第27話「大切な仲間なんだから」
「それで、どうした? ミクと喧嘩したんだって?」
「…うん」
ボクは深く項垂れて、テーブルの上に頭をのせる。
ぐりぐりと額を押し付けながら、何とか解決策を見つけようとする。その度に、頭の高いとこで結ったポニーテールが、ゆっさゆっさと揺れた。
「ミクと喧嘩なんて、今に始まったことじゃないだろ?」
「今回はいつもと違うんだよ。本気の喧嘩なんだよ!」
「殴り合ったわけでもないのに、マジな喧嘩はないだろう」
イスに座っているジンが腕を組んだまま、にやりと笑う。
ジンの家はワンルームの部屋があるだけの、こじんまりと住まいだった。
部屋全体がモノトーンに統一されていて、大人びた雰囲気になっている。家具は少なく、鉄製のテーブルと2脚のイス。あとはベッドがあるだけ。整理整頓が行き届いていて、ほとんど生活感がない。
「…いつ来ても、綺麗にしてるよね。もっと広い部屋に引っ越さないの?」
「今は考えてないな。そもそも、元の世界の家が大きすぎたんだよ。俺には、これくらいの部屋がちょうどいいのさ」
「ははっ。そうだね」
元の世界では、ジンは大きな一軒家で1人暮しをしていた。
母親が離婚し、父親に捨てられ、幼いときから1人で生きてきたのだ。小学校の頃、姉さんと一緒に遊びにいったときには驚いたものだ。今のジンには、これくらいの手狭さが安心できるのかもしれない。
「それよりも、お前のことだよ。なんだ? ミクに何か言われたのか?」
「うっ」
ジンに問われて言葉を詰まらせてしまう。
それでも大切な親友に、包み隠さず話していく。
「…無理して男のフリをしないで、って。…そう言われた」
「ははっ。そりゃまた厳しいことを言われたな」
ジンはあまりにも楽しそうに笑うので、ボクはちょっとだけ、ムッとしてしまう。
「…笑いすぎだよ」
「あ~、悪い悪い」
そう言って謝りながらも、ジンは悪びれた様子など見せない。
「で、ユキは何も言えなかった、と」
「まぁ、…そうなんだけど」
ジンから目をそらして、灰色の壁をじっと見つめる。
「…やっぱり、無理してるように見えたのかな?」
「そうだな。バレバレだ」
ボクの呟きに、ジンが即答した。
「トドメになったのが、カーニバルの時だな。お前、ずっと女の子してたもんな」
「ぐっ…」
反論できないのが辛い。
楽しさのあまり、自分を抑えるのを忘れてしまった。
「…はぁ。ちゃんとしてる自信があったんだけどなぁ。…やっぱり、ダメだな」
本日、何度目になるかわからないため息。
そしてボクは――
…いや、『私』は諦めたように肩の力を抜いた。
「…ダメだなぁ。…私、本当にダメダメだ」
長い黒髪をかき分けながら、ポニーテールに結うためのヘアピンを引き抜いた。
パサァ、と綺麗な漆黒の髪が波を打つ。
軽く首を振って背中に流した後、慣れた手つきで耳にかき分けた。それくらいの月日は、すでに経過していた。
「そうだよね。バレてたよね。私が、…心まで女の子になっていたことくらい」
「まぁな。っうか、男のフリをするんだったら、女物のワンピースとか着てくるなよな」
「言わないでよ~。これでも、私なりにガンバってきたんだからさぁ~」
両手をバタバタさせながら、不服そうに唇を尖らせる。
「そりゃ、私だってさ。いろいろと足りないとこはあったよ。服とか、仕草とかさ。シャンプーだって、何気にいいものを使ってたりするし。それでも、男だったときのフリをするのは、限界ってもんがあんのよ!」
「…俺にキレるなよ」
「う、うぅ~」
行き場のない感情に、ジタバタと手足を振り回す。
…そうだよ!
…男のフリをしてたよ!
…だって、しょうがないじゃん!
…皆に嫌われたくなかったし。
…皆に変な目で見られたくなかったし、変な気を使わせたくなかったもん。
…それだったら、いつも通りの自分でいることが一番だと思ってさ。
…でも――
「それが、ミクには辛いことだったんだよね」
深いため息をつく。
「…ほんと、どうしよう」
「まぁ、なるようになるしかないだろ」
「そんな簡単に言わないでよ! こっちは真剣に悩んでるんだから!」
「じゃ、お前は何て言って欲しいんだ?」
ジンが少しだけ真剣な目つきになる。
「お前が望んでることを言ってやるよ。安い同情か? 答えにもなっていない正論か?」
「…」
私は何も答えられない。
「違うだろ? そういうことで、解決できた気になりたいわけじゃないだろ? 結局のところ、自分の問題は、自分で答えを見つけ出すしかないんだ。時間が掛ってもな」
腕を組んだまま天井を見つめる親友。
その端正な横顔を見ながら、私は口を開く。
「ジンって、たまに良いことを言うよね」
「はっ、たまにって何だよ」
ジンが苦笑いを浮かべる。
「俺はさ、現実主義者なんだよ。無駄なことはしたくないし、無駄と思えることに時間を掛けたくない。できることは精々、この空っぽの両手で誰かを助けることくらいさ」
よっ、と声をかけながらジンが体を起こす。
そして、私のことをじっと見つめる。
「だからこそ、『親友の悩み』なんて大切なこと、適当に済ませられないんだよ。悩めよ。悩んで、悩んで、悩み抜け。時間をかけても自分で答えを導き出せ。俺だって、グチくらいは聞いてやるよ」
そういって、ニヤリと笑う。
強面の狼男が、実に愛嬌のある笑みを浮かべるものだ。
「…そだね。ありがと、ジン」
「なにを今さら」
当然と言わんばかりに、ジンに鼻で笑われる。
…そうだ。
…ちゃんと自分で考えないと。
…先送りしたり、逃げ出していい問題じゃない。
ミクは大切な仲間なんだから―




