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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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50/102

第50話 女子更衣室にて


 女性更衣室内は談笑でにぎわっていた。年の近い女子が上衣の裾を握ってめくり上げ、質素な空間を花にも似た鮮やかな色で彩る。


 燈香もヘアゴムを外して体操着のトップスを外した。制服のシャツに袖を通して、ふくらみの上でボタンを留める。


「燈香ぁー」


 燈香が手を止めて視線を向けた。


 ヘアゴムを外した魚見が足を止める。


「どうしたの華耶」

「デオドラントシート持ってない? 教室に忘れちゃったみたいでさ」

「いいよ。一枚あげる」


 燈香はテオドラントシートの入れ物に左腕を伸ばした。握ったそれを魚見に差し出す。


「ありがとう」


 繊細な指が白いシートを一枚引き抜いた。右手がシート越しに細い腕をなでる。


「珍しいね。華耶が忘れ物するなんて」

「私もびっくりした。試合前だし緊張してたのかもねー」

「意外。華耶も緊張するんだ」

「そりゃするよ。私を何だと思ってるのさ」

「んー弱味を他人に見せない秘密主義者かなぁ」


 汗を拭く手が止まった。貼り付けられた微笑が燈香を見据える。


「燈香、それってどういう意味?」

「特に意味はないよ。ただ気になっただけ」

「何が気になったって?」

「ここで話すのもなんだし、着替えてから場所移そうか」


 燈香は着替えの手を進める。魚見が視線を注ぎつつも、まぶたで視線を切って着替えの手を再開する。


 二人着替えを済ませて女子更衣室を後にした。正面から来る下級生から応援の言葉を受け取りつつ、人気のない場所へと歩を進める。


 がらんとした食堂に踏み入った。奥の椅子に腰を下ろして同じテーブルをはさむ。


「それで、燈香は私の何が気になったのかな?」

「最近敦と仲良いでしょ?」

「前から友達だし、仲良いのは確かだね」

「そうじゃないよ。私たちが別れたことを伝えてから二人きりで行動すること増えたよね?」

「そりゃ最近はそういう機会もあったけど」


 魚見が目を細めて意地気に口端を吊り上げる。


「なに、もしかして私と萩原が仲良くしてる姿を見て嫉妬しちゃった? 未練の残り火が嫉妬の炎で燃え盛っちゃった的な?」

「それはないよ。それに関して私たちはもう答えを出したから」

「あ、そう。じゃあアレだ、元カノとして私にアドバイスしようって魂胆でしょ? 友達思いの親友を持って私幸せ!」

「それだよ、私が気になるのは。華耶って大事なものは人に教えないタイプじゃない。実際劇団に所属してることを知ってるのは私一人だし」

「萩原にも教えたから二人だね」

「そんなことまで教えたんだ」

「うん。萩原の人となりは知ってるし、教えても大丈夫かなって」

「やっぱり最近の華耶は変だよ。まだ関係も確立してないのにそんな大事なことを明かすなんて。さっきも大勢の前で思わせぶりなことをしたし、まるで好きな人がいるって事実を周知しようとしてるみたい」

「人聞きが悪いなぁ。まるで私が萩原をもてあそんでるみたいじゃない」

「違うの?」


 沈黙が舞い降りた。


 魚見の上がっていた口角が重力に引かれたように下がる。


「燈香は、私と萩原が交際するの嫌なんだ?」

「違うよ。華耶が本当に敦のことを好いたならそれでいいの。だから私が言いたいのはこれだけ」


 燈香の表情からも微笑が色あせた。


「敦のこと傷付けたら、怒るからね?」


 一瞬確かに時が止まった。真剣な顔つきが互いに相手の瞳を見つめ合う。


 張り詰めた空気を崩したのはおどけたような笑みだった。


「別れた男に過保護だねぇ。心配しなくても大丈夫だよ。萩原は友達だし、悪いようにはしないって」

「そっか。じゃあ私の取越し苦労だね。変なことを訊いてごめん。お詫びに何か飲み物おごるよ」

「じゃあ放課後スタバね」

「そこの自動販売機にしてくれると嬉しいなぁ」


 燈香の苦笑を機に二人が腰を浮かせた。


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