国のことわざだが、一人の力は微々たるものでも、積み重なれば大きな奇跡を為せると言った意味だ。
惑星規模の魔術となると、一筋縄ではいかないだろうがきっと手はあるはず。
そう思い、彼女の頬へ伸ばした手を戻して、顎に添え思考を巡らせていると「その事だけど、考えがあるの」と、告げる凛とした高音域の声が響いた。
「何か手があるのか?」
イリアが再度、大きく頷いた。
勿忘草色の瞳が、強い輝きを放っている。
「でも、そのためにはノエルの協力も必要で——」
続くイリアの話を聞いていると、突然、「団長! 大変です!」と叫ぶ低音域の声と共に部屋の入口の扉が開かれ、壁へ盛大にぶつかる音がした。
何事かと思い入口へ視線を向けると、息を切らして肩を上下させ、酷く焦った様子のロベルトの姿があった。
ノックや確認もなしに飛び込んできた様子からして、只事ではないだろう。
「何があった?」と問いかける前に青翠玉の瞳がこちらへ向けられ、彼は告げる。
「アディシェス帝国が、宣戦布告を……!
大軍を率いて国境付近へ迫っており、すぐ戻るようにと撤収命令が——!」
エターク王国に危機が迫っている事を。
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