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第26話「出会いは放課後の屋上で」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 以前にも、ミクが泣いているとこを見たことがある。


 2年前。

 放課後。 

 中学校の屋上。


 鍵の壊された扉に、錆び付いた手すり。

 夕焼けがどこまでも赤くて、見ていると不安になるような不気味な色だった。


「ねぇ、そこから飛び降りるの?」


 それが、ボクが初めてミクにかけた言葉だった。


 赤茶色の手すりの向こう側に立っていた彼女は、迷惑そうな目でボクを見た。

 薄茶色に染めた髪。

 着崩した制服。

 耳のピアスが、風にわずかに揺れている。


「あんたには関係ないでしょ」


 いつもは使用禁止の屋上に、扉の鍵を壊してまで入る理由など、それほど多くは思いつかない。

 たぶん、ボクと一緒だ。


「じゃあ、早くしてよ。後がつっかえているんだから」


「っ!」


 手すりの向こうの彼女は何に驚いたのか、酷くびっくりした表情でボクのことを見返した。


「…あんた、死ぬつもりなの?」


「どうかな? わかんないよ」


「わからないって、…自分のことでしょ」


 腹立たしそうに、彼女が睨みつけてくる。


「そうだね。だけど、よくわからないんだよ。生きてる実感とか、自分のいる場所とか。そんな当たり前のことまで、わからなくなっちゃった」


 西の山々に沈んでいく夕陽に目を細める。


 …そうだ。

 …姉さんが死んだ時も、こんな夕陽だったな。

 …血のように赤い夕陽で、太陽の光なのか、姉さんの血なのかわからなくて。


 …だから、見てて不安になるんだ。

 …夕陽は、人の死を思い出させる。


「人が死ぬことはのは、とても悲しい。家族だったら耐えられないよ」


「はんっ。じゃ、やめたら?」


「ボクは大丈夫。もう、悲しんでくれる家族がいないから」


 …あーあ。

 …独りになっちゃったよ。

 …父さんも、母さんも、姉さんも、皆死んじゃった。

 …死んじゃった。

 …死んじゃったんだ。


 …これから、どうやって生きていこうか。

 …教えてよ、姉さん。


「胸糞悪い」


 その声に、視線を彼女に戻した。

 彼女は錆び付いた手すりを乗り越えて、真っ直ぐボクのほうへ歩いてくる。


 そして、何も言わないまま。

 ボクの顔面に殴りつけていた。ガスッという音と共に、僕の体が屋上に転がった。



「胸糞悪い、胸糞悪い、胸糞悪いっ!」


 何度も何度も、彼女は拳を振り上げる。

 ガスッ、ガスッ、ガスッ! 全身から痛みが走り、口の中が血だらけになって、吐き気まで込み上げてくる。だけど、そんなことさえ―


「腹立つんだよ! そんな目をされると!」


 コンクリートの地面に倒れていくボクは、何もできずただ彼女を見つめる。

 拳を振り上げている彼女は、何故か泣いていた。

 口の中は鉄の味がして、腫れた右目はかすんでよく見えない。


「そんな、…死んだような目で、…あたしを見るんじゃねぇぇ!」


 屋上に響く少女の声。

 それから、ボクの親友が助けてくれるまで。

 ボクは殴られ続けた。


 親友ジンは、ボクから彼女を引きはがすと。意識が失うまで殴り続けた。相手が女の子でも容赦しなかった。彼の何も手にしていない空っぽの両手が、誰かを助けること以外に使われたところを初めて見た。


 肋骨を3本。

 左腕の骨を1本。

 鎖骨にヒビ。


 …目を覚ましたら、病院のベッドだった。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



「はぁ~。どうして、あんなことを言ったのかなぁ~」


 ボクは肩を落としながら、大きくため息をつく。

 ミクと言い合いになってしまい、そのまま気まずいくて家に帰れなかった。


 何て言って謝ればいいんだろう?

 そのことで、頭が一杯だった。


「はぁ~。帰りづらいよぉ」


「おいおい。人のウチで、不景気なため息を吐くなよな」


 頭の上から、ぐもった声がする。

 そちらを見てみると、やれやれと言いながら。家主である男が銀色のたてがみをかいていた。銀色の狼男の親友ジンであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 好きな男子が心身共に女の子になってきたら困惑するわなあ
[一言] 言ってはならない事を先に言ったのはミクの方だから、気に病むもんでもないと思いますけどね。 先輩もそうだったけど、超えてはならない一線を超えても、それでも許して貰える、また一緒にやっていけると…
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