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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第53話 打ち明けるデメリット


 ファミレスでの昼食は談笑をスパイスに添えた。


 せっかく柴崎さんがいるんだ。親交を深めるために言葉を交わさないともったいない。息抜きの意味で女性陣の賑わいに耳を傾けた。


 その後の勉強会は滞りなく行われた。時折テーブルの隅にあるボタンをヘコませてカフェオレを注文し、口内を香ばしい苦味で満たした。


 夕食で締めて外気に身をさらした。燈香と柴崎さんのことは丸田に任せて、俺は魚見と朱音を連れて元来た道をたどる。


 朱音を自宅に置いてから魚見の帰途についた。


「送りなんて別によかったのに」

「一応な。ちょっと頭冷やしたかったし」

「楽しかったもんねー。余韻に浸りたいのは分かるかも」


 俺の場合はちょっと違うけど、勉強会が充実したのは事実だ。お祭りの後にも似た燃え尽きた感が心地良い。


 心の奧に押しやったもやもやがなければ、もっと浮き上がった気分に浸れただろう。


「魚見、一つ聞いていいか?」

「だーめ」

「魚見は大事なものができたら人に教えるか?」

「なにその質問」

「例えば魚見に三泊四日の海外旅行が当たったら、それを俺たちに教えるか?」

「教えないかもね」


 即答だった。予想に反したスピーディーさに口をつぐむ。


「教えるって言うと思った?」

「ちょっとな」

「嘘が下手だねー」


 小気味いい笑い声を上げて、端正な顔立ちが微笑に収まる。

 

「考えてもみてよ。旅行に行くとしてさ、それを打ち明けたらみんな何してくれる?」

「羨むかな」

「そ。旅費を出してくれたりとかはしないでしょ。国の情勢は自分で調べればいいし、誰かに教えるメリットは薄いわけ。じゃあ逆に、打ち明けたデメリットについて考えてみよっか」

「デメリットか」


 海外旅行に当たった丸田が、綺麗なお姉さんの画像をひけらかしてハワイに行ってくるぜいいだろー! とニヤつく光景を想像してみる。


「妬まれそうだな」

「それで済めばいいけどね。最悪チケットを盗まれて計画頓挫もありえるわけよ」

「それは飛躍しすぎじゃないか?」

「萩原たちがそれをするとは思ってないけどさ、ここは宝くじをひけらかしただけで殺される世界だよ? 大事な物を明かすことは自分の急所をさらすに等しいの。だったら伏せておいた得だと思わない?」

 

 一理ある、素直にそう思う。


 俺が燈香に好意を抱いていた時は、その感情を周囲に話さなかった。バカにされるからという理由もあったけど、燈香を狙っている誰かに邪魔されるんじゃないかと勘繰っていた節もあった。


 大事なものほど内に秘める。物事はそういうふうにできているのかもしれない。


「さすが、周囲に劇団所属を伏せてた女だけはあるな」

「人聞きが悪いよー。さては萩谷、私が伏せてたこと怒ってるね?」

「怒ってはない」

「ほんとかなー? 勘違いしないでほしいんだけど、私は萩谷相手だから打ち明けたんだよ? 私が役者やってること、誰にも言ってないでしょ?」

「内緒にした方がいいと思ったからな」

「正解だよ。世の中には口止めしても言っちゃう奴がいるからさー、教える相手は慎重に選ばないといけないの」

「俺は魚見のお眼鏡にかなったわけだ」

「そ。萩原の義理堅いところ、私はすごく好き」


 魚見が上体を前に傾けて口角を上げる。


 のぞきこむ様相が計算されているように映って、俺はさりげなくそっぽを向く。


「やめてくれ、勘違いするだろ」

「勘違いしないの?」

「しない」

「堅物だねぇ。そこらの男子なら声を裏返させてこくってくるのに」

「俺にそういうキャラを期待するな」

 

 からからとした笑い声が夜闇を伝播した。俺は苦々しさを覚えながらも口角を上げる。


 魚見に対して色々思うところはある。どういうつもりだと問い詰めて、魚見が隠していることを暴いてやりたい。


 でもそれは俺たちが一度通った道だ。見栄を張りたくて周りに燈香との関係悪化を伏せていた。応援してくれた魚見や丸太には不義理に映ると分かっていても、俺たちは仲睦まじい恋人を演じる道を選んだ。


 魚見にだって言いたくないことくらいはある。今はそれでよしとしよう。


「ちょっと公園寄ってかない?」

「いや帰れよ。もうこんな時間なんだから」

「さっき夜風に当たりたいって言ってたじゃん」

「そりゃそうだけどさ」

「おいそこの女」


 心臓をわしづかみされたような感覚に陥る。


 乱暴な響きの声が、先程までの和やかな雰囲気を霧散させた。


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