71.聖女はデートするの
正装したのは、晩餐会のため。一応、私室のような場所で物静かというより無言の黒のお仕着せを来たメイドさん達にお風呂を入れられて肌や爪や髪を磨き立てられて、先ほどのドレスを再度着て、メイクに髪形を整えられ四時間!
その時間、イヴァンとかはどうしているんだろうという心配は、ちらりとだけしかよぎらなかった。だって今までも出てこない時は出てこなかったし。どうせイベントになれば出現するだろう。
レジーさんからのプロポーズはもったいないけど、魔王はイケメンだ。しかも、今のところモンスターは出てこない。まあ、このメイドや魔王の真の姿は化け物という可能性もある。
(あ、これ定番じゃん)
RPGで、人間の姿をしているラスボスと会話をすると真の姿を現すって!
だから聖女の皿が必要なのか。イケメンが化け物になるのは見たくない。
正餐の間に行くと、やっぱり魔王は堂々とした貫禄の実に男らしいイケメンだった。先ほどのワイルドさから、髪を整えなでつけられたタキシード。
この立派な体格に合う洋装があるのかと言えば、めっちゃ似合う。ジャストサイズは、オーダーメイドだろう。
彼は優雅にアリスの手をとり、甲に口づけをして向かいの席へとエスコートして座らせてくれる。
「美しいよ、私の聖女」
「――まだ、選んでいません」
塩対応の返事をしても、彼は軽く楽し気に笑うだけ。ちょっといけない男性タイプが女子にウケるのだろう。いや、優しくて優男が好きな女子でも彼には惚れちゃうかも。
そんなことを思えばワインが運ばれてくる。フルートグラスに入っている黄金色の液体は、シャンパンだろうか。冥界の物を食べたら元の世界に戻れなくなるという物語はお約束。口にしてもいいの? もしくは幻を見ていて、実は腐っていたり、人肉系とか。
「せっかく用意してくれましたが、これは食べられるものですか? 口にしても私はみんなのもとに、もしくは自分の世界に戻れますか?」
思っていたより、冷静な声が出ている。危険な色気たっぷりの魔王を前に、震えも見惚れもしないで話している自分をほめてあげたい。
「戻りたいか?」
「今言いました、選んでいないと」
魔王は少し黙り、グラスを掲げた。
「口にしても何も問題はないと約束しよう」
「本当ですか?」
「嘘は言わない。聞かれたことしか答えないが」
アリスは頷いてグラスを同じように掲げる。
「賢い聖女に」
「ゴールに近づいたことを信じて」
わずかに魔王の瞳が揺らいだように見えたのは、蝋燭の光のせい?
『乾杯』という声に合わせてアリスはグラスに口をつけた。樽とフルーティーな香りがする、なかなかオイシイスパークリングワインだ。
「聞かれたことしか答えないと言いましたが、質問すれば答えてくれますか?」
前菜が運ばれてくる。運んできたのは、人間の姿の男性だ。モンスターかどうか、ここには魔王一人だけかを聞きたいけれど、それは後回し。手を上に向けて、どうぞというグラディウスに向かい口を開く。
「グラディウスは、この世界のシステムを知っていますか? もしくはシステム側の登場人物?」
彼はフッと口をあげて笑った。
「いきなりそれを聞いた聖女は初めてだ」
「これまでも何人もの聖女とお会いしたんですね、そして手をかけたと」
とすると、夢の中の聖女が縛られていたり、アリスが縛られていたのは本当の出来事? もしくは今後起こること?
「君が。質問したのは、なんだったかな?」
「システムのことです」
彼が、アリスの皿をさり気なく指し示すからそれにフォークとナイフを向ける。
ああ、私は実はヤバいモノを食べているかもしれない。薄くスライスして、粒胡椒がふられたうっすらピンク色の肉はなんだろう。牛に見えるけど、魔王の世界で養殖している?
「鹿肉の燻製。添えているのはそら豆のムースにエビのピューレのソースだよ」
アリスの顔に彼は言葉を続ける。
「ジビエは、まだ私の手に落ちていない四区から獲れたものを調理させている。家畜は二区の牧場をそのままにして、人であった者が世話をしている」
「人で、あった、もの」
「――私も、魔王という役割を振られた者。この世界では全ての者が役割を振られている。君もね」
アリスは鹿を口に入れた。オイシイ。
「あなたは、モンスターを操り、人を殺し手下にしていますか?」
「システムがやっている。私の目的は――聖女と結ばれること」
パンとスープが運ばれてくる。パンはバゲットをスライスしたものと豆が入ったフォカッチャだ。自分はこの世界でヒューがいたから食事には苦労しなかったな。ひどい目にあったこともいっぱいあったけど。
魔王の発言全部にツッコミたい。全て質問を返したい。
「つまり、あなたは人々を殺していない? それに聖女と結ばれてない。聖女と結ばれるとどうなるの?」
「人々を殺すとは?」
この人はシステムを知っている。システム側のキャラ?
「化け物を集めて集会みたいなことをして、『さあ行け、人間どもを駆逐するのだ』みたいな命令をすること」
グラディウスは答えない。人参のポタージュをそのままにしていると、次は魚が運ばれてきた。魚には嫌な思い出があるから、アリスは断る。
「随分、ユニークな発想だ」
「そうじゃなきゃ、何をしているの?」
「私は、君がいて物語が始まる」
つまりアリスがいない時は何もしていない? でも、ゲームによっては進行していくよね。
「他の聖女とのことは?」
「そう。私が他の聖女を選ぶ場合もある。そうなれば、君はおしまいだ」
「……まるでゲームみたい。でもこれはどういうゲーム?」
乙女ゲームならば、誰かと結ばれればエンド。RPGなら魔王を倒せばエンディング。
「それを決めるのは君だよ。君が、どのような属性になるか。今後、どのような展開になるか」
「なぜ今、私がグラディウスに会うことができたの? あなたがラスボスならば」
それともラスボスじゃない? またお皿が運ばれてきた。
滑らかなマッシュポテトの上に焦げ目をつけ、内側はピンクの断面を覗かせた肉の塊だ。
塊肉の上にはグリーンのクレソンが組み立てられている。周囲はスライスされた鮮やかなビーツが花びらのように散り、黄色のカボチャのフライと緑の芽キャベツが交互に皿の縁を飾り、グリーンと赤のソースが筆で掃いたかのように上に描かれている。
アリスは肉の塊にナイフを下ろす、柔らかく崩れるように切れた肉をフォークに載せて口へ運ぶ。
「まだ、ラストではないからラスボスではない。今は君を食事に招待しただけ。初めて私に会った感想は? アリス」
「――グラディウスの私への感想は?」




