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イトウ・スチール・カムパニー  作者: あくまでもフィクションです。石を投げないで。
8/9

異世界みたいなアメリカの二つの月の顔



 午後八時三十五分。


 ロサンゼルスの空は深い群青に沈み、南の空には二日後に満月を控える上弦過ぎの月 (ワクシング・ギバム・ムーン)が昇っていた。


 ラ・グランデ駅から北東へ数十メートルの操車場には、高さ約45メートルに及ぶ鉄塔の頂点に、強力なアーク灯を設置した巨大なムーンライトタワー (Moonlight Tower)が、青白く煌々(こうこう)と輝いている。


 外部からワイヤーで支えられた細い鉄骨トラス構造の中央には、毎日、管理人が手動で頂上まで登って炭素棒を交換する小さなカウンターウェイト式の昇降カゴがある。


 線路脇に低い電気街灯 (Electrolier)を多数設置すると、列車や作業員の進路を妨げて、激しい振動で電球のフィラメントが断線するリスクがある。


 障害物が少ない鉄道の操車場は、高い位置からの強力なアーク光で、何百メートルにも及ぶ線路群を一括して照らすのに最適だった。



 かつて1881年にカリフォルニア州サンノゼで産声を上げた電灯塔 (Electric Light Tower)は、「西部の第七の不思議」と称えられた。


 先端の旗竿を含め72メートル、本体63メートルの六つのアーク灯から放たれる光は、市街地に「月明かりのような明るさ」という魔法をかけた。


 しかし、高所からの照射は、建物の影を深くして、路地裏に暗闇の死角を作り出す。


 対照的に、1905年頃から台頭したのが、歩道沿いに並ぶ光源が低位置の電気街灯である。


 オレンジの光に、ショーウィンドウの品々や、道ゆくドレス姿の女性たちは色彩を取り戻していく。


 それは、夜をただ「征服」するだけの巨大な電灯塔から、夜を「愉しむ」ための電気街灯による華やかな二十世紀の始まりでもあった。




 ラ・グランデ駅舎内を満たすオレンジ色の光に押し出されるように、代表団は改札を抜け出た。


 目の前には、ローカル線の「プルマン・グリーン」に塗装された五両編成の四両目が停車している。


 一番右、機関車の動輪の傍らでは、空気圧縮機が「シュ、コン、シュ、コン」と重厚な鼓動を刻み、安全弁から漏れる高周波の呻きが、砂漠気候特有の冷たい砂利を震わせてゆく。


 機関車の足元から噴き出す蒸気が冷気に触れて濃い霧へと変貌し、全車両に暖房を送り込むための蒸気が、客車の下から絶えず白い煙となって立ち上っては消えていった。


 ムーンライトタワーの強烈なアーク灯の影になり、黒とも濃緑色とも見分けのつかぬ濡れたような木造客車には、駅舎のオレンジ色が反射している。


 一方、窓の内側には、古びたガス灯の暗く揺らめく琥珀色が沈んでいた。


 ガラスには、駅舎と対向列車のオレンジの電光、そして斜めに差し込む青白いアーク灯のコントラストが映り込んでいる。


 ガス灯の重く甘い油の匂いと、石炭の煙を振り切るように、代表団は南へ向かって歩き出した。



 五両目の影を越えると、直接アーク灯の光を浴びて、左手にある作り物めいたシュロや熱帯植物に十人の鋭い影が伸びる。


 代表団はアーク灯の暴力的な光に目を細めながら右に曲がり、砂利を鳴らして一線目のレールを乗り越えた。


 二線目に停車中のシカゴ行きオーバーランド特急――電気照明が輝く八両編成、その濃緑色のプルマン寝台車最後尾をかすめると、三線目には同じ八両編成のカリフォルニア特急――その展望車が、眩いばかりの光を湛えて横たわっていた。


 最後尾を飾るプルマン展望車は、開放的なリア・デッキを縁取る真鍮の手すりがアーク灯の青白さを鋭く跳ね返し、室内から溢れ出すオレンジ色は、磨き抜かれたチーク材の内装を燃えるように焼き上げている。


 そしてデッキの中央、アーク灯の影に沈む円形のトレイン・サイン (テールマーク)には、赤い色ガラスの内側に仕込まれた電球が灯り、『カリフォルニア特急 (California Limited)』の文字を真っ赤に浮かび上がらせていた。



