第26話「出会いは放課後の屋上で」
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以前にも、ミクが泣いているとこを見たことがある。
2年前。
放課後。
中学校の屋上。
鍵の壊された扉に、錆び付いた手すり。
夕焼けがどこまでも赤くて、見ていると不安になるような不気味な色だった。
「ねぇ、そこから飛び降りるの?」
それが、ボクが初めてミクにかけた言葉だった。
赤茶色の手すりの向こう側に立っていた彼女は、迷惑そうな目でボクを見た。
薄茶色に染めた髪。
着崩した制服。
耳のピアスが、風にわずかに揺れている。
「あんたには関係ないでしょ」
いつもは使用禁止の屋上に、扉の鍵を壊してまで入る理由など、それほど多くは思いつかない。
たぶん、ボクと一緒だ。
「じゃあ、早くしてよ。後がつっかえているんだから」
「っ!」
手すりの向こうの彼女は何に驚いたのか、酷くびっくりした表情でボクのことを見返した。
「…あんた、死ぬつもりなの?」
「どうかな? わかんないよ」
「わからないって、…自分のことでしょ」
腹立たしそうに、彼女が睨みつけてくる。
「そうだね。だけど、よくわからないんだよ。生きてる実感とか、自分のいる場所とか。そんな当たり前のことまで、わからなくなっちゃった」
西の山々に沈んでいく夕陽に目を細める。
…そうだ。
…姉さんが死んだ時も、こんな夕陽だったな。
…血のように赤い夕陽で、太陽の光なのか、姉さんの血なのかわからなくて。
…だから、見てて不安になるんだ。
…夕陽は、人の死を思い出させる。
「人が死ぬことはのは、とても悲しい。家族だったら耐えられないよ」
「はんっ。じゃ、やめたら?」
「ボクは大丈夫。もう、悲しんでくれる家族がいないから」
…あーあ。
…独りになっちゃったよ。
…父さんも、母さんも、姉さんも、皆死んじゃった。
…死んじゃった。
…死んじゃったんだ。
…これから、どうやって生きていこうか。
…教えてよ、姉さん。
「胸糞悪い」
その声に、視線を彼女に戻した。
彼女は錆び付いた手すりを乗り越えて、真っ直ぐボクのほうへ歩いてくる。
そして、何も言わないまま。
ボクの顔面に殴りつけていた。ガスッという音と共に、僕の体が屋上に転がった。
「胸糞悪い、胸糞悪い、胸糞悪いっ!」
何度も何度も、彼女は拳を振り上げる。
ガスッ、ガスッ、ガスッ! 全身から痛みが走り、口の中が血だらけになって、吐き気まで込み上げてくる。だけど、そんなことさえ―
「腹立つんだよ! そんな目をされると!」
コンクリートの地面に倒れていくボクは、何もできずただ彼女を見つめる。
拳を振り上げている彼女は、何故か泣いていた。
口の中は鉄の味がして、腫れた右目はかすんでよく見えない。
「そんな、…死んだような目で、…あたしを見るんじゃねぇぇ!」
屋上に響く少女の声。
それから、ボクの親友が助けてくれるまで。
ボクは殴られ続けた。
親友は、ボクから彼女を引きはがすと。意識が失うまで殴り続けた。相手が女の子でも容赦しなかった。彼の何も手にしていない空っぽの両手が、誰かを助けること以外に使われたところを初めて見た。
肋骨を3本。
左腕の骨を1本。
鎖骨にヒビ。
…目を覚ましたら、病院のベッドだった。
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「はぁ~。どうして、あんなことを言ったのかなぁ~」
ボクは肩を落としながら、大きくため息をつく。
ミクと言い合いになってしまい、そのまま気まずいくて家に帰れなかった。
何て言って謝ればいいんだろう?
そのことで、頭が一杯だった。
「はぁ~。帰りづらいよぉ」
「おいおい。人のウチで、不景気なため息を吐くなよな」
頭の上から、ぐもった声がする。
そちらを見てみると、やれやれと言いながら。家主である男が銀色の鬣をかいていた。銀色の狼男の親友であった。




