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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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45/102

第45話 手作り菓子の試食



 勧められるがままにダイニングチェアに腰を下ろす。


 お湯の注ぐ音に遅れてフルーティーな香りが漂った。靴音が迫り、ダイニングルームに魚見の姿が付け足される。


「お待たせ―」


 白い手がティーカップと皿でテーブルの天板を飾る。


 スイーツの様相はもこもこしていた。一見しただけではカボチャというよりジャガイモだけど、チョコペンで描かれた顔が自分こそジャック・オー・ランタンだと主張している。


「凝ってるなぁ。生地も自分で作ったのか?」

「そうだよ。こういう機会でもないと作ることもないと思って張り切っちゃった」


 召し上がれ。両腕で指し示されて、俺は皿の上にあるスイーツに手を伸ばした。注がれる視線に照れくささを感じつつ口に運ぶ。


 シュー生地はサクッとしていた。クッキー寄りの生地に続いて自然の風味が鼻腔をくすぐる。


「パンプキンクリームを使ってるんだな」

「やっぱハロウィンと言えばカボチャでしょ。口に合わなかった?」

「いや、美味しいよ。クッキー生地も俺好みだ」

「よかったー。口に合わなかったらどうしようかと思ったよ」


 あどけない笑みが視界を華やがせた。普段の大人っぽさとのギャップで左胸の奧がトクンと脈打つ。


 視線を交差させているのも照れくさくて次の一口に臨む。


 お菓子に備えて朝食を軽めに済ませてきたからぺろっとたいらげた。


 紅茶を口に含んで舌に残った甘味をリセットする。


「本当に菓子作り初めてなのか?」

「初めてだよ。これは両親の手も借りてない」

「魚見は器用だな。勉強や運動もそつなくこなすし」


 運動特化の燈香と異なり、魚見は成績順位も一桁だ。家庭科における手芸や料理もそつなくこなしていたし地頭がいいのだろう。


「昔から何でもできるんだよねー。まあお菓子作りは科学だから調べなきゃ分からなかったけど」

「その調べて作ったことがすごいんじゃないか。新しいことに試行錯誤して取り掛かるのは面倒だし、誰にでもできるわけじゃない」


 ましてや魚見は一人で作業したんだ。隣で同じ苦労を分かち合ってくれた人はいない。分からないことは適宜調べつつ、今日に備えて孤独に作業した。燈香と熱々だった頃の俺ならともかく、今の落ち着いた俺じゃそこまで行動的にはなれない。


 魚見がきょとんとする。


 突如笑顔を弾けさせて右腕をしならせた。


「ちょっと、やだもー! 私を褒め殺すつもり?」

「痛った⁉」

 

 背中に衝撃が走った。パァンと乾いた音がダイニングルームを駆け巡る。


 照れくさいのは分かるけど少しは加減してほしい。


「シュークリーム作ってみてどうだった? やっぱり難しかったか?」

「難しいって言うか、小難しいって感じかな。大さじ一杯とか曖昧な表現あるけど、あれって正解がなくてさ」


 上機嫌になった魚見が言葉を連ねる。話題はお菓子作りから劇の話へと移行し、俺は新鮮な話題に耳を傾けた。


 インターホンが鳴り響いて魚見が腰を浮かせる。名残惜しさを感じつつセクシーな背中を見送り、新たに二人を加えてパーティに臨んだ。


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