 通常、この特急は「プルマン・グリーン」の木造車両だけで編成される。


 荷物兼喫煙車、フレッド・ハーヴェイ社運営の食堂車、そしてプルマン寝台車。最後尾には、屋外デッキや豪華なラウンジ、理髪店やシャワー室まで完備した社交の極み、プルマン展望車が連結される。


 だが、今夜の編成は異なっていた。展望車の直前に、小豆色 (トスカーナ・レッド)の寝台車が繋がれていたのである。


 代表団が目指すのは、青白いアーク灯の下で無数のリベットを霜のように浮かび上がらせている、その異質な車両だった。


 それは、ニューヨークからシカゴまでペンシルベニア鉄道を走り、そこからサンタフェ鉄道へと付け替えられたスルー車両 (直通車)で、今年1月に誕生した最新鋭――「ペンシルベニア・スペシャル」に採用された。


 このPlan2416・10コンパートメント車の『ケンブリッジ』は、初めての全金属製生産になるプルマン寝台車の一車種だった。


 乗り換えを厭うアメリカの富裕層にとって、こうしたスルー車両は「動く私邸」に等しい。


 自ら専用の豪華絢爛な寝台車を保有し、大陸を横断する鉄路を自由に繋ぎ合わせて走ることは、彼らにとっては当然の権利だった。




 全ては作り物のように見える、青白い光の中にある。


 いかに車両の色や素材が変わろうとも、そこに控えるブルマンポーターの姿だけは、アメリカ全土で変わらぬ記号としてそこにある。


 紺色の清潔な制服に身を包んだ黒人のポーターが、『プルマン (PULLMAN)』の文字が真鍮で象嵌(ぞうがん)黒塗りのステップボックスを恭しく置き、代表団を出迎える。


「おかえりなさいませ」


「ああ、ありがとう。ジョージ」


 フォークナーが、慣れ親しんだ尊大な調子で応じる。


 1897年に没した創業者ジョージ・プルマン。プルマン社の提供するその名を冠した車両群は、車掌からポーター、メイドに至るまで、一貫したサービス・システムとして貸し出されていたのだ。


 その名ですべての黒人ポーターを呼び捨てるこの国の不文律は、今なお絶対の秩序として機能していた。



 一行は、車両端の連結部 (ベスチビュール)にある急な階段を一段ずつ踏みしめ、重い鋼鉄のドアを潜り抜けていく。


 一歩踏み込んだ通路には、巧みな擬似木目塗装を施されたマホガニーのパネルが並び、オレンジ色の静謐な回廊には、青白いアーク灯が差し込んでいた。


 指先が触れる壁は視覚的な温もりを裏切り、芯にある鋼鉄の冷徹な硬さを剥き出しに伝えてくる。


 彼らはニューヨークから割り当てられているコンパートメントへと、吸い込まれるように消えていった。


 厚い扉が閉まるたび、気密性の高い鋼鉄特有の「重い音」が響く。だが、その残響は長くは続かなかった。


 通路の床には、馬毛のフェルトを何層にも重ねたクッション材の上に、深紅のアキスミンスター・カーペットが贅沢に敷き詰められている。


 足を踏み出すたびに深く沈み込むその厚みは、靴音も、車輪が鉄路を叩く騒音も、すべてを遠い世界の出来事のように封じ込めていた。


 鋼鉄の壁板の内側にはアスベストやコルクの防音材が充填され、完璧な「鋼鉄の箱の中の静寂」が完成している。


 最後の一人が自室に入り、真鍮のレバーを引いてドアをロックすると、通路には炭素フィラメントのオレンジの残光と、厚いカーペットに吸い込まれた真空のような静寂だけが残された。




 午後八時五十分。


 擬似木目塗装のドアをノックしたボストンは、差し込むアーク灯から逃げるようにレイモンドのコンパートメントに入った。


 その中は、厚みのあるシルク(こん)のダマスク織カーテンが引かれていた。「プルマン・マルーン」の深い地に、同色の光沢糸で蔦模様が浮き彫りになっている。


 カーテンを束ねる装飾紐 (Tassel)は、太い金糸を編み込み、カーテンと同じく葡萄茶色(えびちゃいろ)の絹糸で仕立てられていた。


 毛足の短いモヘア・ベルベットのプルマン・グリーンの座席と、マホガニーを模した赤褐色の壁面が互いを引き立て合い、ヴィクトリア朝の書斎のような重厚な静寂に包まれている。


