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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第99話  彼氏気取りと無責任


 片桐に失望されて以降も図書室での勉強を続けた。


 あれからずっと悩んでいる。俺は正しいことをしたのだろうかと。


 受験勉強自体は順調だ。


 燈香の呑み込みは早い。教えたところはすぐに吸収して応用問題に活かせる。


 燈香はバレーボールの最優秀選手に選ばれたことがあると聞く。


 スポーツは体格や技術に左右されるものだけど、とっさの機転や勝ち筋の構築も勝敗に影響を与える。


 燈香は地頭が良いのだろう。


 交際前にバレーの試合を見た時もそうだった。ディフェンスの弱いところを的確について、スパイク以外にも多彩な攻撃を使い分けていた。


 そして試合をシャットアウトせんとばかりに叩きつけられるスパイク。相手選手の心をへし折らんとネット前で跳躍するさまは、さながらコート上で昇る太陽のような威容だった。


 あの姿が見られなくなるのは寂しい。


 でも逃げずに頑張れなんて口にできない。


 片桐にぶつけた言葉は本心だ。大学受験なんて高校どころか、人によっては保育園からの集大成だ。


 文字通り人生が決まる。俺のエゴで燈香の人生を棒に振らせるわけにはいかない。


「敦、何かあった?」


 ノートのページから視線を上げる。


 燈香と目が合った。

 

「何かって?」

「最近元気ないから。何か悩みでもあるの?」


 あるとは言えない。燈香が部活を辞めたことを悩んでいるなんて、まるで退部した燈香を責めているみたいだ。


 燈香は将来を考えて賢明な判断を下した。それは褒められるべきだ。友人の俺が尊重してやらなくてどうする。


 俺は微笑に努めて口を開いた。


「ちょっと分からない問題があってな」

「珍しいね。敦にも分からない問題ってあるんだ」

「そりゃあるよ。過去問やらないと説かせる気がないようなのもあるしな。アドリブ利かせて解を導けるのは一部の数学ぐるいだけだよ」

「数学ぐるいって呼び方はひどいと思うけど、数学得意な人は格好良いよね。数式書いて事件の真相を突き止めるやつとか」

「あれな、できたら格好良いよな」


 壁などに数式をつづって事件を解決するシーンは、ドラマなどで天才キャラを描写する際によく用いられる演出だ。


 いまだ原理は分からない。関数に特殊な変数を入力して現実の事象に当てはめるとか、そんな解釈もできなくはないけど俺にはできない。


 もし俺が数学の技能を持ち合わせていたら、今抱えている悩みも数式で解決できるのだろうか。


 最後にどちらが早く問題集を解き終わるか競争した。


 むすっとした負けず嫌いの敗者をなだめて燈香と別れた。


 俺はつんざくような空気を突っ切ってスーパーに立ち寄った。折りたたまれた紙を広げて記された文字を視線でなぞり、母に頼まれた商品を探し求めて通路の床を踏み鳴らす。


「げ」

 

 言葉が口を突いて足を止める。


 見覚えのある長身が視界内に映った。迂回すべく立ち並ぶ棚の位置を確認する。


 俺が靴裏を浮かせる前に視線が交差した。同学年の男子が微かに身をこわばらせる。


 気まずいのは向こうも同じ。俺を無視して背を向ける可能性は大いにある。


 ぜひそうであってくれ。


 俺の儚き願いは届かなかった。浮谷さんが逡巡した末に靴先を向ける。靴裏を浮かせて俺の元に歩み寄った。


「よう」


 不愛想なあいさつ。浮谷さんも俺と言葉を交わす予定はなかったことがうかがえる。


 どうしてこういう時声をかけずにはいられないんだろう。


「浮谷さんは買い物?」

「見りゃ分かんだろ」

「だよな」


 これで会話は一区切りした。後は「じゃ」を告げて背中を向けるだけだ。それでお互い幸せになれる。


「お前さ」


 靴先の向きを変えるより早かった。思考が再び会話モードに切り替わる。


「何だ」

「秋村さんとりを戻したのか?」


 意図せずきょとんとする。


 頭の中からあふれ出した疑問符が言葉となって口を突いた。


「戻してないけど、何でそんなこと聞くんだ」

「最近二人きりでいること多いだろ」

「そういうことか。俺は勉強を教えてるだけだ。それ以上でも以下でもない。燈香がバレー部を退部したことは知ってるか?」

「ああ。クラスメイトの女子が話してたからな」

「じゃあ話は早い。そういうことだよ」

「どういうことだよ」

「今の内から大学受験に備えるってことだ」

「それがどうしてバレー部辞めるって話になるんだ? 部活やりながら勉強すりゃいいじゃねえか」

「もう少しで俺たち三年生だろ? だからバレーボールから距離を置いて大学受験に備えるって寸法だ」

「いやそれは分かってる。俺が言いたいのは、部活を辞めてまでひっ迫した状況なのかってことだ。秋村さんは東大でも目指してんの?」

「志望校は聞いてない」

「だったら辞めるのは早いだろ。あんだけ期待されてたのにもったいない。お前指摘しなかったのかよ」


 意図せず眉がひくっとする。


 片桐みたいなことを言いやがって。何でどいつもこいつもそんなに無責任なことばかり言えるんだ。


「浮谷は無責任なやつだな」


 込み上げたものがそのまま言葉に出た。


 一度発した言葉は引っ込められない。浮谷さんが目をぱちくりさせる。


「何だよ突然。俺のどこが無責任だって言うんだ」


 帰って来たのは問い返し。


 だったら退けない。正しいのは俺のはずなんだ。


 この際白黒はっきりさせようじゃないか。


「大学受験って言ったら人生を懸けた大事なイベントだ。一年間を捧げたところで大会でいい結果を残せるか分からない。部活を頑張るべきなんて言えるわけないだろ」


 浮谷さんが片方の眉を跳ね上げた。


「はあ? お前振られたくせに彼氏気取りかよ」

「なっ」


 息が詰まった。


 胸の奥でメラっとしたものが込み上げる。

 

「いや、俺振られてないし」

「でも別れたろ」

「別れたけどその二つの間には大きな差がある」

「需要が違うんだよ。自覚あんだろ」


 こいつ、ぐうの音も出ない正論を。


 いや駄目だ、乗せられるな。


 正しいのは俺なんだ。上から的確な言葉を叩きつけるだけで勝利できる。自分から勝負をうやむやにする必要はない。


 俺は喉を鳴らして仕切り直す。


「論点をずらすな。俺は燈香のためになる選択の話をしてるんだ」

「だからそこが分かんねーんだっつの。何で友人Aのお前が秋村さんの将来を心配してんだよ」

「俺は友人だぞ? 堅実なルートを勧めて何が悪い」


 深い嘆息が空気を震わせる。


 眼前の顔が呆れの色をあらわにした。


ここまで読んでいただきありがとうございました。


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