 レイモンドは、隣のボストンバッグの上にコートと帽子を放り投げたまま、書類を読みふけっていた。



 ボストンは進行方向とは逆向きの座席に腰を下ろし、エジソン電球のオレンジ色に照らされた特許弁護士の顔を凝視した。


「レイモンド、教えてくれ。君はニューヨークのドブネズミから連邦判事までを相手にしてきた、泣く子も黙る特許弁護士 (Shark of Patent Attorneys)だ。

 私のこれまでの常識では、発明者が特許を拒む理由は二つしかなかった。一つはそれがゴミ屑のような無価値である場合。そしてもう一つは、特許審査の過程で露呈するのを恐れる詐欺師の場合だ。

 この進歩の世紀において、特許という名の『武器』を持たずに戦場に出る愚か者がいると思うか?」


 ボストンは身を乗り出し、声を潜めた。


「だが、あのイトウという若者はどうだ。法による保護すら必要としないほどの『圧倒的な技術的隔絶』……? そんなものが、この世に存在すると思うか? 彼は製造特許も申請せず、我々の『ルナ・スチールの発見』の特許申請に名を連ねることすら笑って拒否した。

 これは、イトウ以外には誰も、ルナ・スチールを再現できないという不遜なまでの自信の表れではないのか? 科学的に考えて、成分のレシピが割れているのに模倣できないなんてことが、現実にあり得るのか?」


 イトウがただの愚か者だとは思えない、とボストンは続けた。


 コロンビア大学で破壊検査に供された、アーミー&ネイビー所有の一体型包丁。もし同大学が、その「ルナ・スチール」を「発見」という名目で特許を独占すれば、一体何が起きるか。



 当時、世界最大の債務国であったアメリカの喉元に深く突き付けられていたのは対外債務だった。


 その約六割を英国が握り、残る三割をドイツとフランスが分け合う。この巨大な債務こそが、アメリカの主権を縛る見えない鎖だった。


 その支配が露骨に示されたのが1895年だ。


 クリーブランド政権下で米国の金準備が底をつきかけた際、J.P.モルガンとロスチャイルド家のベルモント家がシンジケートを結成。


 6,500万ドルの米国債を一括で引き受け、強引にゴールドを調達することで政府のデフォルトを回避させた。


 それは「国家の救済」であると同時に、「国家が民間銀行の軍門に降った」瞬間でもあった。



 翌1896年の大統領選において、アメリカの亀裂は決定的となる。


 民主党のウィリアム・ジェニングス・ブライアンは、伝説的な『金の十字架演説』でその怒りを代弁した。


「金本位制の維持は、労働者を金の十字架に(はりつけ)にする行為だ」と。


 デフレを招き、通貨不足を加速させると知りながらも、東部の銀行家や欧州の投資家たちは、利子と配当の価値を保証する『金本位制』を死守しようとした。


 彼らは富める者がより富むための「健全な通貨」を標榜し、共和党のウィリアム・マッキンリーを莫大な資金で後押しした。


 対する西部の農民や南部の中産階級、そして銀鉱山主たちは、金銀両本位制による『銀自由鋳造』を叫んで民主党を支持した。


 不況対策として、金だけでなく豊富な銀を通貨の裏付けとする。インフレを誘発し、膨れ上がった借金を紙屑同然に軽くする――それは「持てる者」と「持たざる者」の、文字通り生死を賭けた泥沼の闘争だった。


 サンフランシスコの銀山王を父に持つ「新聞王」ウィリアム・ランドルフ・ハーストは、大都市の新聞発行人としては異例ながらブライアンを猛烈に支持した。


 しかし、結末はマッキンリーの勝利に終わる。アメリカは再び、黄金の鎖で欧州金融界へと繋ぎ止められたのである。



 ブライアンが糾弾した「東部の金融資本」の正体。それはJ.P.モルガンが主導する「モルガナイゼーション (Morganization)」――過当競争を排した業界再編と独占化の推進だった。


 その本質は、海外資本家への配当を安定させ、確実に流出させるシステムに他ならない。


 ロンドンを拠点とするJ.S.モルガン商会を通じ、モルガンは英国の膨大な余剰資本をアメリカの鉄道や産業へ流し込む「蛇口 (ゲートキーパー)」の役割を演じていた。


 1907年の恐慌時、いまだ中央銀行を持たないアメリカは、英国シティの金利がわずか1%上下するだけで震撼していた。


 その混乱の中、モルガンは私邸の図書室に銀行家たちを監禁し、巨額の流動性供給を強制した。


 それは欧州資本の「番人」としての責務を果たすと同時に、英国との隷属的な関係を絶ち、対等なパートナーシップへと結び直すための、野心に満ちた「独立」への第一歩でもあった。



 ボストンは、現在、宿敵であるロックフェラー系金融機関らとの会合を重ねてもいた。


 その表向きの名目は、中央銀行の設立ではなく、恐慌時に通貨供給を柔軟に調整するための「通貨改革」――すなわち「ナショナル・リザーブ・アソシエーション (国家準備協会)」の設立であった。


 欧州型の中央銀行のような権力の一極集中を避け、全米各地に拠点を分散させることで地方の農民や中小銀行の利益を守る。


 そんな「地方分権」という大義名分を掲げた陣容には、当然のごとくロスチャイルド系のクーン・ローブ商会も名を連ねていたが、米国内の金融市場が成熟するにつれ、米国内の利権をモルガンと奪い合う敵手となっていたが。


 当時のアメリカ社会、とりわけ南部や西部において、J.P.モルガンやロックフェラーら「マネー・トラスト (金融独占)」に向けられる怒りは、いまや沸点に達しようとしていた。


 ゆえに彼らは、「中央銀行」という禁忌の言葉を徹底して封印した。代わりに選んだのは、「連邦 (Federal)」や「準備 (Reserve)」といった、公的かつ補完的な響きを持つ言葉だ。


 大衆の目を欺き、私的な金融支配を公的な制度へと擬装する――それは緻密に計算された「名前の使い分け」という政治戦略であった。



 国家の命運を左右する巨大な資本家たちが、言葉一つ、利権一分を巡って血眼の権謀術数を繰り広げる。そんな世界最大の債務国アメリカの喧騒を余所に、イチタロウの態度はあまりに異質であった。


 コロンビア大学プレスコット研究室、さらには英仏独のカタログ販売大手五社とISCによる『ルナ・スチールの発見』。


 この、将来的に莫大な富を生むことが約束された共同特許申請の申し入れに対し、イチタロウは平然と辞退を申し出たのである。



 レイモンドは書類を手に、エドワーディアン様式の優雅な金細工の縁取りが施された壁に視線を彷徨わせた。


 カーテンに閉ざされた二枚窓を隔てる、中央の壁柱に埋め込まれた真珠母貝 (マザー・オブ・パール)の押しボタンが光る。暗闇でも視認性が高く、高級自動車のボタンにも使われている。


 そのボタンの真鍮プレートの縁取りには、『PORTER (ポーター)』と刻まれていた。



「ボストン……そこが、私を狂わせる点なんだ。この道三十年の経験を全否定されるような気分だよ。科学的に考えれば、定量分析 (成分分析)さえ完了すれば、あとは配合と熱処理のパズルに過ぎない。

 クロム17%、ニッケル7%、アルミニウム1%……。

 答えはもう、我々の手の内にある。理屈の上では、クルップだろうがヴィッカースだろうが、試作に成功するはずだ」


 そうでなければおかしいと、レイモンドは頭を振った。


「だが、あの輝きと音を聞いた後では、その『理屈』が成り立つとは思えないのも本当のところだ。もし奴が、町工場のプレス機一台で、既存のベッセマー法や平炉鋼のプロセスをすべて飛び越えて、軟鉄を変質させているのだとしたら……。

 ボストン、我々は『レシピ』を手に入れたつもりでいるが、実は『火の点け方』すら知らない原始人に過ぎないのかもしれん」



 それは、ルナ・スチールが、単なる硬化 (焼き入れ)ではなく、「安価な材料から最高級の鋼を作り出す、錬金術のごとき超技術」かもしれないという告白だった。


 ボストンも、ポーターの呼び出しボタンを見て呟いた。


「……Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate (汝らここに入るもの、一切の望みを捨てよ)というわけか」


 その言葉は、ダンテの『神曲』地獄篇の門に刻まれた銘文。ポーターの語源は、ラテン語の「porta (門)」になる。


 二人の沈黙の間に、警笛が鳴り響き、特急列車はゆっくりと動き出し始めた。



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― 新着の感想 ―
午後二時四十五分のシーン、渋いです。 雑談で人を値踏みするアメリカのエスタブリッシュメントの一面が見事に描き出されていて、興味深かったです。 続きを楽しみにしております!
まさかほんまもんの錬金術とは思わないわけで…
面白いです まだまだ話の入りなので更新楽しみにしております
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